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エピソード6【真面目な男】
【1】
しおりを挟む──1ヵ月後。
ルート2改めブーチンは、徐々に作業の工程も覚え始め、毎日が新鮮で輝ける日々を送っていた。
ハルトがこまめにメンテナンスをしてくれるおかげで、故障もなく、いたって体も順調だ。
ブーチンは勉強熱心。
この日も、作業開始時間より1時間早く、メイン作業室に現れ、
「エ~ト、この部品はサブエンジンの制御基盤……そして、こっちガ……」
乱雑に床に置かれた、精密部品を1つ1つ確認。
仕事の段取りをおさらいしていた。
──しかし。
「何でこんなに散らかっているンダ……」
そういう思いが、頭をちらつく。
確かに、このメイン作業室の大半が、ごちゃごちゃしすぎている。
大事な部品にもかかわらず、きちんと保管されていないのが多すぎだった。
「フウ……」
ブーチンは、指定の棚に精密部品を丁寧に片付けながら、
「アッ」
ある事に気がついた。
そう。
それは、昨日の『後片付け当番』が誰かということ。
記憶の糸をたどって思い出した結果、昨夜の当番はメモリンとストッピンの2人だった。
もちろん2人とも、普段から、作業は目の色を変えて真剣に取り組んでいる。
しかし、たまに手を抜いてしまう時がある。
『仕事はちゃんとやったし、片付けは明日でいいや』
こういう軽い考えが、時折、頭をよぎってしまう2人だった。
「全く、あの人達ハ……」
2人の怠けグセに、呆れるブーチン。
だが、やはり、頼れる仲の良い先輩に変わりはないのだろう。
呆れる顔には、クスクスと笑う顔も同居している。
やがて、片づけがある程度終わったあと、ブーチンは気を取り直し、
「よ~し、今日は、外の作業ダッタナ」
と、設計図を広げ、作業内容を確認し始める。
そう。
今日は外での作業。
宇宙船のエンジン部分と外壁に関する作業だった。
──だが。
「アレ?」
工場の窓に『ザ~ッ!』っと、激しく水滴がうちつけている。
そう。
今日は、あいにくどしゃぶりの天気だった。
ブーチンは窓の外を見つめ、エプロンに両手を突っ込みながら首を傾げた。
「ウ~ン、今日は雨が降ってるナ~。ということハ、外の作業は中止ダナ」
雨の日に、外での作業はしない。
ハルトやレイナに言われた通り、ブーチンは外での作業を自粛することに決定した。
そして、窓についた水滴は、重力に従うようにどんどん流れ落ちていく。
ブーチンは、その当たり前の風景を見ながら、しばらく考えたあと、
「じゃあ、メインコンピューターの動作チェックを先にヤルカ。よしっ! がんばロウ!」
右腕を突き上げ、気合いを入れ直した。
ブーチンは、なかなか仕事ができる。
瞬時に、作業の工程を変更する判断力。
特殊能力が無いとはいえ、やはり良いアンドロイドに違いはない。
それは確かだ。
しかし、相変わらず言葉を喋るのは少し苦手なのだろう。
1カ月経っても、カタコトな言葉使いはあまり変わっていない。
だが、元々、優秀なアンドロイドのため知識の吸収も早く、今では欠かせないメンバーになっていた。
そして、ブーチンが作業を始めようとしたその時──
「エッ!?」
目を疑う光景が飛び込んできた。
なぜなら、工場の自動ドアが開いて、外からずぶ濡れになったサムライが、工具箱を携えて入ってきたからだ。
(ま、まさカッ!?)
ブーチンは、慌ててサムライに尋ねた。
「サ、サムライさん! こんな雨の中、外の作業をしてたんデスカ!?」
「ああ。今日は、外壁の特殊タイルを装着する日だからな」
重そうな工具箱を床に置き、当たり前に答えるサムライ。
だがブーチンは、
「デ、デモ」
あたふたしながら、声を荒げ言った。
「雨の日に外の作業はしなくていいって、ハルトさんもレイナさんも言ってましたヨネ……」
「雨ぐらい大丈夫だ。心配するな」
「ハ、ハア……」
サムライは、レイナの命令を全く聞いていなかった。
『雨の日の作業なんか、拙者にとっては楽勝だ』
『雨で滑って故障するなんて、精神がたるんでいるからだ』
と、ばかりに、悪びれる様子もなく、強気で振舞っていた。
ハルトやレイナの親心も、サムライの仕事熱心には敵わないようだ。
そしてサムライは、
「ところで……」
ズブ濡れになった長い黒髪をタオルで拭きながら、ブーチンに話しかけた。
「それよりどうだ、この職場は? 気に入ったか?」
「ハイ!」
ブーチンは嬉しそうに笑みを浮かべ言った。
「ハルトさんやレイナさんはモチロン、みなさん、すごい人ばかりでとても勉強になりマス!」
「それは良かったな。以前にいた工場とは、仕事内容も全然違うだろ?」
「ハイ! 毎日が新しい発見ばかりデス!」
ブーチンの顔は、本当にキラキラと輝いている。
この場所にいることが幸せでたまらない。
そんな感じだった。
ブーチンが以前所属していた職場とは、ご存知の通り『携帯電話工場』
しかも、二つ折りの携帯を閉じたり開いたりする、あの『パカパカする所』を作る部署。
はっきり言って、かなり地味だ。
それを知ってか、サムライは少しからかうように、
「これからも頑張れよ。なんたって、前の職場のようなくだらない工場じゃなくて、宇宙船だからな。やりがいがあるだろう」
笑い混じりで、皮肉な言葉を投げかけた。
だがブーチンは、よほど携帯電話のパカパカ部分に、自信とプライドを持っていたのだろう。
(エッ……? くだらナイ工場……?)
サムライがさらっと言い放った言葉に、
「ちょっと、待ってくだサイ!」
珍しく、ブーチンが少しムッとした。
「何を言ってるんデスカ! 携帯のパカパカ部分は、常に進化してるんデスヨ! 今度、最新型を見せてあげマスヨ!」
ブーチンの怒りのスイッチが、いきなりオンになった。
子供のように、ギャーギャーわめきながら、サムライに詰め寄る。
だが、サムライは面倒くさそうに、
「わかった、わかった。おまえも早く仕事に戻れ」
と、そっけなく手で追い払うように軽くあしらう。
しかし、ブーチンの興奮はおさまらない。
エプロンのポケットから、自分の携帯電話を勢いよく取り出し、
「今から僕の携帯を分解して、いかにその工場で作るパカパカ部分の性能が素晴らしいかを証明してみせマス! ちょっと、ドライバーを貸してくだサイ!」
そう言うと、床に無造作に置いているサムライの工具箱を開けようとし始めた。
しかし、フタを開け、たくさんの工具類が顔を覗かせたその瞬間──
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