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エピソード5【スイートルージュ】
【5】
しおりを挟む工場内が盛り上がりを見せる中、水色の浴衣がよく似合うコマチは、あいかわらず1人黙々と働いている兄が気になっていた。
全員、楽しそうに振るまっているのに、われ関せずといった感じで、労働を続ける兄の姿が。
仕事だけではなく、仲間とコミュニケーションを取ることも大事にしてほしい。
コマチは、いつもそう思っていた。
「ほらほら、お兄ちゃんもメロさんに何か言ってもらいなさい」
「……拙者は、そういう事に興味はない」
「もう~」
(あ~あ、やっぱりね……)
コマチは、呆れたようにため息を吐き出した。
予想通りの返事だ。
しかし、サムライがたまたま作業を止め、顔を上げたその時、偶然メロと目が合った。
そして、いつもながら無愛想なサムライに対しても、メロは即座に反応してしまう。
そう!
例の甘い言葉を、ささやく態勢に入ったのだ!
「あの……」
今度は、どんな言葉なのか!?
先ほどのように、セクシー路線なのか!?
「サムライさん……」
気になるその言葉とは!?――
「愛しいどす」
おぉぉぉぉ~~~~~!!
なぜに訛りがぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~!!!!!!
もしかしたら、サムライの雰囲気に合わせたのかもしれない。
しかし、その真意は誰にも分からない。
これも、スイートルージュの力だ。
だが、訛り口調のメロも、なかなかのフェロモンをかもしだしている。
これで着物でも羽織れば、高級クラブのママが出来上がるのは間違いない。
そしてサムライは、
「なっ、なにを……い、言うんだ…………」
不覚にも顔を赤らめて照れてしまい、それ以上喋ることができなかった。
「アハハ~、かわいいぃ~」
その姿を見たメモリンは、笑いながらサムライをからかい始めた。
「う、うるさい!」
『かわいい』という言葉に、サムライは気を悪くしたのか、もしくは自分の情けない姿を見せてしまったからなのか、再び無言で仕事に取りかかった。
サムライは、本当に不器用だ。
冗談の1つでも言えば、その場の空気も盛り上がり、一気に主役になれただろう。
しかし、言い換えれば、そういう不器用な所がサムライらしさ。
コマチは『お兄ちゃん、落ち込まないの』と笑って慰めるが、サムライは返事もせずに、無視して黙々と働いていた。
しかしサムライは、心の中では常に妹のことを思う、とても良い兄貴。
コマチは、そんな不器用な兄が大好きだ。
言葉がなくても、分かり合える。
最高の兄妹だった。
そして、サムライに注目が集まっている中、
「ムフフフ……」
変態オヤジのような笑みを浮かべながら、メロの側に忍びよる男が一人。
そう。
ニンジャだ。
とびきり気持ち悪い空気を漂わせながら、メロの耳元で囁いた。
「ねえねえ~、次は俺にも、最高の甘い言葉を言ってくれよ~、なあ、早く言ってよ~、そのかわいいお口から聞きたいな~」
息を『ハア、ハア』と吐きかけながら、セクハラまがいに喋るニンジャ。
正直、メロにとっては、迷惑以外のなにものでもない。
しかし、メロは、
「はい、分かりました」
と、笑顔で素直に答える。
誰であろうと態度を変えず、平等に扱う素晴らしい女性だ。
だが――
「えっと……」
メロも気づかない心の奥底では、生理的にうけつけなかったのだろう。
しかし、スイートルージュの力によって、絶対に甘い言葉をささやかなければいけない。
だが、メロの心情がそれを拒否し続けている。
その両方が譲歩した結果、次にメロがささやく甘い言葉がやっと決定した。
「ニンジャさん……」
さあ!
その言葉とは!
「チョコレート」
ぬおぉぉぉぉぉ~~~~~~~~!!
甘いけどぉぉぉぉぉぉ~~~~~~~~!!!!!!!!!!
どうやら、自分でも気づかない心が、極限まで拒否反応を起こすと、こういう結果になるようだ。
しかしニンジャは『なんで、俺だけ!?』と、当然納得する様子はなかった。
「ちょ、ちょっと待って!」
さらに息を荒げながら、メロに詰め寄る。
「もう1回言って! もう1回!」
「はい、分かりました」
ニンジャの鼻息がどれだけ顔にかかろうが、メロは笑顔を崩さない。
だが、次の瞬間!
メロは、ありえないぐらいの早口でまくしたてた!
「チョコレートにハチミツをかけて砂糖でコーティングして生クリームをかけたケーキ!」
むむおぉぉぉぉぉ~~~~~~~~!!!!
甘すぎるぅぅぅぅぅぅぅぅ~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!
笑顔のメロの中に潜む心の拒否反応が、相当大きくなっているのは間違いない。
このあとも、ニンジャに対して何回か試してみたが、メロの口から出た言葉は、
『器がクレープの生地で、スプーンが黒砂糖で作られているキャラメルソースたっぷりの小豆入り抹茶パフェ』
『カルピスの原液を水で薄めず、氷も入れない500mlのジュース』
『親が、資産数百億の会社社長で、小さい頃から何でも買ってもらえる1人っ子』
と、散々な甘すぎる結果だった。
ニンジャも、ここまではっきり拒否されては、白旗を揚げるしかない。
完璧な負けだった。
そして、メロはポケットからハンカチを取り出し、
「もう、そろそろ終わってもよろしいですか?」
と、変わらず愛くるしい笑顔で、スイートルージュ祭りの終わりを提案した。
さすがに全員、満喫したのか、メロの申し出に対し誰も反論はしなかった。
だが、メロが口紅を落とそうとしたその時、目の前に広がる白いハンカチ越しに、ハルトの顔が飛び込んできた。
一瞬、時が止まったかのように2人の時間が流れる――
やがて、スイートルージュの力に素直に従うように、
「ハルト……」
メロは静かにつぶやいた。
「愛してる――」
それは、今までと変わらないスイートルージュの効力。
しかし、確実に今までと、この空間を覆っている空気感は違っている。
その原因は、甘い言葉を投げかけられたハルトだった。
メロを見つめたまま、目を見開きピクリとも動かない。
その雰囲気が、自然とその場にいる全員の言葉を奪っていた。
作業をしていない宇宙船工場は、耳鳴りがするほどシーンと静まり返っている。
そして、ほんの数秒で、ハルトに小さな変化が。
胸の奥からこみ上げてくる感情の高ぶりが、水滴となってこの世に現れ始めた。
涙。
それは、心がいっぱいになった証拠。
ハルトの目から、一筋の涙がゆっくりと流れ始めた。
だが、その姿を見た全員が、違和感を覚えてしまう。
『なぜ、こんなゲームで?』
『泣く意味が分からない』
誰もがそう思っていた。
しかしハルトは、次々に流れ落ちる涙を拭うでもなく、同じようにメロだけを見つめ、微動だにしなかった。
「ハルト?」
心がいっぱいになっているハルトの姿を、メロはただ笑顔で眺めていた。
生まれたての赤子のように、くったくのない笑顔で。
「ハルト、どうしたんですか? 目から水がこぼれてますよ」
目から水――
メロは、人間が涙を流すということを、まだ分かっていない。
感情が高ぶった時に流れる水滴が、涙だということが分からない。
「ハルト、水がいっぱいですよ」
メロは涙を拭おうと、ハルトの頬に右手を近づけた。
──すると、その瞬間。
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