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エピソード5【スイートルージュ】
【4】
しおりを挟むポケットに入れていた右手が、何かに触れる感触があった。
(あっ、これは……)
それは、ハルトの発明品。
レイナがこの工場に入ってきた時、披露し損ねたあの口紅だった。
(よし……)
これは、空気を変える絶好のチャンス。
自分のテンションを元に戻すためにも、いつにも増して元気な声で、
「みんな、見て見て~」
口紅を持った右手を天高く突き上げた。
「ジャッジャジャ~~ン! これは、お兄ちゃんの新発明、スイートルージュでございま~す!」
そう。
その口紅の名称は、スイートルージュ。
レイナは自信満々に、その発明品を披露した。
しかし――
「スイートルージュ? どこが凄いんだよ?」
ガンマンは馬鹿にしたように、そう言ってゲラゲラと笑い始めた。
だが、レイナは、そんなことにはお構いなし。
まるで、バナナの叩き売りでもするかのように、
「よってらっしゃい! 見てらっしゃい!」
と熱く語り始めた。
「なんと、このスイートルージュを唇に塗ると、あ~ら不思議、強気なあなたも照れ屋なあなたも、たちまち恋のカリスマに! 今まで言いたくても言えなかった甘い言葉が、スラスラサラサラ出てくるのだ!」
レイナの説明は、分かりやすく説得力があった。
そう。
これが、スイートルージュの力。
恋に奥手な人には、もってこいだ。
それからしばらく、ブーチンを筆頭に、全員、その口紅に釘付け。
こんなに盛り上がっては、ハルトも今更止めるわけにはいかない。
レイナの演説に、黙って耳を傾けていた。
「さあさあ、いったい、塗るのは誰だい!」
そしてついに、新商品を試す時間がやってきた。
全員、自分以外を指さして『おまえが塗れよ』『あんたが塗りなよ』などと、盛大な祭りのように騒ぎ始めた。
しかし、そんな空間の中、みんなの輪に入らず、ニコニコとその光景を眺めているメロがいた。
周りが騒いでいる中で、一人おとなしいと逆に目立つもの。
レイナは、その姿にすぐに気がついた。
(メロちゃん……)
そして、ゆっくりとメロの側に移動し始める。
すると――
「ねえ……」
レイナは、ニコッと笑って声をかけた。
「メロちゃん、試してみる?」
「はい。私でよければ」
メロは、嬉しそうに頷いた。
まだ感情システムを完璧に使いこなせていないメロは、何でも素直に受け入れるといった感じだ。
「じゃあ、どうぞ」
レイナは、そっとメロにスイートルージュを手渡した。
「ありがとうございます」
そして、唇にゆっくりと塗り始める。
もともと綺麗な顔立ちをしていたメロが、一層輝いて見えたのは誰の目にも明らかだった。
(メ、メロさん……き、綺麗ダ……)
ちなみに、ブーチンが、目をハートマークにしながら見とれていたのは言うまでもない。
この瞬間、メロにスイートルージュの効力が加わった。
「メロ、ちょっと俺に何か言ってみろよ」
真っ先に声をかけたのは、ガンマンだった。
さっきは馬鹿にしたように笑っていたガンマンだが、意外にも一番興味があったのはガンマンかもしれない。
そして、ついにスイートルージュの力が明かされる――
半信半疑で声をかけてきたガンマンに、メロは自分では予想もしない言葉を投げかけた。
そう!
その言葉とは!
「大好き」
おぉぉぉぉぉ~~~~~~!!
本当に、甘い言葉が飛び出したぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~!!!!
言われた当の本人、ガンマンも『すげえ!』と、盛大な拍手を贈り始める。
普段から遊び人風のチャラチャラした女が言うのなら、何も感動はなかっただろう。
しかし『大好き』と言ったのは、読書が趣味のおしとやかなメロ。
一番言いそうもない人物が言ったのだから、その驚きは計り知れない。
(メ、メロしゃ~~ん! ナンデ、ナンデ~~~!!)
そして、ブーチンはもだえにもだえまくっていた。
『なぜ、ガンマンでなく自分に言ってくれないんだ!』
小さな小さなジェラシーに、体全体が支配されようとしていた。
そして、メロは首をかしげながら淡々とつぶやき始めた。
「不思議ですね。自分の意思とは関係なしに、口から勝手に言葉が出てきました」
『自分の意思とは関係なしに』
それこそが、まぎれもなく、スイートルージュの力。
やはり、ハルトの作った発明品に失敗はなかった。
『自分の意思とは関係なしに』
それを聞いたブーチンは、さらに燃え上がってきた。
(ということハ、今のメロさんは絶対に甘い言葉をささやいてくれルンダ! このチャンスを逃しちゃダメだ! 逃しチャダメなんダァァ! よ、よし!)
パン!
パン、パン!
両手で頬を叩き、気合を入れるブーチン。
そして、大きく深呼吸をしたあと、
「ア、アノ!」
勇気を振り絞り、懇願した。
「メ、メロさん! ぼ、僕にも何か言ってくだサイ!」
「はい、分かりました」
勢いよく声をかけてくるブーチンに、メロは間髪入れずにささやいた。
そう!
あの言葉を!
「だ~い好き」
ぬおぉぉぉぉぉ~~~~~~~~!!
先ほどよりも、かなり可愛らしいぃぃぃぃ~~~~~~~!!!!
『大好き』よりも『だ~い好き』と、少し砕けた言い方がたまらない。
(し、幸せダァァァ!!)
より一層、メロのファンになるブーチンがそこにいた。
そして、ブーチンがメロに悟られないよう、にやける顔を隠そうと横を向いた時、
「ひゃひゃひゃひゃ……」
『ニタァ』と、さらに上をいく気持ち悪さで、にやけた顔を浮かべる人物が1人。
紫の派手なシャツに、金色のロン毛。
そう。
ストッピンだ。
メロに対して、勢いよく手の平を差し出し、
「メロ、それ貸して! ジュリアにも塗ってもらうから!」
と、鼻の下を伸ばしながら言った。
それは、誰が見ても分かりやすい光景。
ジュリアから、甘い言葉をもらいたい。
いやらしい妄想が、ストッピンの頭の中には充満していた。
しかし──
そんなストッピンに対しても、メロはスイートルージュの力にあらがうことができない。
確実に本意ではないが、甘い言葉を投げかける。
そう!
本日、3回目の甘い言葉とは!
「アイ・ラブ・ユー」
むおぉぉぉぉぉぉぉ~~~~~~~~!!
きたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~!!!!
ここにきて、ついに英語だ!
しかもさっきまでとは違い、言い方もかなりセクシー!
一気に頬が赤くなり、照れまくるストッピン。
いくら好きな女性でないとはいえ、あんなセクシーな言い方で愛をささやかれて、悪い気がする男はいないだろう。
だが、ストッピンが心に決めた人はジュリアだ。
ジュリアのほうに体をひるがえし、まるでクジャクが羽を広げ求愛するかのように、
「ジュリア~~~~~!!!!」
両手をはち切れんばかりいっぱいに伸ばし、精一杯の声で叫んだ。
「俺は、おまえだけを愛してるぜぇぇぇぁぁぁ!!!!!」
でたぁぁぁ~~~~~!!!!
99回目の告白だぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~!!!!!!!!!!
さあ!
気になるジュリアの答えは!?
「断る」
でたぁぁぁぁぁ~~~~~~!!!!
99回目の玉砕だぁぁぁぁぁ~~~~~~!!!!!!!
ストッピンは両膝を地面につき、
「くっそ~~!」
頭を抱えながら天を仰いだ。
「ショック!」
そして!
「アンド……」
さらに!
「萌~~~~え~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!!」
お決まりの『ショック・アンド・萌え~』が工場内に響き渡った。
しかし、気のせいか『萌え~』の割合が大きくなっているように思える。
このままだと、快感のみになる日も近そうだ。
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