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侯爵令嬢のご依頼 3

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  サリーナの話を詳しく聞くと、どうやら噂は、ロバートとイシュタルトを狙っているお嬢様方を中心に静かに広まっているらしい。
 我が弟は、意外というのもなんだが、貴族のお嬢様方に人気があるようだ。
 でも、ロバートはリゼンベルグ家の雇われ魔導士で、平民である。身分的にどうなのだろう? 
「身分はなんて後からどうにでもなるわよ。ロバートの優秀さは誰もが知っているもの」
 サリーナは太鼓判を押す。
 確かにロバートは、魔道学校でも「神童」と呼ばれるほどだった。
「ロバートはともかくとして。イシュタルトさまはどうして、ご結婚なさらないのですか?」
 今、イシュタルトが誰かと結婚となったら、ちょっと困る。
 けれど、次期侯爵であるイシュタルトがモテないわけがない。
「さあ? 好きな人でもいるのかしら。その割に、女の影も見せないけど」
 サリーナは興味なさそうだ。
 彼女は、兄の噂を疎ましく思ってはいるものの、恋愛事情に興味はないらしい。
「好きな方がいらっしゃるなら、私と夜会に行こうなんて思わないと思いますけど」
 そもそも貴族のご令嬢に見向きもしないイシュタルトが、私を夜会に伴いたいと思うはずもない。
「それに、私、会いたくない人間に会ってしまいそうなので」
 わざわざ家から逃げてきたのだ。
 夜会なんて行ったら、絶対に顔を合わせてしまいそうな気がする。
「誰のこと?」
 サリーナは小首をかしげた。
 本当に彼女は私がなぜここに来ているか知らないらしい。
 だとすれば逆に、どういう経緯でここにいると説明されたのだろう。不思議だ。
「ジュドー・アゼル伯爵です」
「あら。ああ。そうね。アリサさん、すごくきれいな金髪ですものね」
 やっぱり、金髪フェチで有名なのだ。
 うんざりしてしまう。
「でも、彼、すごく美形でお金持ちよ」
 サリーナは面白がっているようだ。
 普通に考えれば。借金持ちの仕立屋の娘が、貴族さまの求愛から逃げるなんてあり得ないのだろう。
 しかも、ジュドーは、認めたくないが、類まれなる美形で仕事もできる。
「……どうしても好きになれません」
 歯が浮くような甘いセリフを吐き、溺愛しているかのようで、私の話は全く聞いていない。
 私が泣こうが喚こうが、どうでもいいのだ。
「わからなくもないけど。でも彼は夢中になると情熱的って評判で、金髪だったらよかったなあって言っている女性も多いのよ」
「情熱と表現するには抵抗があります」
 私が指摘すると、サリーナは苦笑した。
「でも、この前、婚約を破棄されたユーリィは、急に破棄されて、ショックで寝込んでしまったらしいけど」
「寝込まれてしまわれたのですか?」
 ちょっといろいろ信じられない。
 そもそも、そんな寝込んでしまうくらい思ってくれる婚約者をあっさり切ったら人間として、どうなのかと思う。
「どうして急に破棄なんてことになったのでしょう?」
「さあ。でも、彼女の家の借金はなかったことになったらしいわ。結構多額の借金があったみたい。ご両親は借金がなくなったから、婚約破棄されても怒ってないみたいね」
 借金がらみの婚約だった?
 でも、寝込んだということは、女性側には愛があったってことなのだろう。
 ジュドーのほうは、借金がらみの契約結婚のつもりだったから、簡単に破棄したとみるべきか。
 借金って聞いたら他人事じゃない気がしてきた。
「でも、アリサさんが兄にエスコートしてもらって、夜会に出たら、ジュドー・アゼルは貴女を諦めると思うわよ」
「なぜですか?」
 既に、イシュタルトの女アピールはしたのに、家にいろいろ贈りつけられて、迷惑している。
「だって、兄は女っ気がないことで有名なのよ。そんな兄が貴女をエスコートしたら、もう、貴女に手出しできる男は皇族くらいよ」
 私は目をしばしばさせる。
「女っ気がない侯爵が、突然、魔導士になりたての貴女を連れてきたら、大本命だって、みんな思うでしょ?」
 サリーナは楽しそうだ。
「サリーナさま。その結論に至る前に、イシュタルトさまのご意志は?」
「兄のことは気にしないで」
 気にしてほしい。
 少なくとも私は気になる。
「……それに、私、マナーも知りませんし、ドレスもありません」
 そもそも皇室主催の夜会というのが、場違いである。
 私は、魔道ギルドが年一回開く、親睦会ですら、行ったことがないのに。
「ドレスなんて。なんなら明日、仕立屋を呼びます」
「お断りします。私、仕立屋ですし」
 私は首を振った。新しいドレスなんて買う余裕は私にはないし、サリーナにプレゼントされる理由もない。
「そもそも、ロバートも私が夜会に出ることは反対だと思います」
 ジュドーのことは抜きにしても、私がそういう華やかな場所を苦手にしていることを、ロバートは知っている。
「そう。わかったわ。ロバートが賛成したら、アリサさんは出てくれるのね? 約束よ」
 にっこりと。しかし有無を言わさぬ強引さで、サリーナは微笑んだ。



 リゼンベルグ家に来て三日目の午後。ようやく、枕が完成したので、納品をするために出かけたいと執事さんに言うと、荷馬車を用意してくれた。
 荷物を抱えて、車止めに行くと、御者台にレグルスが座っていた。
 さすがに驚く。
「アリサ、その格好?」
 レグルスも私の格好に驚いた顔をした。
 私は、今、リゼンベルグ家の侍女服を着ている。
 可愛らしさと動きやすさ、それに気品まで兼ね備えたデザイン。さすが、侯爵家のお仕着せだ。
「ロバートに、この屋敷にいる間は男装禁止を言い渡されてまして」
 御者台の近くに腰かける。
 女物を着るのは構わないが、クローゼットにある服は、あまりに豪華すぎて、着る気になれず、私は、フレイに頼み込み、侍女の制服であるお仕着せを借り受けたのだ。
 レグルスは、私の格好を見たまま、沈黙している。
「そんなに、変ですか?」
「いや。アリサの女装を初めて見たから。イシュタルトは、何か言ったか?」
 レグルスは、言いながら馬の手綱を握った。
「いいえ。イシュタルトさまは何も」
 イシュタルトは忙しいらしく、あの夕食以降、話をしていない。
 私は、ほぼずっと、部屋で仕事をし、食事も使用人さん達と一緒に食べていた。
 今朝、出勤前のイシュタルトと廊下ですれ違ったものの、挨拶を交わしただけだ。
「ところで、どうしてレグルスさまが御者をなさっているのですか?」
「ロバートが、昨日、リィナに護衛を頼みに来たから、オレが引き受けた。お前の代わりにリィナが追いかけられてもマズイだろう」
「それはそうですね」
 リィナは金髪ではないけど、妖艶な美人だ。私より魅力的である。
 ジュドー・アゼルの中で何かがひっくり返って、今度はリィナに興味が向かないとも限らない。
 ジュドー・アゼルは、金持ちのお貴族で、しかも美形だけど、お友達にご紹介できる相手ではない気がする。
「うちのほうはどうなっていますか?」
 私は、馬車が揺れるので、舌をかまないように気をつけながら尋ねた。
「昨日、俺が行ったとき、たまたまアイツが来ていてな。クラーク殿がキレた」
 苦笑いを浮かべながら、レグルスは馬を走らせる。
「クラーク殿の仕事が立て込んでいたところに、アヤツがやってきて、お前の居場所をさんざん聞いた揚句、リゼンベルグ家の悪口を長々と言い始めたものだから、『間違っても、娘はお前にはやらん!』ってな」
 父は、仕事の邪魔をされることが大嫌いなのだ。
 しかも、普段なら雑用をする私が不在なのだから、機嫌の悪さはなんとなく想像が出来る。
「イシュタルトの愛人がダメだというなら、オレにやるっていって、そのあとドカーンと一発かました」
 レグルスがなぜか嬉しそうに笑った。
「面白かったぞ。お前の親父にあそこまでキレられると、さすがのジュドー・アゼルも焦ったらしい。少なくとも、魔力はクラーク殿の敵じゃないしな」
「父は、魔術をぶっ放したりしちゃったのですか?」
 私が焦ると、レグルスはニヤニヤした。
「椅子が一脚、粉砕された」
「……犯罪にならなくて、良かったです」
 父は、魔導士ではない。しかし、魔力付与師でも、魔術は使えるのだ。
 我が父の魔力保有量はSクラス。使いなれていない魔術を使って、壊れたのが椅子一脚でよかった、というべきであろう。
「とりあえず、しばらくは大丈夫だろう」
「そう願います」
 私は首を振った。家具を父が破壊しまくっても困る。
「レグルスさまは、ジュドー・アゼルの元婚約者のユーリィさんという方を知っていますか?」
「面識はない。ビニク子爵家の次女だったかな」
 レグルスは興味なさそうに、街の辻を曲がる。次の橋を渡れば、ジーンの店だ。
「婚約破棄をされて、寝込んでいらっしゃるそうです。あの男をそこまで好きなひともいるのですね」
 私がそう言うと、レグルスは首を振った。
「アゼル家は金持ちだ。金に不自由しない生活が約束される。オレの記憶では、ビニク家の姉妹は贅沢好きという噂だ。そんな縁談が絶ち消えたら、ショックで寝込んでも不思議はないと思う」
 あれ? うーん。なんだかロマンの欠片もない。
「私もお金は好きですけど、相手は選びたいです」
 私がそう言うと、
「お前が、金で動く女なら、ジュドーも、イシュタルトも、オレも苦労しない」
 ボソっと、レグルスが呟いた。
 私、お金の為(というより借金のため)に、生きている。
 ちょっと誤解があるのかもしれない。
 しかも、なぜレグルスやイシュタルトが、ジュドーと並ぶのだろう。
「オレもイシュタルトも、そういう厄介なところが気に入っているわけだから、仕方ないが」
 レグルスは馬車を停めると、私の頭を大きな掌で撫でた。
 さりげなく「気に入っている」などと言われ、ついドキリとして勘違いしそうになる。言葉の使い方は、気をつけてほしい。
「着いたぞ」
 レグルスは馬を停め、私が馬車から降りるのを手助けしてくれた。
「ありがとうございます。レグルス様は、面倒見の良い方ですね」
 私がそう言うと、「誰にでも、ってわけじゃないぞ」と、照れたようにレグルスはそっぽをむいた。
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