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女戦士様と冒険 6

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 翌朝。
 目が覚めても頭痛は治らなかった。
 頭痛の原因はおそらく、大量の瘴気を浴びたことと、無茶な術を使った反動であろう。
 食事は用意してきた保存食ではなく、近衛隊の野戦食をいただいた。
 専属のコックさんがいるらしく、とてもおいしい。野戦食とはとても思えない。ちょっとした、レストランのような味だ。
 ロバートによると、軍の料理人は、とても大事らしい。
 行軍で、一番の楽しみを支える人材だから、当然ともいえる。
 食事は、長机を並べて、みんなでいただく。
 ご飯を食べているときは、皆、鎧をつけてない。
 当然、プールポワン姿ですごすひとがほとんどだった。
 思った以上に、うちの製品の着ている人をたくさんいて嬉しい。
「アリサ、ちょっといいか」
「……はい」
 食事が終わったのを見計らったように、イシュタルトに呼ばれた。 
 そのまま、野営地を出る。
 イシュタルトは、剣は手にしていたが、山吹色のプールポワンを着ているだけで、鎧は着用していない。
 それほど遠くに行く気はないのだろう。
 彼はずっと私に背を向けて先行して歩く。たぶん、まだ怒っているのだ。
 とはいえ、怒っていても、私の作ったプールポワンを着てくれている。
 少しうれしい。
 口に出したら「服に罪はない」とか言われそうだし、着替えが他にないとか、そんな理由なのだろうけれど。
 昨日から、イシュタルトは私と目を合わさない。
 ロバートや他人がいる手前、口に出さないけど、ついに私を娼館に売り飛ばしたいと考えたかもしれない。
 だけど。
 道はかなり悪くて、歩くのはちょっと骨が折れるけれど、イシュタルトの背は遠くならない。歩調を私に合わせてくれているみたいだ。
 気に入らなくても、気配りしてくれるって、どれだけ人間が出来ているのだろう。
 ゴロゴロと転がる岩をいくつか越えると、小さなせせらぎの音が聞こえてきた。
「アリサ」
 呼ばれてそばによると、岩の割れ目から水が湧き出ていた。
 湧水は小さな池となり、そしてとてもきれいなせせらぎとなって流れを作っている。
 イシュタルトは水筒を取り出して湧き水を汲み上げた。
「飲め。少しは頭痛が治まるはずだ」
 水筒を受け取り、口にする。水は冷たくて甘い。美味しい、と思った。
「座れ」
 イシュタルトは、すぐそばにあった平らな岩に腰かけると、隣を指さした。
 私は遠慮がちにそこに座る。
「身体は大丈夫か?」
 思いのほか優しい声音にドキリとした。
 見上げると心配そうに闇色の瞳が私を見つめている。
「はい。おかげさまで」
 頭痛と、足が筋肉痛のほかは何ともない。
 大したケガをせずに済んだのは、運がよかったのだろう。
「あまり無茶をするな。お前が優秀なのはよくわかったが、やることが無鉄砲すぎる」
「申し訳ありません」
 昨日から謝ってばかりだ。謝っても謝っても、許される気がしない。
「アリサは、冒険者になりたいのか?」
 イシュタルトに聞かれ、私は首を振った。
「いえ――確かに、昔はそうなりたいと願ったこともありましたが」
 私は自分の手を見つめる。
「私は、ロバートと違って、攻撃魔術の他はたいして才能がないから、単純に冒険者になって、モンスターと戦うのが良いかなと思った時期がありました。でも、攻撃以外はいっさい得意じゃなかったですし、そもそも無愛想で、コミュニケーション能力も足りません」
 こんなことを聞いても面白くないだろう。
 だが意外と、イシュタルトは笑いもせず、私の話を黙って聞いてくれている。
「今回、無理言って、みなさんに護衛を頼んで連れてきてもらったけど、迷惑ばかりおかけしましたし、やっぱり向いてなかったのだなあって。それがはっきりわかって、すっきりしました」
 そもそも、今回の『冒険』だって、仕立屋の仕事の為に思いついたことだ。
「コルの実をそんなに集めて、どうするつもりだった? 夏用のプールポワンに使うのなら、いくら高いとはいえ、そんなに量は要らないはずだろう」
 私は、下を向いた。
 イシュタルトの指摘は正しい。夏用に特化したプールポワンのオーダーなど、数えるほどしかない。
「笑わないで聞いていただけますか?」
 私は水筒をもう一度口にする。本当に美味しい。頭痛がやわらいでいるのに気が付いた。
「涼感まくらを作りたいと思ったのです」
「まくら?」
 イシュタルトの声が呆れている。
「夏は寝苦しいから、売れるかなって。防魔用品として魔力付与しなければ、大量生産できるし、布団屋さんに卸せば喜んで買っていただけるかなと。あとは、パジャマとか」
「お前は寝具の仕立屋じゃないだろう?」
「ごもっともなご指摘です」
 私は恥じ入った。
「私、夏の夜、暑いとどうにも眠れなくて。裸で寝たところで暑いものは暑いですし」
「……裸で寝る?」
 へんなところに反応するイシュタルトに首を傾げる。なぜか、イシュタルトの顔が赤い。
「とにかく、裸で寝たりすると寝冷えしますし、良質の睡眠をとれないと、仕事に差し支えますから。前から夢だったんですよ」
 そんなバカげたことに、高級品のコルの実を使うわけにはいかない。
「もちろん、いつもの値段で夏用の快適なプールポワンをご提供したかったのも事実です」
「なるほどね。しかし、仕事熱心なのはいいが、親父殿は心配するだろう? ロバートもそうだ。俺だって」
 イシュタルトはそれだけ口にすると黙り込んだ。
「それにしても、よく、レグルスの護衛代が払えたな」
 それは、当然抱く疑問だ。
 そんな金があったら、借金を返すべきだと言われても仕方がない。
 どう考えても、私にはオーバースペックな護衛の戦士。
「無料でいいと言われました。無料が嫌なら、キスでよいと。しかも連れていかなければ、ロバートに話すと言われて」
 私は下を向く。さすがに恥ずかしい。ビジネスをなんと心得ているかと怒られそうだ。
「キス?」
「あ、いえ。さすがに、命まで救っていただいたのですから、キスですませるような失礼はするつもりはないのですけれども?」
「キスですまさないって、お前」
 イシュタルトが突然私の腕をつかんだ。私の顔を睨むように見つめている。
 腕が痛い。でも、イシュタルトの目が怖くて、そう言えない。
「あの。私には他にお礼をする手段がないので、プールポワンを一着お作りしようかと思っていますが。一般的に見て、非常識でしょうか?」
「プールポワン、ね」
 イシュタルトは突然、脱力して、腕を離してくれた。
「下心丸見えの男を護衛に雇うなんて正気の沙汰じゃない。しかし、悔しいが、あいつじゃなければ、お前は無事じゃすまなかった」
 ふーっとイシュタルトは息を吐いた。何を考えているのか、いまいちよくわからないけれど、いろいろ心配してくれたのだろう。
「頭痛はとれたか?」
「はい。おかげさまで」
「野営地に戻る。準備が出来たら、調査に向かう」
 昨日、会ってからはじめて、イシュタルトは私の目を見て微笑みかけてくれた。
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