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女戦士様と冒険 4
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ダリアが木に登って、コルの実を集めてきてくれた。
私の背負い袋いっぱいに詰められたコルの実は、末端価格でもかなりの金額になる。
護衛の費用のおつりは十分出るレベルだ。
私以外の三人は、キラービーの巣の一部を削り取り持って帰る準備をしている。
本当は巣を全部持っていきたいらしいけれど、馬車ほどもある巣は、さすがに運べない。
それからキラービーの死骸から、針を切り取って回収もするらしい。
冒険者って、元気だ。
もともと運動不足で、ここに来るまで体力を消費していたが、必要以上に魔力まで消費して、私は、心身ともにエネルギー切れである。
今回のキラービーの巣と針の総額はかなりな値段になるそうで、レグルスもただ働きにならずにすみ、私はホッとした。
それでも、何らかの形で礼はせねばならないとは思う。
受けた恩は返さないと、大変なことになる。
そのことは、後から考えるとして。
まず、運動不足はなんとかせねばいけない。
今回、魔術はへっぽこなりに使えることはわかったものの、冒険者のまねごとをするには、体力がなさすぎる。
魔術のほうは、実戦を踏めばなんとかなるだろうけれど。
レキサクライで材料が集められるようになれば、防魔用品にも幅ができてくる。
冒険者として頑張ってみるなら、私も仕事をすべきだ。
私は、ずるずると周囲に散らばっているキラービーの死骸を集め始める。
キラービーが地域絶滅したら、私のせいかもしれない。
ふと、そんなことを思ってしまう。
死骸を引きずりながら、ふらふら歩いていたら、小川のほとりに出た。
「まさか」
目に見えた光景に頭が痛くなる。
小さな小川の向こう側にも虫の残骸がみえた。
シャレにならない。
あまり派手なことをやると、近隣調査中の近衛隊に見つかってしまう。
悪いことをしたわけではないが、我が弟は優秀な魔導士であるから、魔力の残滓を嗅ぎ取って私が森に入ったことがバレてしまう可能性が高い。
あれ?
不思議な感覚がした。
小川のむこうにも森が続いているが、その奥は、なだらかに下っている。
魔力の波動を感じた。
誰かいるのだろうか? しかし、波動は継続的に感じる。術をぶちかましている、という類とは違う感触だ。魔力付与と同じで、半永久的に、そこに縫い付けられているかのような感触。
単独行動はいけない、と思いつつも好奇心には勝てず、私は小川を飛び越え魔力の波動を追った。
なだらかに下った先は、唐突に崖になっていた。あまりの高さにめまいがする。
私は、とにかく高いところはダメなのだ。
谷の先には深い森が広がっている。おそるおそる腹ばいで下をのぞき込むと、眼下は白い岩肌がむき出しになって、大岩が見える。魔力の波動は、その岩から流れてくるようだ。
確かめたいのだが、眩暈と震えが止まらない。
どう考えても無理だ。腹這いのまま、ずりずりと後退する。
歩幅二つ分くらいまで後退してから、ゆっくりと立ち上がろうと身体を戻した時、不意に、下から突き上げるような強い風が吹いた。
「ひっ」
風そのものは、身体が倒れるほどではなかった。
が、高所の恐怖におびえていた私は、躓いて、持ってきたキラービーの死骸を思わず谷底に投げ捨てた。
その時。
間違いなく、強い魔力が弾けた。
強い瘴気とともに、硬い羽音が谷の底から駆け上ってくるのが聞こえ、私は後ろも見ずに逃げ出した。
人生で一番、走りに走ったが、小川を飛び越えたころには、私は強い瘴気に包まれた。
目や肌がひりひりする。息が苦しい。
その時。
激しい音とともに、走っている私の頬をかすめ、目の前に石槍が突き刺さった。
追い詰められた私は、逃げるのをやめて振り返る。
石の羽を羽ばたかせ、石槍を構えた生きた三体の石像が、冷たい目で私を捉えていた。
「ガーゴイル?」
ガーゴイルは、本来遺跡などの侵入者を防ぐために配置された、古代の魔法生物だ。
いくらレキサクライが魔の森といっても、こんなのとこに出現するなんて聞いたことがない。
コルギの大木を背に、私は完全に追い詰められた。
「アリサ!」
石像の石槍が私の心臓を貫いたと思った時、私の身体は横抱きにされてそのまま大地を転がった。
「怪我はないか?」
レグルスだ。
「できたら、援護しろ」
レグルスは立ち上がると、私を背にかばい、腰に下げた剣を抜く。
三体の石像は、重い羽音を立て、上下に移動しながら距離を詰めてきた。
「アリサ! レグルスさま!」
抜刀しながら走ってきたのは、リィナだ。
「リィナ、アリサを頼む。ダリア、近衛隊に応援を。南東にいるはずだ――まだ、来る!」
見れば、三体の後ろにも、黒いいくつかの影が見える。
ガーゴイルは、それほど強いわけではない。
しかし、疲れを知らない。完全に破壊されない限り、彼奴等は戦い続ける。
これ以上の数があるとしたら、いくらレグルスでもキツイ。
「待ってて!」
ダリアが、駆け足で走っていく。
「アリサ、私の後ろへ」
リィナが、飛んできた石槍を、大剣で振り落した。
なぜ、とか、どうしてとか疑問もあるけれど。
それよりまず、自分のできることをしなければ。
私はそばにあったコルジの大木に手を当て、集中する。集めた樹木の元素をツタのイメージに構成する。
「我。魔の理を持って命ずる。絡めとれ!」
私の言葉を受けて、緑の蔦が木々からのびた。
それらが、突撃してくるガーゴイルを絡めていく。
「くそったれが!」
気合とともに、レグルスの剣技がさく裂した。
数体のガーゴイルが、跡形もなく粉砕される。
さらに蔦で、何体か動きを封じてもいるが、小川の向こうから次から次へと、ガーゴイルの行進が続き、重い石の羽音が響いてくる。
このままじゃ、いつかこちらが力つきる。
私は、首を振った。なんとかしなくては。
たぶん、あの崖の下にあるのは、召喚用の魔法陣だ。
なんらかの原因でスイッチが入り、ガーゴイルを召喚し続けている。
召喚系は苦手だけど、なんとかしなければいけない。
私は、ガーゴイル召喚の紋様を思い出す。紋様を私の魔力でひっくり返し、描き直せば、召喚は止まるはずだ。
ただし、魔法陣を描いた人間より魔力が上回らなければ、意味はない。
やるとしたら、気絶覚悟でやらないと無理だ。
近衛隊が来て、本職の魔導士が来れば、確実に魔法陣は閉じられるだろう。
それまで、時間稼ぎの魔術を唱え続けるのも、決して間違っているとは言えない。むしろ、一発勝負に掛け、私が敗れたら、レグルスもリィナも、魔術の援助なしで近衛隊がくるまで耐えることになる。
どちらがいいのか。
私のすぐ目の前で、傷だらけになりながら、リィナが剣を振るっている。レグルスの気合いと、石を粉砕する音が響いている。
ふたりとも、限界が近い。
A級の魔術師だからと、大見えを切った以上、できることはやるべきだ。
私は、ダメもとで勝負に賭ける。
意識を集中して、先ほど感じた魔力の波動を意識で追う。大地から、ずっと、ずっと遠い、深い谷の奥へ。
底にあるような場所に、魔法陣の気配をみつけた。
「虚は実に。実は虚に。光は闇に。闇は光に。我、魔の理を持って命ずる。反転せよ!」
魔法陣の文様を力を込めてひっくり返す。
衝撃で、身体がぐらりと揺れた。大地が鳴動し、天が揺らいだように感じた。
「姉さん!」
「アリサ!」
消えゆく意識の中で、ロバートとイシュタルトの呼ぶ声を聴いたような気がした。
私の背負い袋いっぱいに詰められたコルの実は、末端価格でもかなりの金額になる。
護衛の費用のおつりは十分出るレベルだ。
私以外の三人は、キラービーの巣の一部を削り取り持って帰る準備をしている。
本当は巣を全部持っていきたいらしいけれど、馬車ほどもある巣は、さすがに運べない。
それからキラービーの死骸から、針を切り取って回収もするらしい。
冒険者って、元気だ。
もともと運動不足で、ここに来るまで体力を消費していたが、必要以上に魔力まで消費して、私は、心身ともにエネルギー切れである。
今回のキラービーの巣と針の総額はかなりな値段になるそうで、レグルスもただ働きにならずにすみ、私はホッとした。
それでも、何らかの形で礼はせねばならないとは思う。
受けた恩は返さないと、大変なことになる。
そのことは、後から考えるとして。
まず、運動不足はなんとかせねばいけない。
今回、魔術はへっぽこなりに使えることはわかったものの、冒険者のまねごとをするには、体力がなさすぎる。
魔術のほうは、実戦を踏めばなんとかなるだろうけれど。
レキサクライで材料が集められるようになれば、防魔用品にも幅ができてくる。
冒険者として頑張ってみるなら、私も仕事をすべきだ。
私は、ずるずると周囲に散らばっているキラービーの死骸を集め始める。
キラービーが地域絶滅したら、私のせいかもしれない。
ふと、そんなことを思ってしまう。
死骸を引きずりながら、ふらふら歩いていたら、小川のほとりに出た。
「まさか」
目に見えた光景に頭が痛くなる。
小さな小川の向こう側にも虫の残骸がみえた。
シャレにならない。
あまり派手なことをやると、近隣調査中の近衛隊に見つかってしまう。
悪いことをしたわけではないが、我が弟は優秀な魔導士であるから、魔力の残滓を嗅ぎ取って私が森に入ったことがバレてしまう可能性が高い。
あれ?
不思議な感覚がした。
小川のむこうにも森が続いているが、その奥は、なだらかに下っている。
魔力の波動を感じた。
誰かいるのだろうか? しかし、波動は継続的に感じる。術をぶちかましている、という類とは違う感触だ。魔力付与と同じで、半永久的に、そこに縫い付けられているかのような感触。
単独行動はいけない、と思いつつも好奇心には勝てず、私は小川を飛び越え魔力の波動を追った。
なだらかに下った先は、唐突に崖になっていた。あまりの高さにめまいがする。
私は、とにかく高いところはダメなのだ。
谷の先には深い森が広がっている。おそるおそる腹ばいで下をのぞき込むと、眼下は白い岩肌がむき出しになって、大岩が見える。魔力の波動は、その岩から流れてくるようだ。
確かめたいのだが、眩暈と震えが止まらない。
どう考えても無理だ。腹這いのまま、ずりずりと後退する。
歩幅二つ分くらいまで後退してから、ゆっくりと立ち上がろうと身体を戻した時、不意に、下から突き上げるような強い風が吹いた。
「ひっ」
風そのものは、身体が倒れるほどではなかった。
が、高所の恐怖におびえていた私は、躓いて、持ってきたキラービーの死骸を思わず谷底に投げ捨てた。
その時。
間違いなく、強い魔力が弾けた。
強い瘴気とともに、硬い羽音が谷の底から駆け上ってくるのが聞こえ、私は後ろも見ずに逃げ出した。
人生で一番、走りに走ったが、小川を飛び越えたころには、私は強い瘴気に包まれた。
目や肌がひりひりする。息が苦しい。
その時。
激しい音とともに、走っている私の頬をかすめ、目の前に石槍が突き刺さった。
追い詰められた私は、逃げるのをやめて振り返る。
石の羽を羽ばたかせ、石槍を構えた生きた三体の石像が、冷たい目で私を捉えていた。
「ガーゴイル?」
ガーゴイルは、本来遺跡などの侵入者を防ぐために配置された、古代の魔法生物だ。
いくらレキサクライが魔の森といっても、こんなのとこに出現するなんて聞いたことがない。
コルギの大木を背に、私は完全に追い詰められた。
「アリサ!」
石像の石槍が私の心臓を貫いたと思った時、私の身体は横抱きにされてそのまま大地を転がった。
「怪我はないか?」
レグルスだ。
「できたら、援護しろ」
レグルスは立ち上がると、私を背にかばい、腰に下げた剣を抜く。
三体の石像は、重い羽音を立て、上下に移動しながら距離を詰めてきた。
「アリサ! レグルスさま!」
抜刀しながら走ってきたのは、リィナだ。
「リィナ、アリサを頼む。ダリア、近衛隊に応援を。南東にいるはずだ――まだ、来る!」
見れば、三体の後ろにも、黒いいくつかの影が見える。
ガーゴイルは、それほど強いわけではない。
しかし、疲れを知らない。完全に破壊されない限り、彼奴等は戦い続ける。
これ以上の数があるとしたら、いくらレグルスでもキツイ。
「待ってて!」
ダリアが、駆け足で走っていく。
「アリサ、私の後ろへ」
リィナが、飛んできた石槍を、大剣で振り落した。
なぜ、とか、どうしてとか疑問もあるけれど。
それよりまず、自分のできることをしなければ。
私はそばにあったコルジの大木に手を当て、集中する。集めた樹木の元素をツタのイメージに構成する。
「我。魔の理を持って命ずる。絡めとれ!」
私の言葉を受けて、緑の蔦が木々からのびた。
それらが、突撃してくるガーゴイルを絡めていく。
「くそったれが!」
気合とともに、レグルスの剣技がさく裂した。
数体のガーゴイルが、跡形もなく粉砕される。
さらに蔦で、何体か動きを封じてもいるが、小川の向こうから次から次へと、ガーゴイルの行進が続き、重い石の羽音が響いてくる。
このままじゃ、いつかこちらが力つきる。
私は、首を振った。なんとかしなくては。
たぶん、あの崖の下にあるのは、召喚用の魔法陣だ。
なんらかの原因でスイッチが入り、ガーゴイルを召喚し続けている。
召喚系は苦手だけど、なんとかしなければいけない。
私は、ガーゴイル召喚の紋様を思い出す。紋様を私の魔力でひっくり返し、描き直せば、召喚は止まるはずだ。
ただし、魔法陣を描いた人間より魔力が上回らなければ、意味はない。
やるとしたら、気絶覚悟でやらないと無理だ。
近衛隊が来て、本職の魔導士が来れば、確実に魔法陣は閉じられるだろう。
それまで、時間稼ぎの魔術を唱え続けるのも、決して間違っているとは言えない。むしろ、一発勝負に掛け、私が敗れたら、レグルスもリィナも、魔術の援助なしで近衛隊がくるまで耐えることになる。
どちらがいいのか。
私のすぐ目の前で、傷だらけになりながら、リィナが剣を振るっている。レグルスの気合いと、石を粉砕する音が響いている。
ふたりとも、限界が近い。
A級の魔術師だからと、大見えを切った以上、できることはやるべきだ。
私は、ダメもとで勝負に賭ける。
意識を集中して、先ほど感じた魔力の波動を意識で追う。大地から、ずっと、ずっと遠い、深い谷の奥へ。
底にあるような場所に、魔法陣の気配をみつけた。
「虚は実に。実は虚に。光は闇に。闇は光に。我、魔の理を持って命ずる。反転せよ!」
魔法陣の文様を力を込めてひっくり返す。
衝撃で、身体がぐらりと揺れた。大地が鳴動し、天が揺らいだように感じた。
「姉さん!」
「アリサ!」
消えゆく意識の中で、ロバートとイシュタルトの呼ぶ声を聴いたような気がした。
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