上 下
10 / 39

口コミのご依頼 6

しおりを挟む
 扉を開けて入ってきたレグルスは、げんなりしたような顔をした。
「どうして、ロバートがここにいる?」
「主が、休暇をくれましてね。ここ、僕の実家なんですよ」
 ロバートが面白そうに笑う。
 ロバートとレグルスは知り合いらしい。
 二人とも討伐隊に参加しているから当然かも。
 あれから、五日後。
 突然、ロバートが帰ってきた。
 そして、私と一緒に店番をしてくれている。
 イシュタルトが私を心配してくれたということなのかな。
 私としてはロバートが帰ってきてくれて、嬉しいけれど。
 ただ、普段は父もいるのだから、そこまで心配することはない気がする。
「レグルスさま、ご注文の品ですが」
 私は、完成した青いプールポワンを差し出す。
「袖を通していただけますか?」
「ああ」
 レグルスの試着を私が手伝おうとすると、ロバートがすぐそばにやってきた。
「どうかした?」
「気にしなくていいよ」
 にこり、とロバートが笑う。
「きついところなど、ございませんか?」
「いや、とてもいい。君の魔力の香りも心地いい」
「香り?」
 そういえば。このひと、魔力の匂いがどうとか、この前も言っていた。
 魔力には、個性がある。
 当然、無味無臭なので、強弱で表現する人のほうが圧倒的に多いのだけど。
 一芸に秀でた人は、感覚が常人とは違うのかもしれない。
「それにアリサの瞳と同じ、この色も気に入った」
「ありがとうございます」
 このひとは、どうしてこうも甘ったるいことを平気で言うのだろう。
 誰にでもこんなふうでは、あちこちで勘違いする女性が続出するに違いない。
「僕も同じ色の瞳ですよ、レグルスさま」
 私の手を取ろうとしたレグルスの手を、ロバートがやんわりとつかむ。
「僕と、アリサは双子だから。似ているって、よく言われるんです。気に入っていただけてうれしいです」
 ロバートはにこにこ笑っているけれど、さすがにやりすぎな気もする。
「……イシュタルトの野郎め」
 ブツブツと悪態をついて、レグルスは金貨を払ってくれた。
「言っておきますが、姉を泣かすようなことは、僕が許しません」
 ロバートはレグルスに向かって微笑む。
 気持ちはとてもうれしいけれど、この前のキスはたぶん、このひとにとってはジョークだ。
「ロバート、さすがにやりすぎよ」
 私はロバートを窘める。
「レグルスさまは、イシュタルトさまに対抗したかっただけで、私に興味はないと思うし」
 正直、こうしてロバートをよこしたりすると、余計に勘違いされてしまう。
 私とイシュタルトの関係は、債権者と債務者の関係なのに。
「アリサ、オレは、本気で、君に興味があるんだけれど」
 私の髪に触れようと手を伸ばそうとしたレグルスの手を、ロバートが払いのける。
「ロバート、お前、ここで遊んでいられるほど、ヒマなのか?」
「今日は、実家で休養するのが僕の仕事なので」
 しれっとした顔で答えるロバート。
 もともと、ロバートは私に甘い。
 イシュタルトに頼まれたというだけではないのは間違いないと思う。
 学生時代から、ロバートは私に対してとても過保護なのだ。私はずっと、ロバートに甘えてばかりだった。
「そんなに主人想いとは知らなかった」
 レグルスが肩をすくめると、ロバートは首を振る。
「違いますよ。僕は、とても姉想いなんです。あ、シスコンと言われても平気ですよ」
「わかったよ。今日は、もう退散する」
 レグルスは大きくため息をつく。
「姉と交際したければ、僕を通してくださいね」
 いつからそういうことになったのだろう。
「まったく。ロバートと双子とは思わなかった」
「僕を義理の弟にする覚悟がないうちは、ちょっかい出さないでくださいよ」
 さすがに言いすぎだとは思う。
 結婚でもないのに、そんな覚悟は普通しない。
 レグルスは少し辟易した顔で帰っていった。
「レグルスさま、また来るかしら?」
 さすがに、もう注文に来てくれないかもしれない。
「来るよ。あのひと懲りない人だから。何かされたらアリサも、遠慮なく魔術でもぶっ放してやりなよ。大丈夫。ちょっとやそっとじゃ、死なないから」
 ロバートは天使の笑顔で悪魔のようにそう言った。
しおりを挟む

処理中です...