呪われた悪役令嬢は隣国の王太子に溺愛される

30 バレちゃった

　小さくてもやっぱり男の子だけあって、思ったよりも力が強い。

　オリヴァーに身体を掴まれた私はあっさりとオリヴァーに抱きかかえられていた。

「今、『ゴロゴロ』って言ったよね。君は人間の言葉が喋れるの？」

　オリヴァーに顔を覗き込まれて思わず首を横に振ってしまった。

（これじゃ私が人間の言葉を理解しているように思われてしまうわ）　

　不味い事をしたと思った時には既に遅かった。

　オリヴァーはキラキラとした目で私の顔を見据える。

「凄い！　僕の言葉がわかるんだね。だから人間の言葉も喋れるのかな？」

『そんなわけないでしょ！』とツッコミたいけれど、声を出すわけにもいかないから、私はひたすらオリヴァーの腕から逃れようと身体をよじった。

　私が暴れるものだからオリヴァーもついには私の身体から手を離した。

　ベチャッ！

　上手く着地したつもりが、不格好な体勢で地面に顔から突っ込んだ。

　不意打ちの着地は出来ないのは運動音痴のなせる技かしらね。

「わっ、大丈夫？　鼻の頭に砂が付いているよ」　

　オリヴァーが私の鼻に付いた砂を払ってくれたけれど、少し吸い込んでしまったらしく鼻が刺激されてクシャミが出た。

　クシュン！

　隠れる間もなく私の身体は猫から人間へと戻った。

「ええっ！　猫が人間になった！」

　ケンブル先生の魔道具のおかげで裸ではないけれど、オリヴァーにこの姿を晒してしまうとは思わなかったわ。

　オリヴァーはしばらくびっくりした顔で私を見ていたけれど、ハッとしたように私に手を差し出してきた。

「立てますか？　よろしければこの手にお掴まりください」

　女性に対して咄嗟に手を差し伸べる事が出来るのはやはり貴族男性として教育されている賜物かしら？

　小さな紳士に差し出された手に私は自分の手を重ねた。

「ありがとうございます」

　流石にこの小さな手に体重をかけるわけにはいかないので、手は添えただけにして自力で立ち上がる。

「ありがとうございます、オリヴァー様。私はキャサリンと申します。アラスター様の客としてこちらに滞在しております」

　小さな紳士にお礼を述べるとオリヴァーはパチクリと目を瞬いた。

「兄上のお客様ですか？　それにしては兄上から紹介されていません。それに父上からも何も聞かされていないのですが…」

　少し困惑しているオリヴァーに私はこれまでの事を話して聞かせた。

　オリヴァーは私の話に驚きながらも最後まで真剣に聞いてくれた。

（本当にいい子だわ。おまけに可愛いし…。あら、私ったら、ショタコンの気があるのかしら？）　

「呪いで猫にされて、しかも家を追い出されたのですか？　それにしても父上はどうしてキャサリン嬢を紹介してくれないのでしょう」　

「仕方がありませんわ。私は貴族籍を抜かれた以上、平民でしかありません。すぐに追い出されずにこうして置いていただけるだけでも有り難いですわ」

　この優しいオリヴァーに『父上は冷たい人だ』と思って欲しくはない。

　何とか笑顔を作ってみせると、オリヴァーは真剣な顔で私の手を取った。

「僕に出来る事はありますか？　キャサリン嬢のためなら何でもして差し上げます」

　その歳でそんな台詞を言えるなんて、将来が末恐ろしいわ。

『その気持ちだけで十分なんですけれど』と、そう言っても納得してくれそうにないオリヴァーに諭すように告げる。

「オリヴァー様、それよりも私がこうして猫に変わると言う事を他の方には内緒にしていただけませんか？」

「内緒に？」

「はい。他の方に知られたら何を言われるかわかりません。これ以上、ゴタゴタに巻き込まれたくはありませんのでどうかお願いします」

「わかりました。その代わり、明日もここで会ってもらえますか？」　

　…そんな子犬のような目で見られたら駄目なんて言えないわね。

「承知いたしました。それでは、人目につかない内に私は戻りますね」

　クシュン！

　私はクシャミをして猫の姿に戻ると、オリヴァーに手を振ってもと来た道を戻る。

　…それにしても、いちいちクシャミをしないと姿を変えられないなんて面倒だわね。

　あ、呪われたから姿を変えられるようになったんだっけ…。