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1 プロポーズ

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「僕と結婚しないか?」

 中庭を見下ろしながら、少し離れた場所に立っているヴァネッサに告げた。

 同じように中庭を、いや、下にいるアドリアンを見ていた彼女がこちらを向く気配がした。

 放課後の二階にある教室に一人でいるヴァネッサを見つけて、チャンスとばかりに近寄ったが、彼女が何を見ているのかわかると僕もそれを見つめた。

 今、中庭を歩いているのはこの国の王太子であるアドリアンと、婚約者のアンジェリックだ。

 いとこ同士で幼い頃から交流があるヴァネッサが、アドリアンを好きなのは気付いていた。

 ヴァネッサ自身も婚約者候補に挙がっていたが、王室はアンジェリックをアドリアンの婚約者に選んだ。

 彼女の家がヴァネッサの家よりも格上だと言うのもあるが、ヴァネッサの母親は今の国王のいとこに当たるので、血が濃くなるのを避けたに違いない。

 ヴァネッサは一度僕の方を向いたが、僕が下を見下ろしたままなので、どうやら独り言だと思ったようだ。

 また、視線を中庭に向けたので、彼女に向き直り再度声をかけた。

「アドリアンが好きなんだろう。だったら僕と結婚しないか。僕はいずれ側近入りする。そうしたらアドリアンを家に招待する事も出来る。勿論、アドリアンだけを招待するよ」

 パッとこちらを向いた彼女は驚いたようにポカンと口を少し開けている。

 その表情は小さい頃と変わらないな。

「あなた、本気なの? 私がアドリアンを好きだと知っているならどうしてそんな事を言うの?」

 ヴァネッサの言う事ももっともだな。

 他の男が好きなのを知っていてプロポーズする奴なんて普通はいないからね。

 勿論、ヴァネッサのその疑問にも答えは用意してある。

「正直に言うよ。僕も他に好きな人がいるんだが、その人との結婚は出来ない。だからと言って一生独身でいるわけにもいかないからね。今でも周りから早く結婚相手を決めろとうるさいんだ。君だってそうだろう?」

 僕の母親はヴァネッサの母親と義姉妹の間柄になるのだが、実の姉妹のように仲が良い。

 だから二人がよくお茶会をしてはお互いの子供の結婚が決まらない事を嘆いていた。

 ヴァネッサの所はどうか知らないが、僕の母親はその度にグチグチと僕が結婚相手を決めない事を愚痴るのだ。

 まったく…。

 誰のせいで僕が女嫌いになったと思ってるんだ。

「つまり、あなたと偽装結婚しないかって事なのね」

 ヴァネッサは的確に僕の真意を見抜いたようだ。

 僕は嬉しくなって笑みを浮かべると頷いた。

「わかってくれて嬉しいよ。それでどうする? 受けてくれるかい?」

 ヴァネッサに確認をするが、彼女は今ひとつこの話に踏み切れないようだ。

 だけど心の奥底でぐらついているのが透けて見える。

 …あともう一押し…かな?

 僕はヴァネッサに近寄ると彼女の耳元に口を寄せて囁いた。

「君さえ良ければアドリアンと二人きりにさせてあげるよ」

 これは悪魔の囁きだ。

 僕の家の方が格が上だからその気になれば、ヴァネッサの家に命令が出来る。

 だが、この結婚はあくまでも彼女自身が望んだという形にしなければ駄目なのだ。

 流石に今の一言は彼女の心を動かすのに有効だったようだ。

「…本当にそんな事が出来るの?」

 掠れたような声に期待が入り混じっているのが透けて見える。

 それでも安易に僕の提案に乗ろうとしない。

「私はともかくあなたはそれでいいの?」

 僕がどこまで本気なのかを確認するように問いかけてくる。

「いいから提案したんだよ。僕のプロポーズを受けてくれるかい?」 

 そう言うとヴァネッサはクスリと笑って少し意地悪そうに微笑む。

「あら、プロポーズだったの?」

 そう言われれば、確かにプロポーズの言葉には聞こえなかったかもしれないな。

 僕はちょっと肩を竦めた後、顔を引き締めてヴァネッサの前に跪いて手を差し伸べた。

「今は指輪がなくて申し訳ないけれど…。
ヴァネッサ、私と結婚してください」

 ヴァネッサは少し躊躇ったふりをしてみせるが、そんなのはただのポーズだ。

 僕の手に自分の手を重ねると優雅に微笑んだ。

「ええ。喜んでお受けするわ」

 その言葉を聞いた瞬間、僕は心の中でガッツポーズをする。

 ヴァネッサは自らの意思で僕の提案を受け入れたのだ。

 僕は満足そうに微笑むとヴァネッサの手の甲に口づけを落とした。

 こうして僕達は二度と引き返せない道を歩む事になる。
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