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しおりを挟むプロローグ
どこかで水音が聞こえる。
おまけにやけに眩しい。
何でだろう? と思って目を開けたら、目の前に青空が広がっていた。
どうして僕はこんなところにいるんだろう?
起き上がろうとして、やけに体がユラユラ揺れていることを不思議に思った。
それでも何とか体を起こして初めて、自分が籠に入れられて流されていることに気が付く。
何、ここ、水の上って、川? 海?
驚いた僕はパニック状態になって、思わず立ち上がろうとした。しかし、バランスを崩して籠は引っくり返り、僕は水の中に放り出されてしまう。
必死にもがいて乗っていた籠を掴もうとするけれど、籠はひっくり返ったまま流されていった。そして僕自身もどんどんと先に流されていく。
頭の冷静な部分で、飲み込んだ水が海水ではなかったことから、ここが川だと推測する。なら、どこかに岸があるはずだ。しかし、もがけばもがくほど体は沈んでいく。僕はやがて、抵抗するのを諦めて目を瞑った。
このまま流されて死んじゃうんだな。
そう思った時、バシャバシャッと水をかくような音が近づいてきた。ぐいっと誰かの手が僕を抱き上げる。僕は顔をその人の肩に乗せられ、バシバシッと背中を叩かれた。
「ゲホッ、ゴホッ」
口の中に入っていた水を吐き出させられて、呼吸が楽になる。
けれど叩かれた背中が痛かったので、僕は文句を言うことにした。
「うわーん、うわーん」
あれ? 喋ったはずなのに、何故か赤ん坊の泣き声しか出なかった。
「よしよし、もう大丈夫だからな」
そう声をかけられて初めて、僕を抱いているのが男の人だとわかった。
男の人は僕を抱いたまま、川の中を岸に向かって歩き出す。
男の人に抱かれたまま下を見ると、川はかなり深く男の人の腰の辺りまであった。
「クレマン、赤ちゃんは無事なの?」
川岸の方から女の人の声が聞こえた。
「ああ、大丈夫だよ。エレーヌ」
赤ちゃん? 僕って赤ちゃんだっけ?
何が何だかわからないながらも、声をかけてきたエレーヌさんの方を向く。
うわぁ、凄く綺麗な人だ。
つややかなブロンドを一つにまとめ、緑色の目をしている。
彼女が僕に手のひらを向けると、濡れていたはずの体が一瞬で乾いた。何だこれは、凄い!
エレーヌさんはクレマンさんから僕を受け取り、嬉しそうに頬擦りをした。
そこでようやく僕はクレマンさんの顔を見ることができた。少しウェーブのかかった茶髪で、青い目をしている。かなりのイケメンだ。彼は川に入る際に外したらしい剣を拾って身につけ始めた。
「それにしても酷いやつがいるもんだな。赤ん坊を川に捨てるなんて」
クレマンさんの言葉に僕はびっくりした。
赤ん坊を川に捨てた? それって僕のこと?
混乱する僕の頭の中に、豪華な建物の天井と、僕を見る誰かの顔のイメージが浮かんだ。
これは一体何なんだろう。
考え込んでいる僕の耳に、クレマンさん達の会話が飛び込んできた。
「……ねぇ、去年死んだあの子が帰ってきたのかしら」
「ああ、生きていれば同じくらいかな」
その話の内容からすると、どうやら二人は夫婦で、去年子どもを亡くしたらしい。
「私達で育てましょうよ。まずは名前を決めないとね」
そう言うとエレーヌさんは僕の服を捲った。
「あら、男の子ね。やっぱりこれは運命だわ」
死んだ子どもも男の子だったんだね。
「何がいいかしら……アドルフ、アラン。アルベール?」
アルベール。そう呼ばれた途端、何故かその名前に惹きつけられ、思わずニッコリと笑った。
「アルベールが気に入ったのね。さぁ、お家に帰りましょうね」
こうして僕はこの夫婦に拾われて、新しい人生を歩むことになった。
♢♦♢♦♢♦
同じ頃、王宮では秘密裏に王子の捜索が進められていた。
「まだ、アルベールは見つからないのか!」
国王であるアレクサンドルの叱責に、侍女達は身を縮こませる。
事件の発端は王子が昼寝をしている時だった。乳母がほんの少し目を離した隙に、ベッドから王子の姿が消えたのだ。よちよち歩きを始めたとはいえ、ベッドからは一人では降りられない。
閉めたはずのドアが開けっ放しだったため、誰かに連れ去られたらしい。詳しく調べた結果、王子の失踪にはさまざまな人物が関わっていることがわかった。誰もがその瞬間、王子から目を離すように仕向けられたのだ。しかしその黒幕が誰なのかはまだ突き止められない。
それよりも問題なのは、王子が無事かどうかだ。王宮内を隅々まで捜しても見つからない。
どこかへ連れ去られてすぐに殺されているのではという不安が拭えなかった。
王妃マルグリットは目を真っ赤に泣き腫らしている。妻の心労を思いやったアレクサンドルは、彼女と共に王族しか入ることの出来ない王宮の最奥の部屋へ行き、秘密の扉から箱を取り出した。中には王子が生まれた時に血を登録した魔石が収められている。王族だけが使用出来る魔石で、これが光っていれば、生きているという証になるのだ。王子の魔石はキラキラと輝いている。二人はその輝きを見て、ほっと安堵した。
王子は生きている。今はただ、それだけが救いだった。
とはいえ、国王夫妻の悩みは尽きない。もうじき一歳になるアルベールのため、盛大なお披露目パーティーが計画されていた。しかし、招待客に王子が行方不明とはとても言えない。
どうすればいいのかと、王と王妃は悩んだ。
「陛下。とりあえずは代役を立てましょう。その後王子は病気で療養中とするのはいかがでしょう」
考えあぐねた宰相が王に提案をする。
「国境の結界のおかげで、王族が国を出ればわかるようになっていますから、出国時の検問を厳しくすればすぐに見つかります」
「わかった。当面は病気で通すことにしよう。一日も早く王子を捜し出せ! いいな!」
こうして、王子の不在は一部の人間のみの秘密となった。
そうして王宮では、主だった貴族を招いて王子の一歳の誕生日パーティーが開かれた。
しかし、王子は体調が優れないといって、最初に顔を見せただけですぐに退席した。
また最近は王妃の顔色が悪いことから、貴族の間では、王子は病弱で長く生きられないのではないかという噂が立っていた。
そんな中、王妃はあまりにも具合が悪いので、医師の診察を受けることになる。
すると、医師から懐妊していると告げられた。王と王妃は複雑な思いでその診断を聞いた。
「アルベールがいなくなったのに、この子を生んでもいいのかしら?」
二人きりになった部屋でマルグリットはぽつりと零した。
マルグリットの感じた不安はアレクサンドルも同様に抱えていたが、あえて口にしなかった。
「マルグリット。アルベールはすぐに見つかるさ。それまであの子の分もこの子を愛してあげないと……」
アレクサンドルに抱き寄せられ、マルグリットはそっとお腹を撫でた。
第一章 魔法覚醒
川の中から救い出してくれた夫婦に連れられて、僕は王都の下町へとやってきた。
クレマンさんと奥さんのエレーヌさん。これからは父さんと母さんって呼ぶようになるのかな。
クレマンさん、じゃなくて父さんに抱かれて大きな建物の中に入る。
扉を開けると、ガタイのいいお兄さんが声をかけてきた。
「おっ、クレマンじゃないか。久しぶりだな」
「やあ、ロジェ。元気だったか?」
親しげに話をしているところを見ると、どうやら父さんとは知り合いらしい。彼らの会話を聞いて、どうやら父さんと母さんが腕利きの冒険者であること、ロジェさんと二人は昔パーティを組んでいたことがわかった。とすると、ここは冒険者ギルドだろう。
そんな風に僕が思考していると、ロジェさんが僕の方を見てこう言った。
「その子かい? 去年生まれるって言ってたのは」
その言葉にドキッとした。仲がよかったのなら、この夫婦に子どもが生まれる予定だったことを知っていてもおかしくない。でも、この人が僕を実の息子と勘違いしたってことは、誰にもその子が死んだことを知らせなかったのかな?
「ああ、そうだ。アルベールって名前なんだ。俺に似てハンサムだろ」
さっき会ったばかりなのに、随分と親バカな台詞をサラリと言ってくれる。
「あら、私に似てるのよ」
母さんも負けじと張り合っている。これにはロジェさんも苦笑するしかない。
「ところで今日はどうしたんだ。まさか子連れで依頼を受けに来たのか?」
どっちの味方もしないと決めたロジェさんは、ぱっと話題を変えた。
「いや、一旦冒険者を辞めて王都に店を持つことにしたんだ。冒険者はとりあえず、一時休業にしようと思ってさ」
「店って、前に言ってた食堂か? お前が作る飯は最高に美味かったからな」
へえー。父さんって料理が得意なんだ。
僕を拾ったからじゃなくて、最初からそのつもりで王都に帰ってきていたんだな。
僕の存在が二人の負担になってるわけじゃないと知って、少しほっとした。
ロジェさんと別れて、僕達は受付カウンターに向かう。受付のお姉さんとも顔馴染みのようだ。
父さんはギルドカードを取り出して、何やら手続きをしている。
何気なくそれを見ていると、不意に書いてある文字がわかることに気が付いた。
どうして書いてあることがわかるんだろう。不思議に思ったけれど、その答えを得る手段がない。
父さん達は手続きを終えると冒険者ギルドを出て、今度は商業ギルドに向かった。
お店を出すための手続きをあれこれやっていて、最初は僕も話を聞いていたけど、そのうちいつの間にか寝てしまっていた。
目が覚めたら今度は知らない天井が見えた。
一瞬、どこかに置いていかれたのかと思ってうろたえる。しかし周りをキョロキョロ見回したら、ちゃんと父さんと母さんがいてほっとした。どうやら宿屋にいるらしい。
しばらくはここを拠点にしてお店探しをするそうだ。
安心したら、お腹が空いていることに気が付いた。
「お腹が空いた」と言おうとしたらやはり「あーん、あーん」という泣き声になる。
いつになったら普通に喋れるんだ。
母さんにミルクを飲ませてもらって、お腹がいっぱいになったら、また眠くなってきた。
♢♦♢♦♢♦
次の日、目が覚めると僕はベビーベッドの中にいた。僕としても本当はベビーベッドで寝るなんて不本意だけど、流石に夫婦のベッドで一緒に寝るわけにはいかない。
ちなみに後で知ったけれど、このベッドは宿屋が準備したわけじゃなくて、いずれ新居に必要な物だからと父さん達が買った物だったらしい。
朝食を済ませると、僕達はまた出かけることになった。今日はどこへ行くんだろうと思ったら、着いた先は子ども服の店だった。確かに、僕は今着ている服しか持ってないからね。
子ども服の買い物なんてそんなに時間はかからないと思っていたのに、母さんは夢中で選んでいた。しまいには女の子の服まで持ってきそうな勢いだった。
とにかく新しい服と靴を履いて、僕はご満悦だった。
そして、靴を履かせてもらって自分が歩けるんだと気付いた。それでもまだよちよち歩きでゆっくりだから、たまに業を煮やした父さんに抱き上げられていたけど。
買い物の後はまた商業ギルドへと向かい、店舗を紹介してもらった。
案内されたのは三階建の建物だった。一階が店舗で、二階と三階が住居になっている。
父さんと母さんはここが気に入ったらしく、正式に契約することになった。
僕はというと、母さんに抱かれてお昼寝タイムに入ったところ。
そうして次に目が覚めたら、宿屋で母さんと二人きりだった。
「あー、あー」
喋れないのがもどかしい。それでも母さんは僕の言いたいことがわかったらしい。
「クレマンはお店に必要な物を買いに行ってるわ。アルは私とお留守番ね」
アルって、僕の愛称か。なんだか嬉しいな。
夕方になって部屋が薄暗くなった頃。母さんが「【ライト】」と言った途端、部屋に明かりが灯った。思わずパチパチと拍手をしてしまう。
「まぁ、アルったら。魔法を使ったことがわかるの? アルも魔力があるのかしら?」
それって魔力がある人とない人がいるってことか。
やがて父さんが帰ってきた。
明日は新居に入れる家具を見にいくことになった。生活環境が整い次第引っ越しをするんだって。
確かに契約が終わった以上、いつまでも宿屋にいるのはもったいない。
それから新居に引っ越して約一ヶ月。ようやく食堂のオープンとなった。
お店の名前は〝星屑亭〟だ。なかなかロマンチックな名前だね。
父さんとパーティを組んだことのある冒険者は、父さんの料理の腕前を知っているから、こぞって食べにきてくれた。
確かに父さんの料理は美味しかった。ただし、僕のは子ども用に薄味にされてたけど……
早く大人になって父さんの料理でビールを飲みたいね。
あれ? ビールって何だ?
♢♦♢♦♢♦
お店がオープンして半年が経った。父さんと母さんの二人だけで切り盛りしてるから、営業時間はお昼の三時間と夜の三時間だけだ。
けれど、不思議に思っていることがある。僕がお昼寝から起きると必ず母さんが側にいるのだ。それはお店の営業中でも変わらない。一体どうして僕の目が覚めるのがわかるんだろう?
その疑問はすぐに解明された。いつものようにお昼寝をする時、寝入りばなに母さんが魔法をかけているのが見えたのだ。どうやら僕の周りには結界が張られていて、僕が目が覚めて身動きした時に結界に触れると母さんに伝わるらしい。母さんってもしかして凄い魔法使いなのかな。
ちなみに、僕は最近ようやく片言で喋れるようになってきた。
「かーしゃ、とーしゃ」
僕としては母さん、父さんと言ってるつもりなんだけどな。
それでも二人は喜んでくれた。
いつものようにお昼寝から起きたら、辺りは真っ暗だった。
あれ? 何でだろう?
もぞもぞ動いても、すぐに顔を見せるはずの母さんも来ない。
どうやら結界を張り忘れて階下に下りたらしい。
真っ暗なのが怖くなって母さんを呼ぼうとして、思いとどまった。
この際、僕も魔法が使えるのか試してみよう。明かりが灯るところを想像して……
「りゃいと、【ライト】」
おお、点いた。
やった! 僕にも魔法が使えた。
しかし、舌足らずな発音が恥ずかしい。心の中で思うだけでも出来るのかな。
消えろ!
途端にぱっと光が消えて真っ暗になった。
何度かライトを点けたり消したりしているうち、目の前が暗くなってパタッと倒れた。
次に目が覚めると、もうお店の営業は終わっていて、父さんと母さんが側にいた。
「今日はどうしたの? あんまり起きないからどこか具合でも悪いのかと思ったわ」
もしかして魔法の使いすぎで倒れたのかな。
とりあえず、今後は母さん達を心配させないように、気をつけて練習しよう。
そうして、時々こっそりと魔法を使って遊んでいたある日、ふと、【ファイア】という言葉が口をついて出た。
ボウッという音と共に、真っ赤な炎が手のひらに浮かび上がる。
その炎を見ているうちに、不意にすべてを思い出した。
自分が前世で火事にあって死んだこと、そして異世界に転生したことを。
生前の僕が勤めていた会社はいわゆるブラック企業で、僕は終電まで毎日残業の日々を送っていた。
あの日も残業で疲れ果ててアパートに帰り、部屋でぼんやりしているうちにウトウトしてしまった。異臭で目が覚めると、周りは火の海になっていた。僕は逃げ場を失い、煙を吸い込んで気を失った。そしておそらく僕は命を落とし、この世界に赤ん坊として生まれ変わったのだ。結局あの火事は何が原因だったんだろう、他の住民は……いや、今更考えたところでもう手遅れだ。
思えばいつも仕事に追われ、何も楽しいことのない人生だった。あんな会社、さっさと見切りを付けて辞めてしまえばよかったな。
けれどこうして生まれ変わったからには、今世はスローライフを目指すぞ。
やりたいことを目一杯やって、楽しい人生を送るんだ!
そう決意した僕は、慌てて火を消した。
いくら魔法が使えるとはいえ、父さんと母さんの大事な店に焦げ跡なんてつけたくないからね。
しかし前世の記憶を完全に思い出したことで、急に退屈になってきた。
魔法の練習にしても、家の中では使う魔法が限られてくる。
そういえば、どうやらこの世界には子ども用のおもちゃがないみたいだ。
子どもが遊ぶって言ったら積み木かな? 前世では木製のは高くってプラスチック製が主だったけど、この世界にはプラスチックなんてない。
とりあえず木を出してみるかな。
『木』はツリーか、ウッドだけど、ツリーって言ったら大きな木がそのまま出てきそうだな。
「【ウッド】」
思ってた通りの積み木が出た。
正方形、長方形、円柱に三角形。
けれど、四、五個出したところでくらっときた。あ、ヤバい。魔力枯渇だ。
そのまま僕は意識を手放して、目が覚めたら母さんがいた。
何か妙に怖い顔をしてるのは気のせい……じゃないね。これは怒られるパターンかな。
「アルベール。ここにある物はなあに?」
愛称呼びじゃないから説教されるパターンだ。
「ちゅみき(積み木)」
「ツミキ?」
「あしょぶにょ(遊ぶの)」
「え?」
この世界にはない物だから、どうやって遊ぶのかわからなかったみたいだ。
とりあえず実践とばかりに積み木を縦に積み上げてみた。
スイスイと簡単にはいかなかったけど、それなりに積むことが出来た。
「こうやって遊ぶ物なのね。でもどうしてこんな物があるの? クレマンが用意したわけじゃないわね。何も聞いてないもの……アル。あなた、もしかして」
母さんは僕が魔法を使ったことに気が付いたみたいだ。
この場合、誇らしげにするべきか、申し訳なさそうにするべきか悩んだけど、母さんにじっと見つめられて思わず視線を逸らしてしまった。
「アルが、魔法で出したのね。一体いつの間に魔法が使えるようになったのかしら」
僕が魔法を使えることはすぐに父さんに報告された。
「アル。他に何か魔法が使えるのか?」
父さんに聞かれ、僕は心の中で【ライト】と念じ、辺りを照らした。
「……無詠唱か。この年で凄いな」
やっぱり驚かれちゃった。
父さんは僕が出した積み木を見て何かを考えていた。
その顔がやけに厳しく見えて、困惑してしまう。一体どうしたんだろう?
この時の僕は、何をやらかしてしまったのか気付いていなかった。
今日はお店の定休日だ。
いつもならどこかへ買い物に行ったり外へ散歩に行ったりするのに、今日はそれもない。
父さんも母さんも朝から妙に暗い顔をしている。
僕は心配して母さんを見たけど、母さんは「何でもないのよ」とにっこりと笑うだけだった。
重苦しい雰囲気の中昼食を済ませると、店の前に馬車が停まる音が聞こえた。
誰かお客さんなのかな?
父さんが階下へと出迎えに下りると、母さんは僕を抱き上げて、ドアの側に向かった。
父さんと誰かの話し声が近づいてくる。母さんが更にギュッと僕を強く抱きしめる。
父さんが扉を開けると、一人の男の人が姿を現した。あれ、父さんに似た顔だな。
質素だけれど高級そうな生地の衣装を身につけている。かなり裕福な家の人なんだろうか。
その人は母さんを見て破顔した。
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そんな僕を母さんはギュッと抱きしめてあやしてくれる。
「兄上。どうか落ち着いてください。詳しくお話ししますから」
父さんのとりなしでその人ははっと我に返ったようだ。
「ああ、すまない。泣かせるつもりはなかったんだが……すぐに連絡を寄越さなかったのもその子と関係があるんだろう」
皆でソファーへと移動する。僕達は一つのソファーに座り、向かいにその人が腰掛けた。
父さんが「兄上」と呼びかけていたから、父さんのお兄さんなんだろう。後で名前を知ったけど、フロランさんというらしい。
こちらに帰ってきてから家族の話を聞いたことはなかったし、身内がいないのかと思っていたけど……そうじゃなかったんだな。家族に連絡を取らなかったのは僕を拾ったからか、実子を亡くしたことを伝えるのが辛かったからか。おそらく両方だろう。
だけど、どうしてフロランさんは、一目見ただけで僕が二人の実の子じゃないとわかったんだろう。
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