【完結】フェリシアの誤算

伽羅

文字の大きさ
上 下
61 / 98

61 異変

しおりを挟む
 昼食をお父様達ととった後はプライベートゾーンに戻り、自室で本を読んで過ごした。

 こうして仕事もせずに本を読んで過ごすなんて、以前には考えた事もなかったわ。

 午前中は侯爵夫人からレッスンを受けて、午後は読書三昧という日を数日過ごした後、葬儀に着るドレスの仮縫いが行われた。

「フェリシア様、お待たせいたしました。こちらが葬儀用のドレスになります」

 バクスター商会の持ってきたドレスは黒一色の生地に黒いレースをあしらった少しおとなしめのドレスだった。

 この世界でも葬儀用のドレスは黒と決まっているのかしら。

 孤児院でジェシカの葬儀を出した時は、黒い服になんて着替えなかったわ。

 もっとも平民が葬儀用の服なんて持っているわけがないものね。

 お葬式で黒い服を着るのはよっぽど裕福な家庭じゃないと無理だわ。

 デザインは凝った物ではないけれど、その代わり生地とレースがいかにも高級そうなのがひと目でわかった。

「フェリシア様、着心地はいかがでしょうか? 動きにくい箇所はございませんか?」 

 仮縫いしたドレスを着せられて、私は鏡の前に立って自分の姿を見る。

 喪服を着たまま、激しい運動をしたりはしないだろうから、動きにくくはないだろうけれど…。

 それでも一応、腕を上げたり肩を回してみたりしたけれど、特に気になる所はなかった。

「大丈夫、どこも動きにくい所はないわ」

「承知いたしました。それではこちらで仕上げをいたします」

 バクスター商会は私からドレスを脱がせると、挨拶もそこそこに退室していった。

 同行していたお針子さんの目の下にはクマが見えたけれど、大丈夫かしら?

 葬儀用とお披露目用のドレスだけ仕上げてもらったら、後は急がなくていいと伝えた方がいいかもね。

 応接室からプライベートゾーンに戻って自室に向かおうとした所で、またもや視線を感じて立ち止まった。

「フェリシア様? いかがなさいましたか?」

 アガサが怪訝な顔で立ち止まった私を振り返る。

「今、誰かが私を見ていたような気が…」

 けれど視線を感じた方向に目をやってもそこには誰もいなかった。

 あるのは別邸に向かう扉だけ。

「アガサ、あちらの扉は閉ざされているのよね?」

「はい、陛下の命令により鍵をかけております」

 アガサはそう断言するけれど、どうしても気になって仕方がない。

 私はつかつかとその扉に向かって歩き出した。

「フェリシア様! どちらへ行かれますか?」

 アガサの声と足音が後ろから追いかけてくるが、それには構わず扉に近寄った。

 扉の取っ手を握って思い切り引っ張ると、開かないはずの扉が開いた。

「扉が開いた!?」 

 追いついて来たアガサが信じられないとばかりに声を発した。

 扉の向こうには長い廊下が見えた。

 手前の方はこちらの明かりで見えるが、向こうの方は明かりが灯されておらず真っ暗だった。

 まだ外は明るいのにどうしてこんなに真っ暗なんだろう?

 どこまでも続いているような、吸い込まれそうな闇に身体がゾクリと震える。

「フェリシア様、いけません。…誰か、陛下に連絡を!」

 アガサが扉を閉めて、私をその場から追い立てるように自室の方へと連れて行った。

 自室に戻ってソファーに腰を下ろした途端、得も知れぬ恐怖が襲ってきた。

 閉まっているはずの扉を開いたのは誰なんだろう?

 なんの為に扉を開いたんだろう。

 まさか、本当に王妃様が化けて出て来ているの?

「フェリシア様、落ち着いてくださいませ。さあ、お茶を…」 

 アガサがお茶を入れて私の前のテーブルの上に置いた。

 震える手でカップの取っ手を掴んだが、ブルブルと震えて持ち上げられない。

「失礼いたします」

 アガサが私の横に跪いて、カップを持ち上げると私の口元に近付けた。

 震える唇をカップに付けてほんの少しだけお茶を口に含んだ。

 温かいお茶が喉を通って身体の中に入って行くのが感じられて、ようやく落ち着きを取り戻せたようだ。

 私はアガサの手からカップを受け取ると、もう一口お茶を流し込んだ。

「…ありがとう、もう大丈夫よ…」

 幽霊がいたとしても扉の鍵を開けられるはずは無い。

 あの扉を開けたのは人間だから、きっとお父様が犯人を突き止めてくれるわ。

 大丈夫よ、大丈夫…。

 私は祈るように繰り返した。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

駆け落ちした姉に代わって、悪辣公爵のもとへ嫁ぎましたところ 〜えっ?姉が帰ってきた?こっちは幸せに暮らしているので、お構いなく!〜

あーもんど
恋愛
『私は恋に生きるから、探さないでそっとしておいてほしい』 という置き手紙を残して、駆け落ちした姉のクラリス。 それにより、主人公のレイチェルは姉の婚約者────“悪辣公爵”と呼ばれるヘレスと結婚することに。 そうして、始まった新婚生活はやはり前途多難で……。 まず、夫が会いに来ない。 次に、使用人が仕事をしてくれない。 なので、レイチェル自ら家事などをしないといけず……とても大変。 でも────自由気ままに一人で過ごせる生活は、案外悪くなく……? そんな時、夫が現れて使用人達の職務放棄を知る。 すると、まさかの大激怒!? あっという間に使用人達を懲らしめ、それからはレイチェルとの時間も持つように。 ────もっと残忍で冷酷な方かと思ったけど、結構優しいわね。 と夫を見直すようになった頃、姉が帰ってきて……? 善意の押し付けとでも言うべきか、「あんな男とは、離婚しなさい!」と迫ってきた。 ────いやいや!こっちは幸せに暮らしているので、放っておいてください! ◆小説家になろう様でも、公開中◆

人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜

清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。 クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。 (過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…) そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。 移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。 また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。 「俺は君を愛する資格を得たい」 (皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?) これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。祝、サレ妻コミカライズ化
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

【完結】母になります。

たろ
恋愛
母親になった記憶はないのにわたしいつの間にか結婚して子供がいました。 この子、わたしの子供なの? 旦那様によく似ているし、もしかしたら、旦那様の隠し子なんじゃないのかしら? ふふっ、でも、可愛いわよね? わたしとお友達にならない? 事故で21歳から5年間の記憶を失くしたわたしは結婚したことも覚えていない。 ぶっきらぼうでムスッとした旦那様に愛情なんて湧かないわ! だけど何故かこの3歳の男の子はとても可愛いの。

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

【完結】あなたに抱きしめられたくてー。

彩華(あやはな)
恋愛
細い指が私の首を絞めた。泣く母の顔に、私は自分が生まれてきたことを後悔したー。 そして、母の言われるままに言われ孤児院にお世話になることになる。 やがて学園にいくことになるが、王子殿下にからまれるようになり・・・。 大きな秘密を抱えた私は、彼から逃げるのだった。 同時に母の事実も知ることになってゆく・・・。    *ヤバめの男あり。ヒーローの出現は遅め。  もやもや(いつもながら・・・)、ポロポロありになると思います。初めから重めです。

変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!

utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑) 妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?! ※適宜内容を修正する場合があります

森に捨てられた令嬢、本当の幸せを見つけました。

玖保ひかる
恋愛
[完結] 北の大国ナバランドの貴族、ヴァンダーウォール伯爵家の令嬢アリステルは、継母に冷遇され一人別棟で生活していた。 ある日、継母から仲直りをしたいとお茶会に誘われ、勧められたお茶を口にしたところ意識を失ってしまう。 アリステルが目を覚ましたのは、魔の森と人々が恐れる深い森の中。 森に捨てられてしまったのだ。 南の隣国を目指して歩き出したアリステル。腕利きの冒険者レオンと出会い、新天地での新しい人生を始めるのだが…。 苦難を乗り越えて、愛する人と本当の幸せを見つける物語。 ※小説家になろうで公開した作品を改編した物です。 ※完結しました。

処理中です...