【完結】フェリシアの誤算

59 夕食の後

「ああ、それと、明日から王族としての教育が始まるからな。王宮に来たばかりで、ここの生活に慣れていないフェリシアにはハードルが高いかもしれないが…」

　気遣うような視線を投げてくるお父様に私はコクリと頷いた。

　遅かれ早かれそういう話は出てくるだろうと思っていたので、特に驚きはない。

「わかりました。それで、どなたが教えてくださるんですか？」

　まさかここでもパトリシアの名前が出てくるのかしら？

　あり得なくもないと思っていたが、お父様は別の人物の名前を上げた。

「オルコット侯爵夫人であるキャロラインだ。彼女は私の従姉妹でね。フェリシアにも無下な態度は取らないはずだ」

　後で聞いた話によると、キャロラインのお母様が前国王の妹なのだそうだ。

　こうしてみると、今までは天涯孤独だと思っていたのに、私と血の繋がっている人が沢山いることに驚いてしまう。



　食堂から自室に戻る途中で、またもや視線を感じて振り返ったが、誰もいない。

　…気の所為かしら？

　けれど、その向こうの扉がアガサの言っていた別邸への扉だと気付いてゾクリとする。

『私なら化けて出ますよ』　

　さっき言った自分の言葉が蘇る。

　…いくらなんでもそんな事はありえないわ。

「フェリシア様、どうかなさいましたか？」

　私が少し立ち止まった事に気付いたようで、先を歩くアガサが振り返る。

「…何でもないわ」

　私は不安を振り払うように首を振ると自室へと戻った。

「フェリシア様。お風呂の支度をして参りますのでしばらくお待ちください」

　アガサが他の侍女達とお風呂の支度をしている間、私は先程まで読んでいた本を開いた。

　自分で入れるって言いたいけれど、それが許されるような立場ではなくなってしまった。

　公爵家ですらそうだったのだから、ここではもっと好き勝手は出来ないかもね。

　自室の横にある浴室なのに、大きさは公爵家に負けてなかった。

　数人の侍女によって身体や髪を洗われて、ようやく湯船に浸かってひと息ついている。

「湯加減はいかがですか？」

「ちょうどいいわ」　

　こうしてお風呂に浸かっている時間が一番至福の時かしら。

　のぼせそうになる前に湯船から上がると、テキパキと身体を拭かれて夜着を着せられる。

「それではおやすみなさいませ」

　アガサ達が出ていって、私はベッドにバタンと横になる。

　…今日からここが私の居場所になったのね。

　目まぐるしかった今日一日を思い返しているうちに、いつしか私は眠りについていた。



　翌朝、目を覚まして身じろぎをしていると「お目覚めですか？」とアガサの声がした。

「ええ、起きてるわ」　

「失礼いたします」　

　幕が開けられてアガサが姿を見せる。

「お湯をお持ちいたしました」

　ベッド脇のテーブルには顔を洗うためのお湯が用意されている。

　私はベッドから起き上がると、ベッドの縁に腰掛けて顔を洗った。

　差し出されたタオルで顔を拭いていると、他の侍女達が着替えのドレスを持って来る。

　着替えが終わると、そのまま食堂へと向かう。

「おはようございます、お父様、お兄様」

　食堂では既に二人が揃っていて私が来るのを待っていた。

「おはよう、フェリシア。よく眠れたかな？」

「はい、ぐっすり眠れましたわ」

「おはよう、フェリシア。朝から君の顔が見れるなんて、こんなに幸せな事はないよ」

　お兄様の言葉にはどう返していいかわからないので、とりあえず微笑んでおこう。

　朝食を済ませてゆったりとお茶を飲んでいると、ガチャリと食堂の扉が開いてブライアンと他の文官が入って来た。

「陛下、ユージーン様。のんびりしている暇はありませんよ。昨日の仕事がまだ残っていますからね」

「陛下、ユージーン様。今日はきっちり仕事を終わらせてもらいますからね」

　やっぱり思った通りの展開になったわね。

「まだ、お茶を飲み終わっていないぞ！」

「今日はフェリシアと一日過ごせると思ったのに…」

　お父様とお兄様の抵抗も虚しく、二人は引っ立てられるように食堂から連れ出された。

　お二人共、お仕事頑張ってね。