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第一部 「エルフの禁呪」編

その人は、ヴリトラ様に呆れる。

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 レゾナンスしたルシア先生とわたしの力を、ヴリトラ様が使って、ユウの生命の渦に、強く働きかけている。
 しかし、今、ユウは、ほとんど命が尽きる寸前だった。
 閉じていた目を、まぶたを震わせながら、また開けたが、焦点はどこか遠くにあって、もはや、その目にはなにも映っていないようだった。
 ユウの唇が、わずかに動いた。

 「……か? ……たら?」

 ユウは、なにかをつぶやいていた。

 「えっ?! なに?! なんて言っているの?!」

 ルシア先生が、必死の顔で、ユウの口元に耳を近づける。

 すると、

 「わたしの……選択は、最初から決まっている」

 たしかに、ユウはそうつぶやいた。
 まるで、それがなにかの合図でもあったかのようだった。
 みるみるユウのからだに生気がみち、顔にも赤みがさして、その目に光が戻ってくるのが分かった。
 回復の力が、ふたたび働きだしたのだ。

 「ああ、ユウ! ユウ!」

 ルシア先生が、頬を涙に濡らしながら、ユウのからだを抱きしめた。
 わたしも、その様子をみて、

 (よかった……この、二人のために)

  涙ぐんだ。

 『娘よ、素直ではないか』

 ヴリトラ様が、頭の中で言う。

 だって。

 逆レゾナンスで、ルシア先生の力がわたしに流れ込んできたとき。
 ルシア先生の一途な想いもわたしは共有することになって。
 あれを感じてしまったらね。
 それは何も言えないよ。

 『うむ、娘よ、君も大人になったな』

 しみじみとした口調で、ヴリトラ様が言う。
 まあ、ヴリトラ様の言うことは、本気なんだか冗談なんだかわからないんだけどね。


 「ふう、死ぬかと思ったよ。……というか、たぶん、いちど、死んだかも」

 しばらくののち、すっかり元気になったユウが言った。

 「もう、大丈夫なの?」
 「うん、折れてた骨もぜんぜん痛くないし、すごいねぇ」

 そういって、からだを動かしてみせる。

 「なにしろ、わたしとルシア先生の、二人がかりの、渾身の大魔法ですから!」

 と、わたしが言って、ユウは笑った。

 『娘よ、わたしもかなり働いたぞ』

 ヴリトラ様がいい、

 (わかってますって!)

 わたしは心の中で答えた。

 「ねえ、あのへんな腕だけどさあ、あれにはユウの力は効かないんでしょ。なんで最後、あっちに押し出せたの?」

 と、ジーナが、不思議そうに言った。

 「ジーナ!」

 わたしはびっくりして

 「あんた、すごいよ。いつからそんなふうに頭をつかうことを覚えたのよ」
 「は? これが普通です!」

 『いいねえ、君たちは、どんなときにも笑わせてくれるねえ』

 とヴリトラ様が、わたしの頭の中で言う。

 「うん、それは…」

 ユウも笑いながら、ジーナに言った。

 「ぼくは、あいつを押したんじゃなくて、あいつに刺さったクリスを押したんだよ。
  クリスになら、ぼくの力を及ぼせるから。あいつの大きさとか分からなかったから、クリスの重さを十万倍くらいに増大させて、はるかかなためがけて押し出した」
 「そっか、それであいつ、クリスに連動して、ふっとんでいったんだ」
 「せっぱつまってたから、おもいっきりやっちゃった。どこまで飛んでったか、わからないな……まだ、異世界を飛んでるかも。ルシアさん、ごめんなさい、あなたの大切なクリス失くしちゃったよ」
 「いいのよ、ユウ。あなたさえ無事なら、それで」

 ほほ笑むルシア先生。
 ああ、ルシア先生、いつの間にか、「ユウさん」から「ユウ」になっちゃってるよ……。

 『それにしても、禁呪はおそろしいな。あんなやつに、たびたび、この世界にはいってこられたらたまらない』

 ヴリトラ様が言う。

 「けっきょくのところ、禁呪がやろうとしたことは、この世界のことわりの内ではできないから、実現するためには、べつの世界からなにかを借りてくるしかない。ああいうことが起きる危険は、禁呪をつかう限りは、常にあるわけだね」

 と、ユウが続ける。

 「ずるがしこいやつだったね、それになんか執念深そうだった」
 「かなり知能は高いね。あのエルフたちを、入り口を維持するための道具に変えてしまい、そのうえ、邪魔するものを排除するために、罠まで仕掛けたんだから……」
 「おなじような禁呪を誰かが使ったら……」
 「きっとすぐに、目ざとく見つけて、またやってくると思うなあ。あいつは、もう、こちらの世界があることを知ってしまったから……」

 と、ユウが、眉をひそめて、言った。


 「そうだ、避難しているみんなを、呼び戻さないと。禁呪が祓えたことも教えてあげよう」

 と、ルシア先生が言い、事告げ鳥を準備しようとした。

 『ふふふふふ』

 わたしの口をかりて、ヴリトラ様が笑った。
 なにか、含むところのある笑いである。
 ヴリトラ様は、いうまでもなく性格が悪いのだ。

 『事告げ鳥は必要ない。みんな、もうぜんぶ知っているぞ』
 「えっ?」
 『実はな……』

 ヴリトラ様が、にやりと笑うのがわかった。

 『メイガスを通じて、列車のに、君たちの戦いの模様を投影、逐次中継してやった』
 「えっ? えっ?」
 『避難中のエルフたちも、成り行きがさぞや心配だろうとおもってね。わたしも力の限りがんばって、禁呪の中、情報を送り続け、音声付きで、列車内の大画面フルスクリーンに投影したからなあ、すごい臨場感と大迫力で、みんな、大喜びだ』
 「えっ? えっ? えっ?」

 じゃあ、エルフのみんなは、わたしたちのやったこと、しゃべったこと、全部、見てたってことですか?

 『うむ、わかりにくいところには、随時、わたしが解説もいれておいたから、安心してくれ』
 「ちょ、ちょっと、ヴリトラ様!」
 「中継じゃないんですから……」

 ユウもあきれている。

 「どこから?」

 ルシア先生が、動揺して聞いた。

 『最初の、魔法陣に君たちが立つところから』

 と、ヴリトラ様。

 『アンバランサーが、決意をこめて、そっと君の手をにぎるところは、なかなかいい場面シーンだったね。見どころだからな、アップで中継しておいたよ』

 「どこまで?」

 ルシア先生が、さらに動揺して聞いた。

 『ルシア、君が息を吹き返したアンバランサーに、感極まって、抱きついて泣くところまでだな。あれもいい場面だった。いやあ、観客はもりあがったぞ。画面いっぱいに映る美しい君の、頬をつたう涙、その健気な君の姿に、思わず、もらい泣きするものもいたな』

 「そ、そんな…」

 ルシア先生は顔を真っ赤にした。

 『さぞ見たかろうと思ってね、ガネーシャにも送っておいたから、向こうシンドゥーでも、神殿の壁に投影されて、国民みんなで見てたはずだよ。これで、麗しき雷の女帝の信者ファンが、きっと、また増えたな』

 「あああ、わたし、もうだめ……」

 ルシア先生は、両手をついて、がっくりと首を垂れたのだった。

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