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しおりを挟む昼休み、(コーヒーでも買いに行こうかな)とストールを体に巻き付け会社近くのコンビニに向かって歩いていたら、丸山さんにつかまった。
前に千賀氏と入った喫茶店。外見は相変わらず煤けていてお客さん来るのかなーって感じなのに、今日はやたらと繁盛している。前来た時はスッカスカだったのに。席が空いていなくて五分ほどレジ近くで待ってようやく案内される。入れ替わり立ち替わり入ってくる客に私が目を丸くしていると丸山さんがその訳を教えてくれた。
「……そのサンドイッチを一緒に食べた男女は必ず幸せに結ばれるんだって。社内では結構有名な話よ。知らなかった?」
「全然」
「何せ、あの田中さんまでここのサンドイッチを彼氏と一緒に食べて結婚したっていうんだからさ。あ、知ってる? 研究企画課の」
「……ひくっ」
返事の代わりにしゃっくりが出た。純粋な驚きは体に影響を及ぼすものらしい。
だって、まさか、今ここで、田中さんの名前を聞くとは思っていなかった。しかも、三十まで結婚したいと言っていた田中さんがほんとに有言実行していたとか。
いや、田中さんの結婚に動揺するとか、私ってば自分でも意識しないうちに彼女のこと馬鹿にしていたのかな、とちょっぴり自己嫌悪を感じつつ、とりあえずお冷やを口にした。
すると、
「あ。伊豆川さぁん」
聞き覚えのある、でも妙にはなやいだその声につられて顔を上げると、石井さんが立っていた。夏に研究企画課で少しだけお世話になって以来だった。
「久しぶり。田中さんがハネムーンで一週間休んじゃって、もぉ、忙しくて。伊豆川さんじゃ戦力にならないかもだけど、また顔出してね」
という彼女は、連れの男性に腕を絡めていた。カウンターとテーブル席の間、大人一人しか通れないような狭さの中、体をくっつけあって立っている。
二人の間に飛び交うピンク色のふわふわした空気ったら!
田中さんが結婚の衝撃冷めやらぬ上に、石井さんにも彼氏が……。
会計をする男の斜め後ろに殊勝な顔で立つ石井さんに、ベーッと舌を出してやった。それに気付いて石井さんがケラケラ笑う。「何?」と振り返る彼に「会社の同僚」と彼女が答える。にっこりと花が咲いたような笑顔で男のことを見上げて私たちの方に手を振りはつらつと店を出て行った。
——う、うらやましすぎるっ。
立て続けの精神的ダメージ(単に羨んでいただけ)に白目を剥きかけた時、
「あの子も彼氏とここでサンドイッチを食べたのかしら。だったら今度私も亮介と来ようかしら……」
ボソリ、と丸山さんが言った。知らない名前に好奇心がわく。店の子が私たちのテーブルに注文を取りに来た。私はナポリタン、丸山さんはサンドイッチを注文したのだが。
「すみません、サンドイッチ今日はないんです」
「えぇっ、売り切れっ?」
「いえ、サンドイッチはオーナーが作る決まりで。ただ、オーナーは高齢なのと、たまに気まぐれにフッと来られるので。うちのサンドイッチを食べられるのは運と時に恵まれた人だけなんです」
「サンドイッチなんてあなたでもすぐ作れるでしょ。客の注文なんだから作ったらいいんじゃない」
すっかり〈必ず幸せに結ばれる〉サンドイッチを食べると決めていたのか食い下がって引く様子がない。店員も弱り顔で、一緒にいる私の方が申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。
「ね、丸山さん。そのサンドイッチ今食べたら私と結ばれるってことにならない?」
ふと思いついたことを言ってみると、丸山さんが(あ……)という顔で私を見た。
「亮介って誰?」
「はっ。いや、あのっ……ただ、ちょっと成り行きで、一緒に住んでるってだけ。そりゃ、男女が同じ屋根の下で暮らしてればあやまちの一回や二回は……シたけど」
じわじわと頬に血をのぼらせる丸山さん。察しの悪い私は(ふぅん、丸山さんも彼氏いるんだぁ)という三度目の衝撃をいかに交わすかで頭の中がいっぱいだった。
自分だけ、という劣等感。
だって優先しなきゃなのは、彼を見つけるより借金返済だもん。
あぁ。でも! 私だって幸せになりたい!!
素敵な彼氏~~~!!!
今度こそ白目を剥いて握りしめた拳を振るわせていた私(見られて恥ずかしがらなきゃいけないような相手はいないから大した醜態じゃない)、ふと、彼女の「シた」という言葉が引っかかって首をかしげた。だって、主語がなかった。気になった私は、
「したって、何を? えぇと、亮介さんと?」
って、つい聞いちゃった。
「そうよっ」
丸山さんがやけ気味に声をあげる。あげてから熟れたトマトみたいになった彼女は、満員御礼の店内を見回し、舌打ちしながら「あぁ……」とうつむいた。
「一回や二回するもの……」
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