2 / 75
1-2
しおりを挟む
そう指摘されて私、ぐう……唇を引き結んだ。
書いたよ。書きましたよ。だってそれ書かないと配属決まらないって言われたから。
一、職務の内容は家族にも一切他言無用。
一、慰労係に入ったのち、他部署への配置転換は認められないものとする。
一、業務内容を漏らした場合、即時解雇とする。この場合誓約に違反したとして退職金は支払われない。
正直、(誓約書?)って思ったけどさ。
「ウチの部署、クビ切り無いよ」って言われたら……奨学金と借金の返済が生活上の急務になっている私としては、クビにならないっていうのは魅力的以外の何者でもなかったんだ……。
私たちが座っているテーブルは観葉植物がちょうど仕切りのようになっていて入り口からはぱっと見、見えない席。(給仕の人が私たちを案内しようとした時、ここがいいってごねたから店員の目が少しだけ痛い)課長は最近買った家のローンと娘さんの反抗期に頭を悩ましている四十代。ローンか、つまり借金だよね。他人事じゃない。私(ありていに言えば男に貢いだ)よりずっと前向きな意味合い(家族のためだもの)の借り入れというだけで偉いなって思うよ、課長……。悩みが深いのか最初会った頃より頭髪が寂しくなったように見えるのは多分気のせいじゃない。まだ禿げるのは早いよね……ちゃんと歳を聞いたことはないけど。何ていうかちょっぴり気の毒だ。
私の横に座っている氷雨先輩は私より三つ上の二十六歳。この人、いつも眠そう。シャッキリ目を開いてるとこ、見たことないもん。いっつもネクタイは緩んで曲がってるし、首元のボタンは二つも外してくつろげてるしさ。骨張った鎖骨をチラ見せして無駄に色気を放出してるんだ。ただ、外見はだらしないけど、口元に何とも言えない愛嬌があって、時折見つめてくる榛色の瞳にドキッとさせられちゃう……これでちゃんとした格好してればモテるタイプなんだろうけど。
対象との待ち合わせまでまだ少し時間があった。何となしに店内の時計を見上げた時、不意に先輩と目が合って……反射的に耳につけた赤いピアスを触ってしまったのは、それをくれたのが氷雨先輩だったから。
一週間前の昼休み、デスクでコンビニ弁当を食べていた私の頭に、先輩がコツンと押しあてた小箱。中には、薔薇色の宝石がうるっと輝く、すてきなピアスが入っていた。
びっくりした。だって、そんな仲じゃない。
私の口から食べかけの唐揚げが落ちてコロンと白いご飯の上に着地した。(床に落とさなくて良かったー)と思う間もなく、伸びてきた手が私の歯形のついた唐揚げを取り上げ、先輩ったらパク、と食べてしまった。自分の手の中にあるピアスの小箱とモグモグと動く先輩の口を交互に見る。先輩は普段通りとろんとした顔で、何考えてるんだかさっぱり分からなかった。おもむろに、ポケットからクシャクシャのハンカチを取り出し指についた脂を拭いて、じゃあ、とどこかへ行こうとした先輩のシャツを慌てて掴んだだけでもえらいと思って欲しい。
「なんですか? これ」
と聞いたら、わざとらしく片眉上げた先輩に聞き返された。
「は? 見ればわかるでしょ。ピアス」
「……はあ」
(だ・か・ら、どうゆう意味で私にこれをくれたのかって聞きたいんですけど!)
頭の上にはてなマークが盛大にくっつけてたら、「あ、そうだ」と言った先輩が近寄ってきて、私の横の髪を掬い上げると耳にかけた。先輩の喉仏がやけに近かった。状況が飲み込めてない私がぼうっとしてたら、先輩ってば露になった私の耳たぶをツン、って突いてきたんだ!
「……ンっ!」
昔から耳は弱いの……鼻から抜ける変な声が出てしまったのは私の意思じゃない。
先輩の親指と人差し指が私の耳たぶ挟んで何かを探すように交互に動く。背中が。ぞわ……と粟だって、頬が熱くて仕方なかった。心臓が勝手に宇宙遊泳してる感じ。多分先輩の目には顔を真っ赤にした私が映っていたことだろう。
「イズっちゃん、穴、開いてるよね? これ、今着けて。すぐ着けて」
急かされるまま、ピアスを着けたら、
「絶対外すなよ?」
って、言われた。
「え? でも、流石にお風呂では外しますよ?」
そしたらデコピンされた。
「バーカ」
「痛い」
「着けっぱなしオッケイなヤツだから、それ」
先輩はそう言うと、硬直したままの私を放置してすたすたと行ってしまったんだ……。
先輩が人事課のフロアを突っ切って姿が見えなくなってから私は重ねた両手で胸を押さえた。うるさい心臓の音が静まるまで待って、スマホを出して〈異性にピアスを贈る意味〉って検索をした。
——ピアスを贈る意味——〈①独占欲〉〈②なんの意味もない〉
って、どっちよ!?
……いつも私のことガキンチョ扱いしておいて〈①独占欲〉とかある? ない、ない! やっぱり〈②なんの意味もない〉だよね……。
書いたよ。書きましたよ。だってそれ書かないと配属決まらないって言われたから。
一、職務の内容は家族にも一切他言無用。
一、慰労係に入ったのち、他部署への配置転換は認められないものとする。
一、業務内容を漏らした場合、即時解雇とする。この場合誓約に違反したとして退職金は支払われない。
正直、(誓約書?)って思ったけどさ。
「ウチの部署、クビ切り無いよ」って言われたら……奨学金と借金の返済が生活上の急務になっている私としては、クビにならないっていうのは魅力的以外の何者でもなかったんだ……。
私たちが座っているテーブルは観葉植物がちょうど仕切りのようになっていて入り口からはぱっと見、見えない席。(給仕の人が私たちを案内しようとした時、ここがいいってごねたから店員の目が少しだけ痛い)課長は最近買った家のローンと娘さんの反抗期に頭を悩ましている四十代。ローンか、つまり借金だよね。他人事じゃない。私(ありていに言えば男に貢いだ)よりずっと前向きな意味合い(家族のためだもの)の借り入れというだけで偉いなって思うよ、課長……。悩みが深いのか最初会った頃より頭髪が寂しくなったように見えるのは多分気のせいじゃない。まだ禿げるのは早いよね……ちゃんと歳を聞いたことはないけど。何ていうかちょっぴり気の毒だ。
私の横に座っている氷雨先輩は私より三つ上の二十六歳。この人、いつも眠そう。シャッキリ目を開いてるとこ、見たことないもん。いっつもネクタイは緩んで曲がってるし、首元のボタンは二つも外してくつろげてるしさ。骨張った鎖骨をチラ見せして無駄に色気を放出してるんだ。ただ、外見はだらしないけど、口元に何とも言えない愛嬌があって、時折見つめてくる榛色の瞳にドキッとさせられちゃう……これでちゃんとした格好してればモテるタイプなんだろうけど。
対象との待ち合わせまでまだ少し時間があった。何となしに店内の時計を見上げた時、不意に先輩と目が合って……反射的に耳につけた赤いピアスを触ってしまったのは、それをくれたのが氷雨先輩だったから。
一週間前の昼休み、デスクでコンビニ弁当を食べていた私の頭に、先輩がコツンと押しあてた小箱。中には、薔薇色の宝石がうるっと輝く、すてきなピアスが入っていた。
びっくりした。だって、そんな仲じゃない。
私の口から食べかけの唐揚げが落ちてコロンと白いご飯の上に着地した。(床に落とさなくて良かったー)と思う間もなく、伸びてきた手が私の歯形のついた唐揚げを取り上げ、先輩ったらパク、と食べてしまった。自分の手の中にあるピアスの小箱とモグモグと動く先輩の口を交互に見る。先輩は普段通りとろんとした顔で、何考えてるんだかさっぱり分からなかった。おもむろに、ポケットからクシャクシャのハンカチを取り出し指についた脂を拭いて、じゃあ、とどこかへ行こうとした先輩のシャツを慌てて掴んだだけでもえらいと思って欲しい。
「なんですか? これ」
と聞いたら、わざとらしく片眉上げた先輩に聞き返された。
「は? 見ればわかるでしょ。ピアス」
「……はあ」
(だ・か・ら、どうゆう意味で私にこれをくれたのかって聞きたいんですけど!)
頭の上にはてなマークが盛大にくっつけてたら、「あ、そうだ」と言った先輩が近寄ってきて、私の横の髪を掬い上げると耳にかけた。先輩の喉仏がやけに近かった。状況が飲み込めてない私がぼうっとしてたら、先輩ってば露になった私の耳たぶをツン、って突いてきたんだ!
「……ンっ!」
昔から耳は弱いの……鼻から抜ける変な声が出てしまったのは私の意思じゃない。
先輩の親指と人差し指が私の耳たぶ挟んで何かを探すように交互に動く。背中が。ぞわ……と粟だって、頬が熱くて仕方なかった。心臓が勝手に宇宙遊泳してる感じ。多分先輩の目には顔を真っ赤にした私が映っていたことだろう。
「イズっちゃん、穴、開いてるよね? これ、今着けて。すぐ着けて」
急かされるまま、ピアスを着けたら、
「絶対外すなよ?」
って、言われた。
「え? でも、流石にお風呂では外しますよ?」
そしたらデコピンされた。
「バーカ」
「痛い」
「着けっぱなしオッケイなヤツだから、それ」
先輩はそう言うと、硬直したままの私を放置してすたすたと行ってしまったんだ……。
先輩が人事課のフロアを突っ切って姿が見えなくなってから私は重ねた両手で胸を押さえた。うるさい心臓の音が静まるまで待って、スマホを出して〈異性にピアスを贈る意味〉って検索をした。
——ピアスを贈る意味——〈①独占欲〉〈②なんの意味もない〉
って、どっちよ!?
……いつも私のことガキンチョ扱いしておいて〈①独占欲〉とかある? ない、ない! やっぱり〈②なんの意味もない〉だよね……。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
家政夫くんと、はてなのレシピ
真鳥カノ
ライト文芸
12/13 アルファポリス文庫様より書籍刊行です!
***
第五回ライト文芸大賞「家族愛賞」を頂きました!
皆々様、本当にありがとうございます!
***
大学に入ったばかりの泉竹志は、母の知人から、家政夫のバイトを紹介される。
派遣先で待っていたのは、とてもノッポで、無愛想で、生真面目な初老の男性・野保だった。
妻を亡くして気落ちしている野保を手伝ううち、竹志はとあるノートを発見する。
それは、亡くなった野保の妻が残したレシピノートだった。
野保の好物ばかりが書かれてあるそのノートだが、どれも、何か一つ欠けている。
「さあ、最後の『美味しい』の秘密は、何でしょう?」
これは謎でもミステリーでもない、ほんのちょっとした”はてな”のお話。
「はてなのレシピ」がもたらす、温かい物語。
※こちらの作品はエブリスタの方でも公開しております。
飛び立つことはできないから、
緑川 つきあかり
ライト文芸
青年の不変なき日常に終わりを告げるように、数多の人々が行き交う廊下で一人の生徒を目にした。
それは煌びやかな天の輪っかを頭に載せて、儚くも美しい女子に息をするのさえ忘れてしまう。
まるで天使のような姿をした少女との出逢いが、青年の人生を思わぬ形で変えていくことになる。
泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)
武者走走九郎or大橋むつお
ライト文芸
神楽坂高校の俺は、ある日学食に飯を食いに行こうとしたら、数学の堂本が一年の女子をいたぶっているところに出くわしてしまう。数学の堂本は俺にω(オメガ)ってあだ名を付けた意地悪教師だ。
ωってのは、俺の口が、いつもωみたいに口元が笑っているように見えるから付けたんだってさ。
いたぶられてる女子はΣ(シグマ)って堂本に呼ばれてる。顔つきっていうか、口元がΣみたいに不足そうに尖がってるかららしいが、ω同様、ひどい呼び方だ。
俺は、思わず堂本とΣの間に飛び込んでしまった。
幸せの椅子【完結】
竹比古
ライト文芸
泣き叫び、哀願し、媚び諂い……思いつくことは、何でもした。
それでも、男は、笑って、いた……。
一九八五年、華南経済圏繁栄の噂が広がり始めた中国、母親の死をきっかけに、四川省の農家から、二人の幼子が金持ちになることを夢見て、繁栄する華南経済圏の一省、福建省を目指す。二人の最終目的地は、自由の国、美国(アメリカ)であった。
一人は国龍(グオロン)、もう一人は水龍(シュイロン)、二人は、やっと八つになる幼子だ。
美国がどこにあるのか、福建省まで何千キロの道程があるのかも知らない二人は、途中に出会った男に無事、福建省まで連れて行ってもらうが、その馬車代と、体の弱い水龍の薬代に、莫大な借金を背負うことになり、福州の置屋に売られる。
だが、計算はおろか、数の数え方も知らない二人の借金が減るはずもなく、二人は客を取らされる日を前に、逃亡を決意する。
しかし、それは適うことなく潰え、二人の長い別れの日となった……。
※表紙はフリー画像を加工したものです。
ピアノの家のふたりの姉妹
九重智
ライト文芸
【ふたりの親愛はピアノの連弾のように奏でられた。いざもう一人の弾き手を失うと、幸福の音色も、物足りない、隙間だらけのわびしさばかり残ってしまう。】
ピアノの響く家には、ふたりの姉妹がいた。仲睦ましい姉妹は互いに深い親愛を抱えていたが、姉の雪子の変化により、ふたりの関係は徐々に変わっていく。
(縦書き読み推奨です)
満月の夜に君を迎えに行くから
桃園すず
ライト文芸
【第7回ライト文芸大賞 奨励賞いただきました!】
高校卒業と同時に上京し、一人暮らしを始めた工藤 巧。
夢だった自動車整備士になるために家と職場を往復するだけの生活だったが、新しい職場に向かう道すがら、巧は一匹の黒猫と出会う。
巧の言葉を理解しているような黒猫。
一人と一匹はやがて心を通わせ、同居生活を始める。
しかし、その黒猫は満月の夜に女の子の姿に変身して――?
挑文師、業務結婚します
KUMANOMORI(くまのもり)
ライト文芸
高校で養護教諭をする橘川美景(たちかわ みかげ)の元に、「至急、結婚せよ」と業務結婚の通達がきた。裏稼業・挑文師(あやとりのし)における本局からの業務命令だ。
相手はメンタルクリニックの若き院長・寧月融(ねいげつ とおる)。
「初めまして、結婚しましょう」
と言われ及び腰の美景だったが、互いの記憶を一瞬にして交換する「あやとり」により、融の過去を知り――――その場で成婚。
ただし、あざと系のクズ彼氏・当麻万理(とうま ばんり)とは別れておらず、
「責任もって養いますので、美景さんと別れてください」と夫が彼氏を養うことになる。
そして当面の仕事は動物保護と行方不明の少女を探ること――――?
恋人でもなければ、知人でもなかった二人だが、唯一「業務」でのみ、理解し合える。
万年温もり欠乏症メンヘラ女、不貞恋愛しか経験のない男。大人だからこそ、ピュアだった?
恋愛以前の問題を抱える二人は過去を交換しながら、少しずつ絆を結んでいく。
「わたしたち、あなたの記憶をまもります」
記憶保全を司る裏稼業を持つ者同士の業務結婚が始まった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる