五年目のふたり

たみやえる

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五年目のふたり

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 困ったことに、男同士なのに気持ちよかった。

 当惑しながら隣で無防備に肌をさらして眠る後輩を見下ろしたのは五年前、会社の忘年会の翌朝のこと。
 カーテンの隙間から差し込んだ弱々しい朝の光が後輩の胸板を照らしていた。
 艶のある肌色に自分の中のなにかがぶわりと産毛を逆立てて、慌てて布団にもぐりなおしたことを今でもハッキリと覚えている。

 こいつは翌年の春、辞令が出てシラスが美味いとかいう地元に戻ったから、そこで嫁でももらってもう帰ってこないだろう、と思っていた。
 腹に冷え切った漬物石を飲み込んだ気分になったものだ。

 まさか舞い戻るなんて、予想外過ぎて。 自分の虚しい期待が具現化したのかと何度も目をこする孝介に、こいつ……ヒナトは何年かまえには見なかった大人のオトコじみたしぐさで口角を上げて見せた。


「コウくん、心支度はできた?」
 あれから五年経った。
 いつまでも、ハッキリ「付き合おう」と言わないことに腹を立てて蹴りを入れると、蹴られた尻をさすりながら「いまさら告白、ですかぁ? やることやりまくってんだから恋人になってるんだって暗黙の了解だと思ってたんですけど」と恨めしそうに睨まれたものだ。
「るせー。俺、先輩だってわかってる? 準備万端だっての。お前の方こそ、ほら、ネクタイ曲がってっぞ」
と、近寄って直してやると、くすぐったそうに目を細めて目元を桃色に染める。
 我慢できずに顔を両手で引き寄せてキスをしてしまった。
 は……、と息を呑みくちごもるのがおかしくて仕方ない。
(あぁ、俺は今日、どうにかしてるんだ)
「信じられない……まさかお前、身長伸びた?」
 そう聞くと、ようやく驚愕の表情から、いつものシュッとしたキレのある表情に切り替わった。
 俺はいつまでたっても、こいつの相手を怯ませる迫力のある美貌が可愛くて仕方ない。
「アハ、思春期なんです」
「バカ、思春期はとっくに過ぎてるっつーの。成長期の間違いだろ……ん? 成長期であってるのか? お前来月で二十六だから……」
「ハハッ。コウくん可愛いね。真剣に悩むところとかさ」
「コウくん、もいい加減どーなんだ。俺、今日で三十なんだけど?」
と眉を顰めると、額にキスが降ってきた。
「今日からは家族、な?」
「うん、よろしくね。僕の可愛いお嫁さん♡」
「嫁はお前かと」
と、返すと、バチッと音がしそうなウインクをされた。なんでこのタイミングでウインクなんだ。だがこいつのリアクションがよめなさにもいい加減慣れた。いやそこじゃない。自分の顔が熱を放つのがわかる。
 いつまで経っても、こいつの一挙手一投足に心音が跳ね上がってしまうのがいけない。
 ここは区役所を出てすぐの舗道。
 男同士でイチャイチャしてるのを他人様に見せつけている。社会人としてどーなんだと自分で自分につっこんでみるが、衝動を抑える方が今の自分にとっては不自然極まりなくて……つまり、我慢できない。
「料理の腕は僕の方が上だけど、可愛らしさではコウくん叶わないからね」
「だからー、俺、歳上!」
「アハハ、うちの親も、コウくんのご両親も、僕らがさっさと入籍済ましちゃいましたって知ったらめちゃくちゃ怒るだろうね」
「別に。両家揃って俺らに呼び出されたって時点で、なんか予想できんてんじゃねーの?」
「ふふ……、ようやくみんなの前で言ってやれる」
「何を?」
「コウくんは僕のもんだ、ってことをだよ!」

 ……これからも、ずっと一緒にいましょうね。

とささやかれる。

 恥ずかしさからダッシュで逃げ出したいが、この日のためにおろしたばかりのピカピカの革靴では靴の中で足が滑って走れそうもない。

 違うか。

 ……あの夜から、俺はコイツに捕まっている。


〈終わり〉


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