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西條冬木
[10] 愛しい人
しおりを挟む驚いたことに、年が明けてすぐ新堂家で俺たちの婚約発表パーティーが開かれた。
結婚適齢期の新堂家の息子たちを狙って見合いの申し込みをご両親が片っ端から蹴っていてくれていたそうなのだが、それぞれに決まった相手がいるのならもうハッキリしてしまおうということらしい。
思い切りめかしこまされて俺としては居心地が悪いことこの上ない。
洸夜の誕生会の時着るか着ないか若干悩んだタキシードを着て、鏡の前で支度をしている洸夜の後ろに立つ。
顔にうっすら化粧を施された洸夜は今、セットした髪に生花を刺してもらっているところだった。
鏡の中で洸夜が目尻に皺を寄せて俺を見る。
「化粧して、花まで……まるで花嫁だ」
そう言った頬が淡く赤らんでいる。
「うん、とても綺麗です」
正直な感想を伝えると魅力的な薄茶の瞳が潤む。
「ほんとに、綺麗だ。化粧って不思議ですね。洸夜の内面の美しさが溢れて外に出たみたいだ……他の人をうっかり誘惑しないように今日は俺だけを見ていてください」
思ったままを言ったら、洸夜の顔がみるみるうちに真っ赤に染まって、そんな彼が鏡の中で少しうつむいて睨んでくる。
「……ばか」
はにかむ表情がなんとも色っぽくて、もうこのままパーティーをすっぽかそうかというくらい俺の歳上の婚約者は可愛らしいのだった。
ちなみに今日の花を(会場の飾り花も含めて)運んできたのは、以前大学で会った花屋の男の子だったので(花を依頼されたのは彼の雇用主で、洸夜の髪に花を刺しているこの人だ)驚いた。
「あ、」
と俺が見知った顔に反応すると、
「どうも。今日はおめでとうございます」
と頭を下げられた。近づいて来たな、と思っていたら、
「ブートニアつけますんでちょっと動かないでくださいね」
と、彼が言う。ブートニアっていうのはつまり生花で作ったコサージュのことみたいだった。確かに、うちの母が入学式でつけていたのより本物の花で作ってあるこっちの方が何倍も綺麗だしかっこいい。
彼とは身長差があるので少しかがもうとするとすごい不機嫌な顔で「それならそこの椅子に座ってください」と指示される。言いつけ通りに部屋の隅にあった椅子に腰掛けると、しばらく俺の胸元を見つめていた彼がピンを取り出して、サクサクっと俺の胸元に花をつけてくれた。
「そういうこともできたんですね」
と感嘆の意味を込めて言うと、
「まぁ、花屋なんで」
と返され、
「それにしても力の入った婚約パーティーっすね。ほぼ結婚式。本番もウチの店にお花担当させてくださいねー」
ついでに売り込みもされてしまった。
彼はそれから洸夜の方をチラリと見て顔を赤らめると俺の耳に口を寄せ、
「あんたの婚約者の妄想、せめて今だけでも止めさせてくださいよ。刺激的すぎるんですけど」
と困ったように言われる。
「あんたも視えてるみたいだから告っちゃうけど、俺他人のそういうのが視える体質なんです。おふたりのことをアレコレ妄想したいわけじゃないんすよ。ただもぉ、さっきからすごくて……仕事だし視ないように気をつけてるんですけど……」
彼が本当に困っているので、俺は思わず声を上げてアハハと笑ってしまった。
俺たちが会話するのを見ていた洸夜が、
「おい、いつまでも外野ばっかり相手にするなよ」
と花屋の彼を睨むから、後でフォローしておかなくちゃなと思う。
すると控え室のドアがガチャリと開いて、美月さんが顔をのぞかせた。
「二人とも支度はできた? お兄ちゃん達はもう待ってるわよ」
そう、今日は洸夜と俺、浩暉さんと四つ葉さんのダブル婚約パーティーなので……。
俺は洸夜に近寄ると、
「じゃあ行きましょう」
と、うやうやしく彼の手を取る。
洸夜が俺を真正面から捉える。ぺっこう飴のような色合いの彼の瞳。その色は、婚約の喜びと迫って来た別れへの悲しみでマーブリングされている。
それは確かにさよならの色で……あと何回かカレンダーをめくれば訪れる別れを思いながら、俺は洸夜の頬にキスをした。
〈了〉
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