歳上同居人のさよなら

たみやえる

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新堂洸夜の誕生会

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「聞いたよ。社長になりたいとか……何だそれ」

 革張りのソファーの座面を引っ掻く。爪先がザリザリと細かく振動したが、引っ掻き傷にはならなかった。



「えぇ……。なので俺、春から留学します」

と冬木が言う。




「え……」

 呆然と目を見張って、それから気がついた。

 そういえばこれまでオレは冬木の大学卒業後の進路について何も聞いてこなかったのだった。
 それは冬木との今の生活が変わることへの恐れだったり、冬木がオレから離れるはずがないって思い込んでいた。

 いや違うか。


 結局さ……、変化が嫌だったってことだよな。


 このままでいい。
 何も過不足ない。
 そう……何なら冬木が就職しなくてもただオレのそばに居てさえしてくれたら、そう、何だってよかったんだ。



「オレを捨てる気? オレはいらないってことか」
 
 オレはつい、冬木を困らせるようなことを言ってしまう。

 ほんとは違うってわかってる……いや、違わないのか。
 ただ少しでも、何か爪痕を残したかったんだ。冬木に、オレの痛みを、震えている臆病なオレを差し出したかった。




 冬木が息をのむ音が聞こえた。

「違います。俺は洸夜に相応しい男になりたいんだ!」


 決して大きな声ではなかったけれど、冬木の声の響きはやけに切実で、オレはとっさに顔をあげた。


 語気の強さと反対に、冬木は自身なさげな泣きそうな顔をしていた。


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