5 / 5
5.私は犬と暮らしています
しおりを挟む
土曜の早朝、私はいつものようにリードで繋いだキュウと一緒に歩いていた。今日は少しだけ遠出する。最近できた大きな公園。その園内の広々とした芝生広場をテレビで見た時から行こうと決めていた。
「たくさん走ろうね」
と声をかけると、キュウが「ワン!」と元気よく返事する。
こう言うタイミングの良さは度々で、まるでキュウと会話している気持ちになる。相性が良いって事だろうけど。
朝早いからまだ私たちだけかと思っていたら、五月の透明な風がふわりと、犬と人の気配を運んできた。
行き着いた芝生の広場で犬を遊ばせていたのは、百合と生垣さん、それから少し成長した桜ちゃんだった。
「こんなところで会うなんて! 奇遇ですね」
「百合さんにもらったこの子、キュウって名付けたの」
と話していると、生垣さんが私に聞いた。
「もしかして、九弥くんから一文字もらったのかな」
「ええ」
生垣さんの言ったとおり、キュウの名前は九弥の九からだ。
「遠くに行くなよ!」と、生垣さんが桜ちゃんたちの方へ駆けてゆく。私は百合と二人でベンチに座った。
「桜ちゃん、大きくなりましたね」
「えぇ」
朝の澄んだ光がキラキラと眩しい。桜ちゃんと犬たちが駆け回る姿は生そのものだった。私は九弥を想ってちょっと泣きそうだった。
「桜、私と生垣の子なんです」
「えっ」
百合の告白に驚いて、私は彼女の横顔を凝視した。
「十五歳で産んで……。歳が離れているから、スキャンダルになるでしょ。ずっと隠してました。でも、公表します。大変な事になるだろうけど……あの子の成長を考えたら、ちゃんと家族でなくちゃ」
「前に九弥さんに怒られました。親だろって」と、彼女が立ち上がる。行ってしまった百合と入れ違いにキュウが戻ってきた。膝に乗せると、
「よかったなぁ」
と、私のすぐそばで声がした。
「誰?」
見回しても誰もいない。男の声だった、聞き覚えのある……。
頭に浮かんだ思いつきに私は苦笑した。まさか!
「クシュン! ゔ~」
キュウのくしゃみだ。けど、その語尾の「ゔ~」って、は? 何それ?
「キュウ、もう一度言ってごらん?」
「きゅう~」
視線を逸らしとってつけたように鳴いた子犬を、私は睨んだ。
「わざとらしい……」
「ギクッ」
「今「ギクッ」って言った? 言ったよね!」
マンションに帰って、すぐリビングでキュウをお座りさせる。私も彼の前に正座して、じっくり問い詰めた。
結果、彼は白状した。
自分は、松田九弥の転生した姿であると。
「生まれ変わったけど、犬の寿命は短いから。また悲しませちゃう。ごめんね、桜智さん」
私は情けなく耳を垂れた彼を見下ろした。すると、耳と耳をつなぐ線上の真ん中につむじがあった。結構毛が長い。耳の毛もふわふわだ。私は感心して言ってしまった。
「2323になってよかったね~」
パッと子犬が不機嫌な瞳で私を見上げる。思わず「ふふふっ」と声に出して笑ってしまった。
私は犬と暮らしています。
〈了〉
「たくさん走ろうね」
と声をかけると、キュウが「ワン!」と元気よく返事する。
こう言うタイミングの良さは度々で、まるでキュウと会話している気持ちになる。相性が良いって事だろうけど。
朝早いからまだ私たちだけかと思っていたら、五月の透明な風がふわりと、犬と人の気配を運んできた。
行き着いた芝生の広場で犬を遊ばせていたのは、百合と生垣さん、それから少し成長した桜ちゃんだった。
「こんなところで会うなんて! 奇遇ですね」
「百合さんにもらったこの子、キュウって名付けたの」
と話していると、生垣さんが私に聞いた。
「もしかして、九弥くんから一文字もらったのかな」
「ええ」
生垣さんの言ったとおり、キュウの名前は九弥の九からだ。
「遠くに行くなよ!」と、生垣さんが桜ちゃんたちの方へ駆けてゆく。私は百合と二人でベンチに座った。
「桜ちゃん、大きくなりましたね」
「えぇ」
朝の澄んだ光がキラキラと眩しい。桜ちゃんと犬たちが駆け回る姿は生そのものだった。私は九弥を想ってちょっと泣きそうだった。
「桜、私と生垣の子なんです」
「えっ」
百合の告白に驚いて、私は彼女の横顔を凝視した。
「十五歳で産んで……。歳が離れているから、スキャンダルになるでしょ。ずっと隠してました。でも、公表します。大変な事になるだろうけど……あの子の成長を考えたら、ちゃんと家族でなくちゃ」
「前に九弥さんに怒られました。親だろって」と、彼女が立ち上がる。行ってしまった百合と入れ違いにキュウが戻ってきた。膝に乗せると、
「よかったなぁ」
と、私のすぐそばで声がした。
「誰?」
見回しても誰もいない。男の声だった、聞き覚えのある……。
頭に浮かんだ思いつきに私は苦笑した。まさか!
「クシュン! ゔ~」
キュウのくしゃみだ。けど、その語尾の「ゔ~」って、は? 何それ?
「キュウ、もう一度言ってごらん?」
「きゅう~」
視線を逸らしとってつけたように鳴いた子犬を、私は睨んだ。
「わざとらしい……」
「ギクッ」
「今「ギクッ」って言った? 言ったよね!」
マンションに帰って、すぐリビングでキュウをお座りさせる。私も彼の前に正座して、じっくり問い詰めた。
結果、彼は白状した。
自分は、松田九弥の転生した姿であると。
「生まれ変わったけど、犬の寿命は短いから。また悲しませちゃう。ごめんね、桜智さん」
私は情けなく耳を垂れた彼を見下ろした。すると、耳と耳をつなぐ線上の真ん中につむじがあった。結構毛が長い。耳の毛もふわふわだ。私は感心して言ってしまった。
「2323になってよかったね~」
パッと子犬が不機嫌な瞳で私を見上げる。思わず「ふふふっ」と声に出して笑ってしまった。
私は犬と暮らしています。
〈了〉
0
お気に入りに追加
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった
白雲八鈴
恋愛
私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。
もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。
ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。
番外編
謎の少女強襲編
彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。
私が成した事への清算に行きましょう。
炎国への旅路編
望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。
え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー!
*本編は完結済みです。
*誤字脱字は程々にあります。
*なろう様にも投稿させていただいております。
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
【完結】愛していないと王子が言った
miniko
恋愛
王子の婚約者であるリリアナは、大好きな彼が「リリアナの事など愛していない」と言っているのを、偶然立ち聞きしてしまう。
「こんな気持ちになるならば、恋など知りたくはなかったのに・・・」
ショックを受けたリリアナは、王子と距離を置こうとするのだが、なかなか上手くいかず・・・。
※合わない場合はそっ閉じお願いします。
※感想欄、ネタバレ有りの振り分けをしていないので、本編未読の方は自己責任で閲覧お願いします。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
夫から国外追放を言い渡されました
杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。
どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。
抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。
そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる