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26.ええ。喜んで
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ドレスアップを終えて、王宮内の離宮近くにあるローズガーデンに向かう。用意されたテーブルにはマキシマムがすでに座していた。私に気づくとすっと立って頭を下げる。
「謁見賜り、嬉しく存じます。リリー嬢」
「いい午後ですね。さ、おかけになって。何かお話がおありなのでしょう?」
「ええ」
「でも、その前に。昨夜の夜会で陛下がおっしゃったこと、覚えていらっしゃいますか?」
「もちろんです。私と陛下の間に上下はない、と」
「でしたら、わたくしも同じですわ。つい先日までデクリート帝国皇室に仕えていたのです。そのようにされますと畏れ多いですわ」
「では、そのようにいたしましょう」
アルの淹れた紅茶はアールグレイで、香り高く気分が落ち着いた。マキシマムにはわからないように、その背から目配せするアルの気づかいが胸にしみる。
「昨日の今日でこうして呼んでしまったこと、申し訳なく思っています。お加減はいかがですか?」
「悪くないですわ。犯人もすぐにお縄になりましょう」
「お怪我がなく、ご無事で何よりです。今日は愚弟に代わって謝罪に参りました。ルークがあなたにしたことは王族云々の前に人として考えられないものです。次期デクリート帝国皇帝として、できる限りの償いはさせていただきます」
「あら、皇帝がそうやすやすと頭を下げたり弱みを見せるものではありませんわ」
スコーンをちぎって口に入れ、紅茶で流す。申し訳なさそうにするその顔は果たして誠か仮面か。どちらであったとしても、マキシマムの言ったことは、なんでもかなえてやるという破格なものだ。
「そうですね…時に、殿下は婚約者がおられまして?」
「え、いえ。まだおりませんが…」
「では、わたくしが紹介いたしましょう。気立てがよいと聞いておりますから、苦労は少ないと思いますわ」
「どなたです?」
「陛下の妹、シュリ―様ですわ」
マキシマムは利き手を口元に当てて、黙りこくった。
絶対的な力を持っているデクリート帝国の基盤はその資源力と領土、そして軍事力だった。そのうちの軍事力が新興王国であるストラテに奪われたとあれば、デクリート帝国の領土は荒らされるのが目に見えている。兵力はあれど統率者がいない以上、力はないに等しい。
そこで次期皇帝が新興国の王女を娶れば、王女の祖国を守るがための軍事力というところに落ち着き、ともすればストラテ王国にある軍事力は皇帝のものともいえないことはない。何事もバランスが重要であり、ストラテ王国が栄えているとはいえ、伝統も格式もデクリート帝国にはかなわない。そしてそれらを権力を持っている王侯貴族らは重要視する。
だから、同盟を。
その考えが伝わったのだろう。マキシマムはにっこりと笑って、紅茶を一口飲んだ。
「いいでしょう。よろしければ顔合わせの場を作っていただきたいのですが」
「ええ。喜んで」
「謁見賜り、嬉しく存じます。リリー嬢」
「いい午後ですね。さ、おかけになって。何かお話がおありなのでしょう?」
「ええ」
「でも、その前に。昨夜の夜会で陛下がおっしゃったこと、覚えていらっしゃいますか?」
「もちろんです。私と陛下の間に上下はない、と」
「でしたら、わたくしも同じですわ。つい先日までデクリート帝国皇室に仕えていたのです。そのようにされますと畏れ多いですわ」
「では、そのようにいたしましょう」
アルの淹れた紅茶はアールグレイで、香り高く気分が落ち着いた。マキシマムにはわからないように、その背から目配せするアルの気づかいが胸にしみる。
「昨日の今日でこうして呼んでしまったこと、申し訳なく思っています。お加減はいかがですか?」
「悪くないですわ。犯人もすぐにお縄になりましょう」
「お怪我がなく、ご無事で何よりです。今日は愚弟に代わって謝罪に参りました。ルークがあなたにしたことは王族云々の前に人として考えられないものです。次期デクリート帝国皇帝として、できる限りの償いはさせていただきます」
「あら、皇帝がそうやすやすと頭を下げたり弱みを見せるものではありませんわ」
スコーンをちぎって口に入れ、紅茶で流す。申し訳なさそうにするその顔は果たして誠か仮面か。どちらであったとしても、マキシマムの言ったことは、なんでもかなえてやるという破格なものだ。
「そうですね…時に、殿下は婚約者がおられまして?」
「え、いえ。まだおりませんが…」
「では、わたくしが紹介いたしましょう。気立てがよいと聞いておりますから、苦労は少ないと思いますわ」
「どなたです?」
「陛下の妹、シュリ―様ですわ」
マキシマムは利き手を口元に当てて、黙りこくった。
絶対的な力を持っているデクリート帝国の基盤はその資源力と領土、そして軍事力だった。そのうちの軍事力が新興王国であるストラテに奪われたとあれば、デクリート帝国の領土は荒らされるのが目に見えている。兵力はあれど統率者がいない以上、力はないに等しい。
そこで次期皇帝が新興国の王女を娶れば、王女の祖国を守るがための軍事力というところに落ち着き、ともすればストラテ王国にある軍事力は皇帝のものともいえないことはない。何事もバランスが重要であり、ストラテ王国が栄えているとはいえ、伝統も格式もデクリート帝国にはかなわない。そしてそれらを権力を持っている王侯貴族らは重要視する。
だから、同盟を。
その考えが伝わったのだろう。マキシマムはにっこりと笑って、紅茶を一口飲んだ。
「いいでしょう。よろしければ顔合わせの場を作っていただきたいのですが」
「ええ。喜んで」
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