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10.ご婚約、おめでとうございます

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 リリーはさして面白みのない女だった。そもそも、純血でない者ごときが皇太子妃なんて、まっぴらごめんだった。何度も元老院には抗議をしていたが、話を聞いてはくれるが現実には何も変化がなかった。他に由緒正しい家門の女がいればよかったが、あわせて25家もある公爵家から侯爵家のすべてに結婚適齢期の女はいなかった。皆、婚約者がいるかすでに結婚していたのだ。

 能面のような女を側に侍らせて何が面白いというのか。

 自由な学生時代を謳歌して何が悪いのか。

 皇太子の俺が何をしても咎められないのは、生れながらにして高貴であるからではないのか。

 『半端者』のくせに俺に説教たれるリリーが、婚約破棄を迫られてうろたえるところが見たかった。それだけは嫌、と俺に一度でもすがれば許してやるつもりだった。

 なのに、当て馬に使おうと誘惑した女は、男爵という身分を我慢すればなかなかに話の分かる女であったのに、貴族でなかった。準男爵は一応は爵位のある身分ではあるが、一代限りのものだからその娘の名は貴族名鑑には載らない。つまり、平民だった。

 しかも俺が同性愛者だと?

 慰謝料を請求する?

 皇太子ではなくなった?

 翌日からメイドたちの態度が一変したのがわかった。食事は質素なものへと変わり、誰も俺の言うことは聞かず、無視するありさま。外に出ようとしても、警護の為と言い張る扉前の衛兵に止められ、身動きにすら自由がなかった。

 俺のしたことが、思ったよりも大きな代償を伴ったことを知ったのは、マレルガファル公爵家が隣国へ亡命したと聞いた時だった。同日、ストラテ王国国王との婚約が発表された。

 その知らせを持ってきたフットマンは訳の分からないことを言っていた。

「ルーク様。予定通りでありましたらあなた様は臣籍降下し、しきたり通りに、母親でいらっしゃる第二王妃様の身分、平民となられるはずでした。ですが、慰謝料は必ずルーク様が払われるようにとリリー嬢からのお申し出がございましたので、臣籍降下は取り消しとなりました」

「ま、待て。何を言ってるんだ、お前は。お母様は公爵家の生まれだろうが。それに、臣籍降下が取り消し? なら、俺は皇太子だ…そうだよな?!」

 はあ、とあからさまにため息をつくフットマンは「そんなわけないでしょう?」とあきれ顔を見せた。何様のつもりだ。

「まず、第二皇妃様は後宮に入られる際、皇帝の尊厳の維持のためにリアトル公爵家の養女になられました。あくまで皇帝および皇室の尊厳の為ですので、第二皇妃様のもとの身分が臣籍降下の場合には適用されます。まあ、臣籍降下はリリー嬢の計らいでなくなりましたけどね。そして皇太子様はマキシマム殿下です。この決定は覆ることはないでしょう」

「なっ…」

 脚から力が抜けて、膝から崩れ落ちた。そんな俺を前に、フットマンは言葉を続ける。

「最後に慰謝料の件ですが、まさか帝国民の血税である皇室費から出すわけにもいきません。ルーク様にはストラテ王国の大宰相の弟君、シルバー様との婚約にてご清算いただけるとのことです」

「は? なんの冗談だ…」

 伝えるべきは伝えた、とばかりにフットマンはそれ以上は何も言わずに部屋を出ていった。入れ違いに、露骨に嘲笑を浮かべるメイドたちが入ってきた。

「ルーク殿下。ご婚約、おめでとうございます」

 五人声をそろえて言った彼女らは部屋を片付けはじめ、あっという間に部屋は空き部屋のようになった。出発の準備ができたとフットマンが知らせに来るまで、そう時間はかからなかった。

 決定から実行までの一週間、俺の意思はどこにもなかった。
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