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9.たまたまでありましょう?

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「何のことですか? お嬢様」

 ニコニコと笑顔を崩さない彼女は、しかし、きょろきょろとして視線が合わない。今さらアルシャーを馬車から下ろすわけにもいかないし、私はため息をついた。

「私は『運命のつがい』を使えなんて言ってないわよ」

「…た、たまたまではありましょう」

「でも、ポロネフ準男爵令嬢なんてよく考えたわね。そこはよくやったわ」

 ルークのやらかしたことなど元老院にかかれば握りつぶされるし、なかったことになる。つまり、どんなに素行が悪かろうが学園で何をしようが皇太子を廃されることはないし、私が皇室から自由になれることもない。

 だから、私はアルに「身分が低く、倫理的に馬鹿で、それでいてルークの目に留まるであろう令嬢をルークにあてがうように」と指示していた。そしてアルを通じてあの夜会で婚約破棄を、と令嬢を唆し、結果的にルークを誘導した。あの場で婚約破棄という言葉がほかでもない皇太子の口から出れば、公式の言葉として記録されるし、さすがの元老院も何もできないと考えていた。

 けれど今考えれば、それではなまぬるかったように感じる。

「ありがとうございます。でもお嬢様。『運命のつがい』を使わなければ、殿下の言葉は書き換えられていたと思いますよ」

「…悔しいけど、同感だわ」

「では、ご褒美をいただいても?」

 にんまり笑ったアルシャーはきれいに整えられた、少し長めの前髪を両手でかき分けた。早くご褒美をくれとせかす視線に動かされ、私は彼女のおでこに軽いキスをした。

「ありがとうございます、お嬢様」

「…安上がりね。私たちについてきたということは、これからも私の為に動いてくれるのでしょう?」

「もちろんです。ですがまだネットワークが出来上がってませんので、そこは少しお力添えをいただければと。それと、お嬢様のご褒美は安上がりなんかじゃありません! 私にとっては何物にも代えがたいご褒美です!」

 必死なその様子が可愛くて、これだから私はアルシャーを手放せない。きっと、帝国に残る、と決断したときはその手を引っ張ってでも連れてきたと思う。

 馬車は途中、宿舎のある街に三度ほど止まった。けれどそのスピードは狂気を感じるほどで、屋敷を出発して三日目にストラテ王国とデクリート帝国の国境に到着した。一週間はかかる距離でのたった三日の走行に、お母様は酔ってしまっている。

 国境越えも、管理官に袖の下を握らせれば簡単だった。彼らもどこかの貴族よろしく昼間からアルコールの匂いを漂わせていた。ここまで腐っていたのかと、私とお父様は顔を見合わせて嘲笑った。
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