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貴様はいくつ罪を重ねれば気が済むのだ!
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デヴォアルテ公爵邸の行列も落ち着くようになって、通う貴族も根気が持たずに少なくなっていった。フリオ・デヴォアルテ公爵がおおよそ予想した通りの対応をした王宮は、一歩踏み入れば針の筵となるほどにデヴォアルテ公爵家の人間を忌避するようになった。
それでもなお婚約は続行され、アンナ・デヴォアルテ公爵令嬢に集まる嫌悪の視線は日に日に強くなっていく。
ある者は、高貴な人間である自分の望みが、何度も頭を下げてやったのに女神に聞き届けられることがなかったから。
ある者は、王家の人間に心酔し、その方々を脅して婚約者の地位に居座るアンナが仇のように憎いから。
ある者は、崇拝する女神を騙るアンナに嫌悪を抱いて。
ある者は、デヴォアルテ公爵の一挙手一投足が気に食わず、その恨みつらみをアンナにぶつけたいから。
人間の考えはそれぞれ様々に、しかし、そのすべてがデヴォアルテ公爵家への憎悪となり果てていた。貴族の思惑に左右されるのはいつの世も平民であり、これも例にもれず、しばらくもしないうちに、アンナに対する憎悪は伝播していく。
果ては辺境の子どもが、アンナという名の極悪令嬢の話を寝物語として読み聞かせされるようになった。
そうして時は無情にも過ぎていき、アンナは貴族学園を卒業する歳を迎えた。
悲劇は卒業パーティで起こったのである。
ガシャン、とグラスの割れる音がする。直後、女性の悲鳴が会場に響き視線はそちらに集まった。
「キャーッ! アンナ様がっ! アンナ様が私にワインを…っ!」
そうは言うが、アンナとその叫んだ令嬢とは二、三人の貴族子息を挟んでいて、到底ワインをかけられる距離ではなかった。覗いてみれば、ドレスに大きく真っ赤なシミを抱えた令嬢が座り込んでいる。声をかけようとしたアンナは、なんだなんだと集まる野次馬に流され、外まで押し出されてしまった。
「アンナ・デヴォアルテ! 貴様はいくつ罪を重ねれば気が済むのだ!」
ヴィシャールは駆けて来、令嬢の腰を抱えて立たせた。そして声がはちきれんばかりに叫んだ。
「もう我慢はせぬ! お前も今宵、学園を卒業して成人となったのだからな! その責はきちんととってもらうぞ!」
対峙するヴィシャールとアンナを取り囲むように人の垣根が出来た。とうとうこの時が来たのかと、野次馬の貴族たちは手に汗を握る。
今世紀最大の悪女が、今、裁かれる。
我慢に我慢を重ねたヴィシャールの苦労が花となるのだと、皆が彼の言葉を、固唾をのんで待った。
「王太子である俺、ヴィシャール・シーリアンテはこの場を持ってアンナ・デヴォアルテとの婚約を破棄することに決めた! この女は女神を偽称するばかりか、俺の癒しの人であるネリアンを様々に傷つけた。その罪は枚挙にいとまがない! よって国母としての素質がないと判断し、婚約破棄をここに宣言する!!」
耳障りの悪い声にアンナは静かに目を閉じる。遥か遠い昔の約束を思い出していた。最初の王と一番初めに交わした約束を。
『わたくしと結婚? よろしいの?』
『もちろん! 君がいいんだ。一緒に国を治めてはくれないかい』
『ああ、そうではなくて。わたくしと約束を交わすというのは、未来永劫末代まで続く約束をするということなの。それでもよろしいの?』
『なんの問題があるというんだい? 君は私たち人間に百年もの時をくれた。その代償に死んで転生を繰り返すことになると言ったね。それ以上のものを僕は君にあげられる気がしないよ』
『そう…。わたくしはあなたが好きよ。だからその申し出、お受けするわ。これは約束よ。わたくしと婚約、結婚した人間が破棄か離婚を言い出した時、この国は終焉を迎える…。覚悟はよろしくて?』
『もちろんだ! 愛しいアイオニー』
(ごめんなさい、ブライアン。わたくしの最初の王よ。わたくしは人間と関わるべきではなかったようだわ)
静かに涙を流すアンナはゆっくりと目を開ける。勝ち誇った顔のヴィシャールがこちらを蔑み、その横に抱かれた令嬢は汚物でも見るかのような目をしていた。
もう、これで終わる。これは人間が自ら選択した結果だ。
禁忌は伝え継がせた。愛する人間たちにはたくさんの恵みを与えた。それでも破滅を選んだのは人間だ。
(人間が気に入ったのではなかったのね。彼だけ、彼だけがわたくしの特別だった…)
「承知…しました」
アンナはきつく結んだ唇をほころばせ、柔らかにほほ笑んだ。悲し気に下がる眉とゆるくしわの寄る目尻は、まさしく女神の慈愛の笑みであった。
しかし、その目は光すら失っていた。
「待って! それはだめ!!」
どこからか声が聞こえる。懐かしい声が、まるで天から降りかかるように耳に入ってきた。
誰なのかが気になり天井を見上げれば、けたたましい音とともに遠いはずの天井が落ちて来た。
「キャーっ!!」
ドガン、と音を立てて天井は落ちる。
まるで切り取られたように一部分だけが欠け、それは見事にヴィシャールと令嬢だけを潰した。
それでもなお婚約は続行され、アンナ・デヴォアルテ公爵令嬢に集まる嫌悪の視線は日に日に強くなっていく。
ある者は、高貴な人間である自分の望みが、何度も頭を下げてやったのに女神に聞き届けられることがなかったから。
ある者は、王家の人間に心酔し、その方々を脅して婚約者の地位に居座るアンナが仇のように憎いから。
ある者は、崇拝する女神を騙るアンナに嫌悪を抱いて。
ある者は、デヴォアルテ公爵の一挙手一投足が気に食わず、その恨みつらみをアンナにぶつけたいから。
人間の考えはそれぞれ様々に、しかし、そのすべてがデヴォアルテ公爵家への憎悪となり果てていた。貴族の思惑に左右されるのはいつの世も平民であり、これも例にもれず、しばらくもしないうちに、アンナに対する憎悪は伝播していく。
果ては辺境の子どもが、アンナという名の極悪令嬢の話を寝物語として読み聞かせされるようになった。
そうして時は無情にも過ぎていき、アンナは貴族学園を卒業する歳を迎えた。
悲劇は卒業パーティで起こったのである。
ガシャン、とグラスの割れる音がする。直後、女性の悲鳴が会場に響き視線はそちらに集まった。
「キャーッ! アンナ様がっ! アンナ様が私にワインを…っ!」
そうは言うが、アンナとその叫んだ令嬢とは二、三人の貴族子息を挟んでいて、到底ワインをかけられる距離ではなかった。覗いてみれば、ドレスに大きく真っ赤なシミを抱えた令嬢が座り込んでいる。声をかけようとしたアンナは、なんだなんだと集まる野次馬に流され、外まで押し出されてしまった。
「アンナ・デヴォアルテ! 貴様はいくつ罪を重ねれば気が済むのだ!」
ヴィシャールは駆けて来、令嬢の腰を抱えて立たせた。そして声がはちきれんばかりに叫んだ。
「もう我慢はせぬ! お前も今宵、学園を卒業して成人となったのだからな! その責はきちんととってもらうぞ!」
対峙するヴィシャールとアンナを取り囲むように人の垣根が出来た。とうとうこの時が来たのかと、野次馬の貴族たちは手に汗を握る。
今世紀最大の悪女が、今、裁かれる。
我慢に我慢を重ねたヴィシャールの苦労が花となるのだと、皆が彼の言葉を、固唾をのんで待った。
「王太子である俺、ヴィシャール・シーリアンテはこの場を持ってアンナ・デヴォアルテとの婚約を破棄することに決めた! この女は女神を偽称するばかりか、俺の癒しの人であるネリアンを様々に傷つけた。その罪は枚挙にいとまがない! よって国母としての素質がないと判断し、婚約破棄をここに宣言する!!」
耳障りの悪い声にアンナは静かに目を閉じる。遥か遠い昔の約束を思い出していた。最初の王と一番初めに交わした約束を。
『わたくしと結婚? よろしいの?』
『もちろん! 君がいいんだ。一緒に国を治めてはくれないかい』
『ああ、そうではなくて。わたくしと約束を交わすというのは、未来永劫末代まで続く約束をするということなの。それでもよろしいの?』
『なんの問題があるというんだい? 君は私たち人間に百年もの時をくれた。その代償に死んで転生を繰り返すことになると言ったね。それ以上のものを僕は君にあげられる気がしないよ』
『そう…。わたくしはあなたが好きよ。だからその申し出、お受けするわ。これは約束よ。わたくしと婚約、結婚した人間が破棄か離婚を言い出した時、この国は終焉を迎える…。覚悟はよろしくて?』
『もちろんだ! 愛しいアイオニー』
(ごめんなさい、ブライアン。わたくしの最初の王よ。わたくしは人間と関わるべきではなかったようだわ)
静かに涙を流すアンナはゆっくりと目を開ける。勝ち誇った顔のヴィシャールがこちらを蔑み、その横に抱かれた令嬢は汚物でも見るかのような目をしていた。
もう、これで終わる。これは人間が自ら選択した結果だ。
禁忌は伝え継がせた。愛する人間たちにはたくさんの恵みを与えた。それでも破滅を選んだのは人間だ。
(人間が気に入ったのではなかったのね。彼だけ、彼だけがわたくしの特別だった…)
「承知…しました」
アンナはきつく結んだ唇をほころばせ、柔らかにほほ笑んだ。悲し気に下がる眉とゆるくしわの寄る目尻は、まさしく女神の慈愛の笑みであった。
しかし、その目は光すら失っていた。
「待って! それはだめ!!」
どこからか声が聞こえる。懐かしい声が、まるで天から降りかかるように耳に入ってきた。
誰なのかが気になり天井を見上げれば、けたたましい音とともに遠いはずの天井が落ちて来た。
「キャーっ!!」
ドガン、と音を立てて天井は落ちる。
まるで切り取られたように一部分だけが欠け、それは見事にヴィシャールと令嬢だけを潰した。
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