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願うは易く、叶うは難し

#11

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 ドクドクと耳のすぐそばで心臓がなっているかのように感じる。紳士的なエスコートで連れてこられたのは展望レストランのさらに上、20階のスイートルームだった。レストランが評判のホテルなら当然、宿泊の予約も空きはない。だというのに、このホテルの唯一のスイートルームの予約も取ったと入間は言う。

「ここだけの話、支配人は私に恩があるからね。なんでもひとつだけ、願いを聞いてくれるって約束してたんだ。この部屋が無駄にならなくてよかったよ」
「…バーの店主に払える額なのか?」
「もちろん。ルームサービスも充実してるから、好きなだけ頼んでいいよ。…君に言えない稼ぎ方はしてないから安心して。今すぐに言ってもいいけど…あとでいいよね?」
「…っ」

 カードキーを壁のくぼみに差し込み、薄暗かった部屋は隅々まで照らされる。高橋の頬を撫でる手は骨ばっていて、かさついているのが肌を掻く。首うしろに手は滑り、鼻の頭が当たるほどに近くまで引かれた。

「…逃げるなら、これが最後だよ」
「逃げる? 寝言は寝て言え。誰が…んっ」

 重なった薄い唇は、しかし柔らかく下唇を食んだ。射貫くかのような鋭い視線は頭の中を見透かすようで逸らしたくなるけれど、そうしてしまえばどうしてか負けのような気がして、耐えた。

 ぴちゃぴちゃと水音を立てて、どちらのものともわからない唾液が顎を伝い落ちる。何度も角度を変えてついばまれるせいで、じんじんと唇は腫れぼったくなった。うまく力が入らなくなったことをいいことに、歯列を割られそれに沿って愛撫される。迎えるように舌を突きだせば、待ってましたとばかりに眉が上がり、絡められてじゅっと吸われた。

 震えていた膝はいよいよ頽れた。

「感じた? かわいいね」
「っさい…」
「歩け、そうにないね。首に手をまわして。抱えるから、しっかりつかんでおくんだよ?」

 あらゆるスイッチを入れられた自分の身体の手綱は、もはや高橋にない。しっかりと入間が握り、にこりと笑顔でベッドまで運ばれる。

 さすがはスイート。ほのかに香るラベンダーの香りが鼻腔をくすぐり、張り詰めた緊張の糸は少しずつ緩んでいく。しっとりとした絹のシーツは肌触りが良く、高反発のマットレスはその硬さを感じさせずふわふわとして、さらに身体の力は抜けた。

「さすがだな。今すぐにでも眠れそうだ」
「寝てもらっては困るのだけど」
「それは入間の手管次第だろ?」
「言ってくれるね…ああ、それと」ジャケットを脱いで、ベッドわきに投げた入間は前髪をかきあげ、目を細めて笑った。「わたるだ。そろそろ名前で呼んでくれてもいいだろう?」
「わ、渉…? なんか…変な感じだ」
「たくさん呼べば慣れるよ。…最初のコマンドだ。私のことは名前で。いいね?」
「わか、た」

 SubにとってコマンドはDomからの信頼の証だ。できて欲しいと期待してくれているからこそ、くれるギフトだからだ。その期待に応えたい、その信頼にコマンドに従うことで応えたい、と本能からそう思う。けれど、その本能がそうさせているとは思いたくない。これは理性が、自分の感情が、恋慕の相手に入間を選んだ結果だ。

「さて、いくつか答えてもらおうか。正直に、答えてね」
「ん、」
「セーフワードは前と一緒でいいかな?」
「ああ、ストップで」
「嫌なこと、きついことがあったら遠慮せずに言うんだよ。…ほかの誰かとプレイをやったことはあるかい」
「いいや。いr…渉が初めてだ」
「Good! ちゃんと名前で言えたね」わしゃわしゃと頭を撫で、入間は自らのシャツのボタンをひとつひとつ外していった。「明日は…休みだね?」

 なぜそれを知っているのか。高橋が明日からの休暇を知ったのは今日の仕事終わりである。もはやその休暇さえ、入間がはたらきかけて警部が融通したのかと勘ぐってしまう。なぜ知っているのかと聞くのはやめた。野暮というものだろう。

「ああ、休みだ」

 休みだと知ったうえで入間が聞いてきたそれが、何を示しているのかわからないほど鈍感ではない。底なしに優しい入間に限ってそんなことはないだろうが、明日は起きれるだろうかと眉をさげる。

「ふふ、わかりやすいね。…怖い? ストップ?」
「い、いや…」ぐっと入間の顔が近づいて、鼻息さえもかかってしまいそうで息をのんだ。「怖く…ないと言ったら嘘になる。…初めて、だし。だけど…俺を、渉のSubにしてくれるんだろ? それは嬉しいし…俺のすべてで応えたい、から、」
「うん。ここからは遠慮しないからね? きつかったらすぐにセーフワード。いいね?」

 大きな手に頬ずりするように何度も頷く。にっこりと笑った入間は慣れた手つきでボタンを外し、スラックスまで抜き取った。ひんやりとしたシーツに素肌が触れる。まるでまな板の上いるような気分で、しかし、料理人が入間ならいいかと身を投げた。

「さて…」首筋をついばみ、赤く小さな花を咲かせながら、耳朶を食んだ入間は言う。「Kneelおすわり
「あ…」

 ピリピリと指先がしびれた。腰を引いて正座をするように脚を畳み、横にずらして腰をつける。膝の間には手をついて入間を見上げた。

Good boyいい子だ! かわいいよ、よくできたね。じゃあ、次。…Lick咥えて

 びくっと身体は震えて、ボトムの下のすでに兆したそれを凝視する。はちきれんばかりのファスナーを下ろして、下着をさげるとぶるりと飛び出たそれが高橋の頬を叩く。迷いなく口に含んだ。先の方を咥え、舌で舐めまわしていると、ぬるっとした指が高橋の蕾を撫でる。いきなり入れるなんてことはなくて、やわやわと外側からほぐされていった。

 満を持して入ってきた指は的確に前立腺を探り当て、それを中心にやさしく、ゆっくりとほぐしていく。中途半端な快感に体は震えながらも入間のものを濡らして喉奥までくわえ込んだ。

「苦しくない?」
「んく、ん」咥えたまま、頭を振る。

 口腔を塞がれた苦しさは、ひどく幸福を感じさせた。自分の中に特別な相手のものが入り、そのうえ自分の愛撫で感じてくれている。もっと気持ちよくなってほしい、と絞るように唇を使って竿をしごいた。青臭く、苦いものが喉奥から鼻を突く。

「…っ、優斗、離して。出るから…」

 そうは言うけれど、飲んでしまいたい。入間のくれるのもなら何であれ甘露だ。離して、と何度も言うけれどより頭を早く動かして、射精を誘った。目の端に入った腹筋が締まったかと思えば、後頭部を抑えられ、喉に穿たれる。しばらくもしないうちに熱いものが喉を滑り、食道を下っていった。味わうことができず残念に思いながらも、残ったものを吸い上げて、鈴口にキスをする。

「優斗」

 呼ばれて見上げれば、眉をさげた入間が「離して、って言ったよね?」と見下ろしていた。
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