上 下
318 / 318
一年生・冬の章/番外編

お楽しみキャンディ“若返り味”⑦

しおりを挟む

「(ではない。この少年の頭の良さは本物だ。興味深いからもう少し深掘りしたいところだが……)」


 リヒトは、自分の存在を確かめるように紅茶に映る自身を眺めた。そういえば、自分が25歳の状態から若返っているという状況であれば、この状態はいつまで続くのだろうと訝しげに表情を曇らせる。


「私はいつになったら元に戻る予定なんだ」


 リヒトの問いかけに、フィンは思い出したかのように慌て始めた。


「あっあれ、そういえばもう1時間以上もこの状態……?」


 長くても数十分程度の効果かと思いきや、未だ少年時代のリヒト状態が続いている。あっさりと煙が出て元に戻ると思っていたフィンは、思わぬ状況に混乱状態に陥った。


「このまま元に戻らなかったら、一体如何する」

「え!?えっと……」


 フィンは一人慌てふためくが、リヒトは冷静な表情で紅茶のカップをソーサーに置く。


「うーん、前もキャンディで一日中体が入れ替わったこともあるから、いずれは戻ると思うんだけど」

「(入れ替わる味?そんな代物があっていいのか)」

「よし!ここは前向きに、16歳のリヒトとお話しできる機会なんてないし、気長に待ってみようかなーなんて」


 フィンは朗らかな笑みを浮かべ、楽しそうにリヒトを見つめる。その嘘のない真っ直ぐな視線を、リヒトはまたしても直視できずに目を逸らした。自分でも顔が火照っているのが分かる。みっともないと思う反面、恋の到来で掻き乱される感情が、自分の存在を肯定してくれるようだった。


「呑気だな。このままじゃ、困るのはお前だと思うが」


 リヒトは必死に恋心を抑え込みながら、フィンから目を逸らし提議する。
 フィンは、リヒトの伏せがちの瞳と、銀色の長いまつ毛、そして整った鼻筋が美しく、形の良い唇につい目がいってしまう。16歳とは思えないリヒトの美しさに、フィンは変に意識をしてしまい顔を赤らめた。見慣れている顔のはずでも、見たことがない反応をされるとなんだか別人のように思えてしまうのだ。


「聞いているのか」


 フィンはぼーっとリヒトを見ていたが、声をかけられるとハッと我に返り立ち上がる。


「ごっごめんね!?とりあえず、一緒にお話でもしよう……?」


 食事を終えた二人は、話をするために普段二人でゆったりと過ごしている暖炉のある部屋に入った。二人が入ると自動的に暖炉の火が灯り、部屋にあるキャンドルの炎が一斉に点火する。


「こっちに座って?」


 フィンは先にソファに座ると、その横をポンポンと軽く叩いてリヒトに呼びかけた。リヒトは促されるまま遠慮がちに横に座る。二人は少し空間があったため、フィンはその距離を詰めてリヒトに笑いかけた。
 それからというもの、フィンは自分自身を知ってもらおうとたくさんの会話をした。リヒトの興味がある様子で話をきき、時々返事をしたり質問をする。気付けば1時間以上は経過していた。リヒトは時計を確認すると、再び眉を顰める。


「こんな悠長にしていていいのか」

「んー?どうしてそう思うの?」


 やけに時間を気にするリヒトに、チョコレートを食べていたフィンは首を傾げた。


「それは……」

 
 リヒトは少し言葉に詰まった後、観念したように口を開く。


「お前が好きなのは……未来の私だろう。このままこれが続けば、困るのはお前だと言ってるんだ」


 淡々と言ってのけるリヒトだが、その声色には若干の切なさが含まれていた。フィンが好きなのは25歳の自分であって、今の自分ではない。勝手にそう考えたリヒトは、フィンのそばにいることが辛くなり、まるで失恋したかのような胸の痛さを感じた。
 リヒトはソファから立ち上がると、フィンを見下ろす。


「無理して私に付き合う必要はないぞ」


 リヒトはそう言って部屋を出ようとした。


「!?」


 フィンは、ガバッと立ち上がりリヒトの方へ駆け寄ると、そのまま回り込んで通せんぼをした。


「待ってよ!僕にとっては今のリヒトだってリヒトなんだよ?」


 フィンがそう諭すと、リヒトは目を背けしばらく無言になったあと、小さく口を開く。


「……辛いんだ」


 リヒトの絞り出した言葉に、フィンは胸を痛めた。


「え……?」

「正直、お前といると心地良い。お前が恋人だということ、信じざるを得ないぐらいにな。だからこそ、時々感情がぐちゃぐちゃになって、苦しくなる。……上手く説明できない」


 リヒトはそう言って俯くと、やがてゆっくりとフィンを見つめた。澄んだ碧の瞳が、フィンを捉える。目の前にいる恋人は、自分のモノではなく、未来の自分のモノ。今の自分には一生手に入らない、尊い存在。


「……このままずっと一緒にいれたらと思っているのに、きっと俺は、この時間を忘れて大人に戻るのだろう」

「リヒト……」


 フィンはリヒトの一人称が俺に変わっている事に気づき、気を許し始めたことを悟った。それと同時に、フィンに対する気持ちが一気に大きくなっていたることも感じる。
 リヒトはそのままフィンに詰め寄り、やがて壁に追いやると、勢いよく両手を壁につけフィンの耳元まで顔を近づけた。


「お前のことを知れば知るほど、苦しい。だが、愛おしいのも確かだ。どうしたらいいか、分からない」


 リヒトは、複雑な感情を吐露する。
 その囁き声が、フィンの脳を揺さぶった。


しおりを挟む
感想 153

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(153件)

メロウ
2024.11.19 メロウ

先月、本作品を見つけました。少し読み進めてから前編があるのを知り、あわててそちらの方を読み終えました。現在また戻って楽しく読ませていただいてます。その時そのときの感情や想いを言葉にするのがとても的確でその都度心に響き熱い気持ちにさせられます。大賞にも投票させて頂きました。今後も楽しみにしています。

解除
井幸ミキ
2024.11.07 井幸ミキ

こんばんは!

反抗期真っ最中、初恋相手に照れるリヒトくんに、フィンくんじゃないけど、きゅーん!としております!
冷たくされるフィンが可哀想でしたが、もつすっかり恋に落ちてるなんて、リヒトさんは、何度でも、いつでも、フィンくんに恋する運命なのですねー!
このまますぐ元の年齢に戻るのか、それとも……💓

解除
ぬ
2024.11.06

魔法学院編 完結おめでとうございます!
そして、いつも素敵な作品を読ませていただきありがとうございます😭
一番大好きなこのシリーズがまだまだ続くことをとても嬉しく思います!何周もしてしまうほど大好きなお話です!新作も楽しみにしています!

解除

あなたにおすすめの小説

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

R指定はないけれど、なんでかゲームの攻略対象者になってしまったのだが(しかもBL)

黒崎由希
BL
   目覚めたら、姉にゴリ推しされたBLゲームの世界に転生してた。  しかも人気キャラの王子様って…どういうことっ? ✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻  …ええっと…  もう、アレです。 タイトル通りの内容ですので、ぬるっとご覧いただけましたら幸いです。m(_ _)m .

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

魔力なしの嫌われ者の俺が、なぜか冷徹王子に溺愛される

ぶんぐ
BL
社畜リーマンは、階段から落ちたと思ったら…なんと異世界に転移していた!みんな魔法が使える世界で、俺だけ全く魔法が使えず、おまけにみんなには避けられてしまう。それでも頑張るぞ!って思ってたら、なぜか冷徹王子から口説かれてるんだけど?── 嫌われ→愛され 不憫受け 美形×平凡 要素があります。 ※総愛され気味の描写が出てきますが、CPは1つだけです。

5回も婚約破棄されたんで、もう関わりたくありません

くるむ
BL
進化により男も子を産め、同性婚が当たり前となった世界で、 ノエル・モンゴメリー侯爵令息はルーク・クラーク公爵令息と婚約するが、本命の伯爵令嬢を諦められないからと破棄をされてしまう。その後辛い日々を送り若くして死んでしまうが、なぜかいつも婚約破棄をされる朝に巻き戻ってしまう。しかも5回も。 だが6回目に巻き戻った時、婚約破棄当時ではなく、ルークと婚約する前まで巻き戻っていた。 今度こそ、自分が不幸になる切っ掛けとなるルークに近づかないようにと決意するノエルだが……。

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。