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一年生・冬の章/番外編
お楽しみキャンディ“若返り味”⑥
しおりを挟む食事が終わると、最後にデザートが出てくる。
リヒトは甘いものはあまり食べないため、一口食べるとスプーンを置いた。
「(甘い。が、味は一級品だな)」
大貴族出身であるリヒトの舌はかなり肥えているが、出された料理の味は一級品だと感じた。特に、このプリンはかなりこだわりを感じる。
フィンを慕うアネモネが、フィンのために料理の知識をインプットしたのか。それとも未来の自分がフィンのためにアネモネの調理機能を拡張したのか。
気付けばフィンは恐ろしいほど早くプリンを平らげており、プリンに乗っていたクリームが口端についていた。
「おいしかった……夢のようなプリンだった……」
フィンは目を潤ませながら余韻に浸っている。
「クリームが口についているぞ」
リヒトは口をナプキンで拭いながらそう指摘すると、紅茶を口にした。フィンは慌てて口を拭うと、リヒトが食べ残したプリンを眺める。その視線に気づいたリヒトは、一瞬考えた後口を開いた。
「未来の私は、この場合どうしていたんだ。お前にあげていたのか?」
リヒトは自分が残したプリンを指差す。
「えっ!」
フィンは少し顔を赤らめた。というのも、普段リヒトは残ったデザートをフィンに餌付けをするように食べさせていたのだ。リヒト自身、自分でスプーンあるいはフォークでデザートを掬い、それをフィンの口に直接運ぶ行為を楽しんでいた。
「えっと、その、うん。もらってたよ」
フィンは照れ笑いを浮かべながらそう伝えると、リヒトは残ったプリンを皿ごと差し出した。
「食べ残しをもらうなんて、変わっているな」
貴族の間では食べ残しを貰うことはしない。フィンはプリンを受け取ると、嬉しそうにそれを口にした。
「お前、貴族の生まれではないのか?」
リヒトは悪意なく些細な疑問をフィンにぶつける。
フィンは目を丸くした後、小さく頷いた。
「うん……」
少し申し訳なさそうに庶民であることを認めたフィンは、未来の恋人が庶民だと分かればリヒトが失望するだろうか、と不安を隠せずにいた。
しかし、リヒトは家柄のことは全く気にしていない様子で話を続けた。
「ミネルウァ自体が狭き門だ。赤髪の勉強馬鹿も、贔屓でお前を入学させる訳ない。庶民でも、少しは頭がいいみたいだな」
「あ、赤髪の勉強馬鹿?」
「あぁ……エリオット・ミネルウァのことだ。9年後の未来、アイツはきっとミネルウァの副学長にでもなっているんじゃないのか」
「(副学長のこと、そんな風に言ってたんだ)」
フィンは小さく笑いながらプリンを頬張る。
「ところで、お前は第何位なんだ」
恋人同士の会話など思いつくわけもなく、リヒトは紅茶を飲みつつ質問をする。
「えへへ、第1位だよー」
フィンは満面の笑みで正直に答えると、さすがのリヒトも目を見開き驚いた表情を浮かべた。本当か?と聞きそうなぐらいに一瞬疑ったが、フィンが嘘をつく理由がないことは明確。
「……?」
フィンはリヒトの反応に首を傾げる。
「そこまで優秀なら、もしかして特待生か?」
入学費用や授業料を免除する特待生制度があることは知っているが、基準がかなり厳しく、毎年合格者がいる訳ではない。少なくともリヒトは、その制度を利用する者を見たことがなかった。
「うん!」
フィンの自信満々の返事に、リヒトは少し考えた後、少し意地悪めいた表情を浮かべ口を開く。
「……なら、古代魔法の基礎原理を答えることができるか?」
古代魔法は学院では習うことがない知識。リヒトはあえてフィンを試すためにその質問を投げかけた。
「(どの程度のレベルか、試してやる)」
フィンは質問されたことに嬉しそうな表情を浮かべ、両方のこめかみに人差し指を当てて一瞬目を閉じる。何か引き出しを探しているような様子だったが、何かを見つけたようにパッと目を開いた。
「古代魔法に要する魔法元素は“星”の属性のみとなり、それは死星で構成される星界雲に接続することで得ることが出来る。元素の原理とはかけ離れた魔法原理となり、古代人特有の魔法回路が失われた現代においては特殊な方法を用いるしかない。これは非常に高難易度である。
基本原理①、星界雲に接続する方法としては、恒星相互間の空間に存在する星間ガスと、固体微粒子を繋ぐ回路を理解する必要がある。いわゆる星間物質と言われるこれは、星からの光を吸収し、恒星の発生源であるとされるため、莫大な魔力を消費する古代魔法においては必須の魔力源となる。
基本原理②、古代魔法の種類によっては、超新星残骸から得られる星雲の魔力を用いる。また、その残骸を辿ることで月・太陽・水星・金星・火星・木星・土星の持つ魔力を得ることができ、それぞれの惑星から得られる魔力により発現できる魔法が大いに異なる。ホロスコープの理解が必要となるため、占星術の応用概論の理解が必要だ。
基本原理③、」
フィンはすらすらと原理を話し始める。普段のおっとりとした空気感が、この時ばかりは研ぎ澄まされた空気感に変わった。
「ちょっと待て」
まるで教科書を読んでいるような説明を行うフィンに驚いたリヒトは、思わず静止する。
「?」
フィンはピタッと説明を止め、首を傾げた。
「私が止めなければどこまで続いた」
「えぇと……古代魔法の基礎概論“イザック・シュヴァリエ式”は全部覚えてるよ!基本原理の章を全部言おうとしてたのだけども……」
衰退した古代魔法を再構築したのは、イザック・シュヴァリエ。その古い書物はこの別邸の中に保管されており、フィンはリヒトの許可を得てそれを一度読んでいた。
リヒトはフィンの言葉に衝撃を隠せずにいた。基本原理の章だけでも80ページを超える内容だ。さらに、一冊の内容丸ごと頭に叩き込むという所業は、自分でも難しい。
「一語一句覚えてると言いたいのか」
「うん。僕、本の内容覚えるの得意なんだー!たくさん勉強したら、リヒトとたくさんお話もできてとても楽しい」
フィンはいつものように小さく笑みを浮かべながら頷き、リヒトは眉間に皺を寄せる。
「なるほど……私と会話するのが楽しい、か……」
愛想笑いなどできず、雑談の仕方も分からないリヒトにとって、専門的な魔法の話で盛り上がれる相手がいることは貴重だった。自分に好意を持つ存在との会話が避けられなかった場合、必ず古代魔法の質問をしてわざと相手を困らせていた。古代魔法は古代語の理解も必要になり、最も難しい分野の一つ。それを“楽しい”と言ってのけるフィンに、リヒトは次第に自身の心の氷が溶けていくような感覚を覚えた。
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