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一年生・冬の章/番外編

お楽しみキャンディ“若返り味”④

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 リヒトは再度クローゼットを恨めしそうに睨むと、ミスティルティンの服を掴み静かに怒りを露わにした。


「ミスティルティンの館長の服があると言うことは、俺はここの家督を継いで公爵になっているということなのか……?あり得ない」


 ミスティルティン魔法図書館はシュヴァリエ家が運営する知の財産であり、国中のあらゆるデータを集積する国家機密も厳重に取り扱っている重要な拠点。館長はシュヴァリエ家のトップが継ぐことが必須となっていた。
 リヒトは自身を父親と比較し欠陥があると捉えていたため、家督を継ぐ意思は当時なく、未来において自分が父に代わり家督を継いでいるという事実に驚きを隠せずにいた。

 リヒトはとりあえず自室を出て、倦怠感に襲われながらも他の部屋の様子を見てまわった。
 自分が若返っていると仮定し、未来を生きる自分の手がかりを少しでも探ろうとしている様子で周囲を見渡している。自分が食べないチョコレートを見つけたり、見覚えのない絵画が飾られていることに違和感を覚えていた。記憶の中にある景色と大きく異なるこの場所は、本当に自分が作り上げた別邸なのかと疑うほどだった。


 まるで、誰かのために変えたような、そんな気がしてならなかった。

 空き部屋のはずの一室を開けると、そこには明らかに自分の趣味ではない可愛らしい部屋があった。大きなうさぎのぬいぐるみ、温かみのある家具たち、占い学に使えそうな水晶、宇宙を連想させる魔法装飾。

 そして、知らない匂い。

 どこか落ち着く、柔らかくて少し甘い香りがリヒトの鼻をくすぐった。


「(この部屋に、別の誰かの名残がある)」


 リヒトは誘われるようにそのまま奥にある机へ向かう。
 綺麗に整頓された本棚。自分が読まないような見覚えのない小説たちが目に入る。机の上にはミネルウァの指定鞄が置いてあり、中を確認すると数冊のノートと赤色の生徒手帳が出てきた。
 ページを捲ると、先ほど会った少年の証明写真と“フィン・ステラ”という名前が記載されており、リヒトは思わず目を見開く。


「ここは、さっきいた奴の部屋なのか」


 リヒトは口を手で覆い動揺した様子を浮かべる。
 エヴァンジェリンが言っていた“婚約者”というワードが脳裏をよぎる。内心驚きつつも受け流していた言葉に、いよいよ信憑性が出てきたのだ。


「フィン・ステラ……」


 一目見た時に感じたあの感情は、初めてのものだった。
 鈴を転がすような声と、澄んだ大きな瞳、唇は桜色で、今にでも吸い付きたくなるような潤いを帯びている。あの時、内なる感情が揺さぶられたのは確かだ。心をかき乱すような、そんな感覚。それが嫌で逃げてきたというのに。


「あの……」


 そこに、本邸から戻ってきたフィンが現れ、リヒトはハッとした表情を浮かべた。
 フィンは申し訳なさそうに部屋に入り、リヒトと距離をとって声をかけたが、リヒトが自身の生徒手帳を見ていることに気付き小さく笑みを浮かべる。


「ここ、僕の部屋なんです。ここにあるもののほとんどは、リヒトが与えてくれました」

「……」


 リヒトは持っていた生徒手帳を机に置くと、意を決したように振り向いてフィンと目を合わせた。


 ドクン、と強く心臓が跳ね、思わず目を逸らす。


「っ」

「?」


 フィンはリヒトの反応に首を傾げた。
 リヒトは胸の鼓動を抑えるように息を飲み、再びフィンの純粋な瞳を見た。


「私を呼び捨てにできる者は、そう多くないが。お前はその一人なのか」


 リヒトは眉間に皺を寄せそう言い捨てると、フィンはしまったと言いたげな表情で慌てる。


「ごめんなさいっ……つい」


 フィンはしょぼんと落ち込む。その様子を見ると、リヒトは何故か胸がざわついた。心も体も、何故かこの少年を知っているかのような反応をする。ただ、自分の記憶だけがそれを邪魔しているのだ。


「私が招いた訳でもないのに、易々と別邸に入れているのを見ると、信じざるをえないみたいだな。お前が私の“運命の恋人”だと言うことを」


 フィンは婚約指輪をネックレスにして持ち歩いていたため、
首にかけていたネックレスのチェーンを優しく引っ張ると、服に隠れていた指輪をリヒトに見せた。


「はい……あの、エヴァ様が言ってた通り、婚約者です……あなたの」


 フィンがそう伝えると、リヒトは目を細め少し考え口を開く。


「悪いが、お前のことは全く記憶にない。だが、この別邸の様子が明らかにおかしい。自分の知らない空間になっている。そしてお前がここにいる。私はまるで全てを忘れ、過去に戻っているような、そんな感覚だ。……きっと、私だけがおかしいのだろう?何故こうなっている?」


 リヒトは真顔でフィンを見つめると、そのまま近づき、見せられた指輪をチェーンごと引っ張った。フィンはその勢いでリヒトの方に引き寄せられる。まるで飼い主に躾けられる子犬のようだった。

 リヒトはそのまま、指輪に印字された文字を確認する。リヒトとフィンの名前が彫られており、日付は9年後のクリスマス。


「本来の時間軸は、9年後が正しいのか?」

「はい……実は、お楽しみキャンディの“若返り味”に当たって、一時的に若返ってるだけなんです。僕がリヒトの赤ちゃんの姿を見てみたいってわがままを言ってこうなっちゃって。まさか記憶まで若返るなんて」


 フィンは申し訳なさそうに真相を説明すると、リヒトは思いもよらぬ事実に拍子抜けした表情を浮かべた。
 未来の自分自身は婚約者がいて、その婚約者の我儘を受け入れている。こんな絵に描いたような幸せな時間を過ごせているのか。そう思うと、リヒトが常に抱えていた苦しさが少し軽くなった。


「……そんな馬鹿みたいな味があるのか」


 リヒトは小さく笑ってフィンを優しく見下ろすと、チェーンからそっと手を離す。やっと見せたリヒトの笑みに、フィンは少し安心した表情を浮かべた。


「信じてくれましたか?」

「そう、だな。反論が難しいくらいには……」


 リヒトは目を逸らしながら、将来の恋人相手にぎこちなく言葉を交わす。まるで、初恋の相手に照れ隠しをしながら話す少年のようだった。

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