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一年生・冬の章

みんなの特別授業②

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「どうして……そこまで……」


 ギュンターは震えた声で俯きながらそう言うと、ルイは少し考えてから口を開く。


「少なくとも、この学校に入る前のオレはそこまでお人よしじゃなかったかもな」


 ルイはそう言って笑うと、フィンを見る。


「1人で突っ走るのも一興。でも、自分を過信せず誰かに頼ることも大事だとオレはこの一年で気付いた。そして、お節介をかけるのも悪くないなと思ってる」


 セオドアはルイの言葉を聞いてけたけたと笑いながら頷く。


「俺なんてさぁ、めちゃくちゃ2人に勉強教えてもらっちゃってるよ?やっぱ成績が目に見えて上がると嬉しいし、ルイとフィンちゃんに追いつけてると思うと嬉しいワケよー」

「教えるのもとっても勉強になるよねっ」


 フィンは嬉しそうに笑いながら、朗らかに続けた。


「それに」

「ギュンターくんのこと、ずっと心配だったんです。学校に来られてないってことも知ってたんですけど……ルイくんからギュンターくんが進級のために一生懸命勉強してるってことを聞いて、じっとしてられなかったんです」


 フィンはひと呼吸置き、無垢な瞳でギュンターを見つめた。吸い込まれそうな、飛び込んでしまいたいような透き通る色素の薄い薄茶の瞳に、ギュンターはハッとする。

 突き刺さるような頭痛が一瞬過ぎった後、“とある記憶”を思い出したのだ。



----------------------------------



 場面は、リヒトがギュンターからクラウスの魂を引き剥がしたところに戻る。

 憑き物が落ちたように楽になった体。
 激しい頭の痛みと、意志に反して動かぬ手足。
 押し寄せる罪悪感。
 
 寒くて、暑くて、苦しい。呼吸がうまくできない。

 このまま死んでしまうんじゃないか……?

 そう思った時、誰かが自分の手を握った。


「ギュンターくん、しっかり……!」


 瞳はぼやけているが、声で分かった。この人は憧れているフィン・ステラだ……。
 手の温かさがやけに心に滲んで、言葉に出来ない感情が渦巻いた。真っ暗な闇の中で、一筋の光が差し込む。しかしそれと同時に、死を予感させる闇が芽吹く。


 怖い。
 助けて。


 唇を動かす。声が出ているかは分からない。
 意識が朦朧としていて、これも夢なのかもしれない。

 “憧れ”はそんな辛い感情を汲み取るように、自分の冷たい手をしっかりと握ってくれた。


「大丈夫。もうすぐ王族特務の救護隊が駆け付けてくれるんだって……!絶対に大丈夫だからね!?君は死なない!」


 涙声で必死に僕なんかを励ましてくれる。
 本当にこの人は、どうしようもなくいい人だ。

 そして何故か、この温もりで幼い兄弟達の笑顔を思い出した。


 僕が頑張らないといけないのに、こんなところで僕は終わってしまうのかもしれないという不安が拭えない。
 気付けば僕の目からは冷たいものがどんどんと溢れた。


「……ごめ、なさ」


 声帯を動かすのはこんなにも難しかったのか。
 謝罪すらも言わせてもらえないのか。

 両親に、兄弟に、
 そして怪我を負わせてしまったあなたに。


 いつしか憧れになっていた君に、ひどいことをしてしまって本当にごめんなさい。君に強い憧れを持ってしまった僕の心に、アイツクラウスが棲みついてしまった。
 君にようになりたいと思ってしまった、浅はかで恥ずかしい僕にバチが当たったのだろう。


 でも、それでも。


「……とも、だ、ち」


 ”もし僕が生きて戻ってこれたら、友達になってもらえますか“


 ずっとあなたに言いたかった言葉。
 届けたくても、伝えられなかった言葉。
 こんな状況で言うなんて、卑怯かもしれない。
 でも死んでからじゃ遅い。


「な、って、……く……ますか」


 喉を振り絞ってそう伝えた僕。
 

「うん……友達になるよ……絶対に友達になるよ!」


 温かい声がじんわりと心に広がり光が強く差す。
 見えなかったはずの目が、この時だけはっきりと、あの透き通る綺麗な薄茶の瞳を映した。




----------------------------------



 ギュンターはその記憶を思い出すと、無意識に涙が溢れた。


「おい、大丈夫か」


 ルイが驚き声をかけると、ギュンターは慌てて制服で涙を拭った。


「ご、ごめんなさい、忘れていた記憶を思い出してて」


 ギュンターはフィンを見る。


「あ、あの日、フィンさんが手を握ってくれて、僕の戯言に付き合ってくれたことを思い出したのです」

「!」


 フィンは慌てて首を横に振る。


「戯言なんかじゃないよ!?ともだち!僕たち友達になるって約束した!ルイくんもセオくんも見てたでしょ!?」

「ああ」
「見てた見てた」

「……!」


 ギュンターの顔はみるみると赤くなる。血色が悪かった顔が少し色を取り戻し、ルイは小さく笑った。


「で、その友達とやらにオレとセオドアは入ってんのか?」
「ぶーぶー、ギュンターくん、まさかフィンちゃんだけとか言わないよねぇ?」


 揶揄うような視線を送る二人に、ギュンターは慌てた表情を浮かべた。


「ぁっあのっ、えっと、こここんな僕でよろしければ、というか烏滸がましいとは思いますが、皆様よろしくお願いします!!!」


 ギュンターはそう言って深々と頭を下げると、ルイとセオドアはクスクス笑いながらギュンターの背中を軽く叩いた。そしてフィンは愛らしい笑みを浮かべてからギュンターの手を握る。


「えへへ、よろしくね」

「……はい!」


 ギュンターは大きく強く頷き、有り余る多幸感を胸に噛み締め嬉しそうに微笑んだ。
 フィンは思い出したように早速ドーナツを並べると、それを満面の笑みでギュンターに勧める。


「まずは甘いものを補給しよう!」

「はい!」

「たくさん食べてね!」

「はい!!」


 ギュンターはドーナツを頬張り、微笑みながら頷いた。

 
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