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一年生・冬の章

婚約指輪⑤

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「父上はアカシックレコードは使えない当主だったが、そんなことは気にしない前向きな性格だった。才覚もあり、持ち前の明るさで人望があった当主だったよ」


 幼い頃、父親の背中を見てきたリヒト。持ち前の明るさで友人も多く、公爵家だというのに庶民との距離感も近く領地の民にも好かれていた。優しくて、強くて、家族想い。その評価は今でも変わらない。


「幼い頃はそんな父を誇らしく思っていたはずなのに、暗い性格の俺は周りに比べられている気がして、勝手に父上を避けるようになった。不幸にも俺は、父上とは性格が真逆だった。無愛想で、気持ちを伝えることが苦手で、感情が表に出にくい。会話も得意ではなかった」


 周囲を笑顔にさせる父親が好きだった反面、自分はそうはなれないとすぐに気付いたリヒト。勉強も魔法も好きだが、周りを楽しませるようなユーモアは持っていないし、愛されるような性格もしていない。リヒトは子供ながらにそれに気付き、周囲からの期待の重圧と闘っていた。


「それでも周りの貴族達は、俺を見て期待をする。父上を見るような目で俺を見てきた。重くて、泥みたいなもので心が覆われていくようだったよ。父上の明るい性格が自分にも移れば良いのにと思っていた。それならもう少し楽に生きられるのにって」


 公爵家は大貴族の中でも特別な家柄。王族と最も近しい存在。そこに生まれた者は、死ぬまで注目され続ける定め。そんな境遇も気に入らない。だが、アルヴィスはこんな自分に期待を寄せた。


「ミネルウァに入ってからか、父上は俺に”次期当主は任せたぞ“と言った。父上の後釜を俺がやるなんてまっぴらごめんだとずっと突っぱねたよ。子供の時の俺は、父上の代わりを務めるのは荷が重かった」


 リヒトは自身の手のひらを眺めながら語ると、グラスにシャンパンを注いだ。もうここまで語っているなら、口が動く限り話そうとシャンパンを一気に飲み干す。フィンはそれを見ながら二口ほどシャンパンを口にしつつ、真剣にリヒトの話に耳を傾けた。
 フィンが真剣に自分の話を聞いてくれている。フィン相手だと不思議と気持ちがすんなりと話せると、リヒトは安心しながら話を続けた。


「父上はそんな俺に対して、過度に押し付けるような言葉は言わなかった。ただこう言ったんだ。”お前が長男だから言ってるんじゃない。私よりもいい当主になれると思って言っているんだ。私と同じ様にやる必要はないぞ“と。
 何を思ってそう言ったのか実は今でも分かってないが、なんとなく、少し肩の荷が下りたことは覚えている」


 アカシックレコードが使用できる者が当主となる中、アルヴィスは異例中の異例で当主を全うしていた。人望があり才覚があれば十分だろうと国王も推薦するぐらいだったため、誰も意を唱えるものはいなかった。国王にそこまで言わせているのだ、アルヴィスは相当当主としての才覚があった。
 そんな父親の後を、周りから距離を置かれ孤立している自分が代わりになれるわけが無いとリヒトは思い悩んだ。それでもアルヴィスは、リヒトの圧倒的な才能やセンス、思慮深さ、勝利への執着と確実な計画性を見抜いていた。フィンは、アルヴィスがリヒトを当主にしたがる理由をなんとなく理解していた。


「リヒトは、本当にアルヴィス様を尊敬してたんだね。すごく近くで見てきたんだね。だからこそ、悩んだんだね。リヒトは誰から見ても本当にすごいけど、でも、リヒトの”すごい“はアルヴィス様だったんでしょう?」


 フィンの的確な言葉に、リヒトは目を見開いた後俯き加減で頷いた。


「ああ……俺は周囲に完璧だと言われ続けたが、一体何を見てそう言っているんだと腹が立っていたんだ。どう見たって父上の方が俺からすれば完璧だった。ちゃんとシュヴァリエ家を背負っていた。みんな父上が好きだった」


 愛される才能を持つアルヴィスと、見てくれと才能だけで羨望を集めるリヒトはそもそも別のベクトルだ。どちらも才能であり、非凡であることは確かだが、リヒトはそれに気付かなかった。


「ねえ、好きの数って大事なのかなあ」


 フィンは眉を下げながらリヒトに問いかけつつ続ける。


「確かにアルヴィス様はたくさんの人に好かれてたかもしれない。それがアルヴィス様の愛され方だと思う。でもね、リヒトのことをちゃんと知ってる人は、ちゃんとリヒトのこと好きで、信頼してて、理解してると思うんだ」


 フィンはこれまでに出会った、リヒトと関わっている人達を思い出す。シュヴァリエ家の者以外に、時期国王のアレクサンダー、副学長のエリオット、そして大魔剣士のシルフィー。さらに、ソレイユ騎士団のキースとミル、ミスティルティン魔法図書館の人達。深く関わる人たちは、アルヴィス同様、リヒトの性格を知った上でもなお理解を示している。
 アルヴィスと同じ性質を持たずしても、リヒトは多く憧れを持たれている。フィンは学院で過ごす中でそう感じることが多かった。


「リヒトは今まで通り、そういう人たちをちゃんと大事にしていけばいいと思うんだ。そしたらね、今度はその人たちがリヒトの苦手なことをフォローしてくれる。リヒトが誤解されないように、リヒトが大変な時にみんなが助けてくれる。リヒトはちゃんと愛されてるよ」


 基本仕事をこなしている時のリヒトは言葉足らずで、淡々とした言動は時に誤解されやすい。それは“公爵家だから”という自尊心というよりは、そもそものリヒトの性格だ。
 そんなリヒトでも、気を許した仲間はいる。その仲間達はリヒトの絶対的な味方になってくれるとフィンは語る。


「リヒトはすごいよ。僕の恋人はすごいなぁって毎日思ってる。ルイくんとセオくんもリヒトのこと尊敬してる!クラスメイトのみんなも、リヒトに憧れてる人ばかりなんだよ?そんなひとが僕の恋人なんて、信じられないなぁ」


 フィンはリヒトの手を握り屈託のない笑みを浮かべる。
 全ての澱んだ気持ちが払拭されるような、心のどこかに溜まり続けていた泥が洗い流されていくような、そんな笑顔だった。


「……ねぇフィン」


 リヒトはフィンを引き寄せて深く抱き締める。


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