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一年生・冬の章

婚約指輪④

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「でも、リヒトは僕の前ではいっぱい笑顔を見せてくれるよ?」


 ツリー前で座ってアルバムを見ていたフィンは、アルバムを持ってリヒトの横に寄り添うように座るとにぱっと笑みを浮かべる。


「それは、俺がフィンを溺愛してるから自然にそうなるんだよ。君がそうさせてる。自分でも、こんなに笑えるのだと驚いているくらいだ」


 リヒトはそう言ってチョコレートが入った一口サイズのパイを手に取ると、フィンの口元まで持っていく。


「ずっと見ていられるし、叶うことなら一日中視界に入れておきたい」

「い、一日中……そんなに見られるのはちょっと恥ずかしいかも」


 フィンは照れながらもまるで餌を与えられた雛のようにパクッとそれを頬張ると、幸せそうに笑みを浮かべ咀嚼した。リヒトもまた、そんなフィンの姿を見て多幸感に包まれる。


「(おいひい)」

「(可愛いな……)」


 咀嚼を終えてごくんと飲み込んだフィンは、自分を見つめるリヒトを見て目を潤ませる。


「でも、ずっと見ててくれるの安心する」


 無防備な笑みで擦り寄るようにリヒトに甘えるフィンに、リヒトは嬉しそうに目を細めた後口角を上げる。


「ふーん。そんなに安心してて良いの?襲っちゃうかもよ?」


 耳元でそう囁くリヒトに、フィンは思わずビクッと体を震わせた。


「っ!?」


 フィンは怯える子猫のように固まり顔を赤くすると、リヒトは可笑しそうに笑ってフィンの頭を撫でた。


「ははっ、面白い反応だな」

「もー。そうやってからかって……あ、家族写真!」


 フィンは再びアルバムに目を通しページを捲ると、本邸の前で撮られた家族写真を見つけて目を見開く。


「ああ、ちょうどミネルウァに入る前、別邸に住み出して間もない頃だろう。我ながら酷い顔をしているな」


 別邸を作ることに心血を注いだ所為か、うっすら目の下にクマを浮かべ血色の悪い顔のリヒトの写真。フィンはその写真を見ると、アルヴィスが語った過去のリヒトの話を思い出し切なげな表情を浮かべた。
 リヒトはそれを察し、真顔で口を開く。


「フィン。父上と母上が君に何を話したか、なんとなく予想はしているんだ」

「え……」


 フィンはピクッと反応を示す。


「俺の過去の話をしていたんだろう?」


 話の内容をいきなり当てられ、フィンは動揺し目を泳がせた。リヒトは「やっぱりな」と呟いて小さく笑う。そして、嘘をつくことが苦手なフィンにずるい聞き方をしてまったことに罪悪感を感じ目を細めシャンパンに口をつける。


「その……リヒトが色々と苦労してた話を少しだけ聞いたの(アルヴィス様、ごめんなさい!バレちゃいました)」


 フィンはアルバムをそっと閉じてテーブルに置き、シャンパンをゴクっと飲んで意を決したようにリヒトの方に向き直った。


「さっきは内緒にしてごめんね……」


 フィンはギュッと目を瞑り申し訳なさそうに謝罪をすると、リヒトは小さく首を振る。


「いや、いいんだ。フィンが謝ることじゃない。いつか話そうと思いつつ、嫌われたらと思うと踏ん切りがつかなかった。お世辞にも昔の俺はフィンに優しいと思ってもらえるような行いはしてこなかったから。
 なんとなく知っているだろう?俺が外では冷徹だと言われ近寄りがたい存在なのを」


 フィンにはとびっきり甘い言葉を囁いたり、宝物のように接するリヒト。しかし、普段はそんな姿からは想像出来ないほど無口で、淡々と任務をこなし、余計なことを語らない完璧主義者。
 大貴族という家柄、誰もが魅了される美しい容姿、非の打ち所がない才能、王族特務という最高の地位、湯水のように使っても決して減ることのない財産。全てを手にしている存在は周りから注目されるのは当たり前。
 常に完璧であるために努力していたリヒトは、他人にも自分にも厳しかった。


「僕は今のリヒトしか知らないから、昔はどんな子供だったんだろうとか、気になっていないわけじゃなかったんだけど……。確かにリヒトはちょっと怖がられてるかもしれないけど、でも第一王子だったり、副学長だったり、大魔剣士様だったり、いろんな人に慕われてる。
 リヒトは自分にも厳しいから、見えないところで色々な努力してたんだろうなって思うと、本当に尊敬してるんだ」


 リヒトは決して怖がられているだけではないとフォローするフィン。


「尊敬か。フィンからそう言われるのは心から嬉しい。もっと頑張ろうと思えるよ。だからこそ、過去の自分から逃げるのはやめなくてはな」


 リヒトは自分を勇気づけるフィンを見て一瞬目を細め笑うと、過去の自分に向き合うようにスッと真顔になった。そして暖炉の中でゆらめく炎を見つめながら話をし始める。

 
「……昔、少年だった俺は周囲に冷たかった。他人が俺をどう思おうがどうでも良くて、鬱陶しいと突っぱねても群がって俺に愛を嘆く人達が心底嫌いだった。俺にはその愛を理解できることが出来なかったから。
 仲のいい両親が好きなはずなのに、成長していくにつれて自分が他人を愛する気持ちを理解できないことに気付くと、二人がひどく羨ましいと感じるようになった」


 恋愛感情が欠落している自分に気付き、家族としての愛さえも疑うようになったリヒト。それでも周囲はリヒトの美しさに強く惹かれ、どんなに拒絶してもそれすら尊いと崇める。自分の分からない感情を押し付けられる嫌悪感に苛まれ、複雑な感情がリヒトの精神を苛んだ。


「負の感情は止まらなかった。“自分はおかしいんだ”、”欠落している“と思うようになると、愛の象徴みたいな二人が煩わしくて、そんな自分を余計嫌いになっていたんだ。
 なぜあの二人の子供として生まれてしまったのか、なんて思ったこともあった」


 リヒトはそこまで話すとシャンパンを飲み干し俯く。リヒトはあまり自分の気持ちを他人に話すのは得意ではない。それでもアルコールの力を借りつつ、あの時の心情を赤裸々に吐露していった。


「(過去の話をこんなにしてくれるリヒト、初めてかも……)」


 フィンは目を細めリヒトの話を真剣に聞く。


「姉様も母親譲りの愛情深い人だし、天真爛漫で明るい性格をしていた。冷たく接しても変わらず真っ直ぐに俺に接してくれたが、俺はそんな風には出来なくて余計に自己嫌悪に陥ったよ」


 リヒトは写真に目を向け、真顔の自分の横で笑みを浮かべるエヴァンジェリンの顔を見て目を細めた。そしてその後、自分の肩に手を乗せてはにかむアルヴィスの顔を見る。


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