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一年生・冬の章

当主が生まれた日

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「もう、いってしまうのですね」


 フィンはしゅんとした表情でアルヴィスとジャンヌを見つめる。旅立とうとする二人は、フィンの表情を見て和やかな表情を浮かべた。


「ティタノマキアに行く魔導船が蛮族から攻撃を受けてな。あちらへ行く便が著しく減ってしまった。今日を逃すと、ひと月以上も先になってしまう。そうなると、残したメンバーが大変だからね」


 アルヴィスは苦笑気味でそう言った。


「シエルとノエルは一晩中泣き疲れちゃって、今気持ちよさそうに寝てるから起こさないで行こうと思うわ。後で怒られるかもしれないけど、頼んだわね」


 ジャンヌはフィンに申し訳なさそうに笑いかけると、アルヴィスの方を向いて頷く。アルヴィスはそれを見ると同じように頷き、フィンを見た。


「ーーーーフィン。あの子を救ってくれて、ありがとう」

「っ……!」


 アルヴィスの柔らかく温かな声が、フィンの心に溶けるように優しく広がっていく。


「フィンちゃん、あの子をよろしくね。本当にありがとう」

「そ、そんな、僕の方こそ……!」


 リヒトの心の穴を埋めて明るい道へ引っ張り上げたフィンを、ジャンヌは感謝の気持ちを込めて力強くお礼を言った。
 フィンの手を両手で包み込み、その温かさに涙を溢しそうになるフィン。


「僕の方こそ、お礼を言わせてください。こんな僕に温かく接してくれて、本当にありがとうございます」


 フィンはペコリと深くお辞儀をする。


「息子をこれからも頼む。あの子は一途だし、君を裏切ったりはしない。私が保証する。だがそれは同時に、君を失えばどうなってしまうか分からないほど強い気持ちを持っている。それは君にとって毒にならないか、それが聞きたい」


 イザックは運命の恋人に強い愛情を持ち、束縛を示す腕輪を作ったり、出来るだけ側にいさせるほどの狂愛っぷりが手記に残されていた。アルヴィスはその手記を思い出し、リヒトもおそらくそんな愛情の質を持っていると考えさらに続ける。


「溺れるほどの大きく深い愛情だ。一歩間違えれば、君は息が出来なくなる。リヒトが持つ愛情はおそらく、そんな愛だろう?そんな愛でも、君はずっとあの子を愛せるかい?」


 アルヴィスの問いかけに、フィンは優しい笑みを浮かべる。


「僕、こう見えて泳ぐのは得意なんです。溺れません!」


 フィンの回答に、アルヴィスは目を見開いた。


「それに、僕はリヒトの愛を怖いと思ったことはないんです」

「ははっ、面白い子だな本当に。まさに、魂で惹かれ合うというのはこういうことなのだろう」

「今回、帰って来れて本当によかったわ。また帰ってきた時も、必ず会いましょうね」


 ジャンヌはふわっと優しい笑みを浮かべた。


「とりあえず、うちに来てくれれば一生金には困らない。それは保証する。なんていったってうちは王族にも勝る資金力を誇るからな」


 アルヴィスがグッと親指を立てると、ジャンヌは眉を下げ困ったように笑った。


「ちょっとアルヴィス。雰囲気台無しじゃないの」

「ふふ」


 フィンは可笑しそうに笑って二人のやり取りを眺める。そんな時、カツカツとヒールの音を鳴らしながら、エヴァンジェリンが慌てた様子で走ってきた。


「お父様!お母様!」


 息を切らせたエヴァンジェリン。その手には銀色のネックスレスが二つ握られており、それをそれぞれに手渡す。


「間に合ったわ……これ、私が作ったネックレスなんだけど、仕上げはリヒトに頼んだの。私は魔石に疲労回復と少しだけど治癒効果の魔法をかけているのだけど、リヒトはティタノマキアの毒を無効化できる魔法を組んだみたい。思ったよりすごいのができちゃった」


 埋め込まれた魔石には、尋常ならざるエネルギーを感じる。アルヴィスは目を丸くした。


「すごいな……これを売ったら大儲けだぞ」

「こんな短時間でよくこんな精錬されたものを」


 アルヴィスとジャンヌは驚きつつもお互いにネックスレスを付け合い、満面の笑みを浮かべた。


「ありがとう、エヴァ」
「大事にするぞ」


 エヴァンジェリンもまた、嬉しそうに笑みを浮かべ二人に抱き付く。
 そんな家族の様子を見てほっこりとしたフィンは、ハッとした表情を浮かべ、リヒトの姿を探し辺りを見回す。しかし、どこにも見当たらず不安げな表情を浮かべた。


「(リヒトはこないのかな……)」


 それを察したアルヴィスは小さく笑みを浮かべた。


「気にしなくて良い。いつもリヒトは私達を見送らないんだよ」

「そうなんですか?」

「名残りというやつさ。当主を押し付けて旅立った日からずっと、あの子は私達を見送らなかった。自分が当主であることを認めないと、無言の反発だよ」


 アルヴィスはそう言って切なげに笑った。


「ーーーー遅くなりました」


 しかし、意外にもリヒトはその場所に現れる。
 正装姿で、家紋を模した刺繍が施されたローブを羽織り凛とした表情の出立ちは、血の繋がった家族でさえも息を飲むほどの神々しい姿だった。

 この登場に、一同驚きの表情を見せる。


「リヒトっ……!?」


 ジャンヌは口を手で覆い目を潤ませる。


「お前、その格好は」


 アルヴィスは口をパクパクさせ狼狽えた。


「ええ。まさか、当主のローブに袖を通す日が来るとは思いませんでした」


 リヒトが家督を継ぎ、当主だけが着ることの許される正式なシュヴァリエ家のローブ。このローブ姿は、実はフィンも見たことがなかった。普段着ているのは、ミスティルティンでの館長の制服や王族特務の服、シンプルな普段着に、時々シュヴァリエ家の家紋が胸に入った服。
 そのどれもが洗練されたものに間違いないが、当主のローブはここまで別格なのかと目を見開く。


「綺麗」


 フィンは目を輝かせながら小さくそう言うと、リヒトは目を細め小さく笑みを浮かべる。


「ようやくこれを着る覚悟ができました」


 警備をする騎士団や、迎えの騎士団達も、リヒトの正装に大いに感動した様子で視線を送る。


「いってらっしゃいませ、父上、母上」


 リヒトがすっと頭を下げると、曇り空から光が差し込み、あっという間に晴れ空となる。そんな神々しい姿を見たアルヴィスとジャンヌは、満足そうに笑みを浮かべて馬車に乗り込んだ。全員が見守る中、馬車はふわりと浮かんだ。


「いってきます」


 リヒト以外は手を振ったり声をかけたりしていたが、リヒトは凛とした表情で見上げるだけ。それもリヒトらしいと、アルヴィスとジャンヌは目を見合わせ笑った。


「結婚式、何年後か知らないが、必ず呼ぶんだぞー!」


 飛び立つ寸前、アルヴィスは大きな声でそう言って手を振ったのであった。





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