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一年生・冬の章

リヒトの欲しいもの②

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「チョコレートでも買って帰ろうか」


 問い詰めたい気持ちをグッと抑え、とりあえずフィンが風邪をひかないように早々に帰ろうと歩き出す。
 “ドーラ・ショコラティエ”に入ったリヒトは、オススメのチョコレートを買うとそのまま別邸までフィンの手を離さず歩いた。


「(結局リヒトに買ってもらっちゃった……)」


 普段ならチョコレートを買うと大喜びするフィンが、今日に限っては浮かない様子のため、リヒトは心配そうにフィンに視線を送る。
 プレゼントをあげるつもりが、結局いつも通りリヒトに与えられてしまったことでフィンは少し焦りを感じていた。そんなフィンに追い打ちをかけるように、広場のベンチに座るとある子女二人組の会話が聞こえてくる。


「それでね、貰うのが当たり前だと思ってるの?って言ったら彼が黙っちゃって」
「えーなにそれ!やっぱり庶民とじゃ釣り合わないわよ、貴女与えてばっかりじゃない」
「たまにはプレゼントぐらいして欲しいわよねぇ」
「そうよねー。そんな彼、


 普段なら気にするような内容の話ではないが、今のフィンには堪える内容。


「(捨てられる)」


 ネガティブモードのフィンは一気に表情を青ざめさせ、無意識にリヒトの手を強く握って瞳を震わせた。
 リヒトはそれに気付き、困ったように少し目を見開く。


「(一体何があったんだ……)」


 別邸に着くと、リヒトはそのままフィンを連れて暖炉のある部屋に行きソファに座らせる。暖炉は自然に火が灯され、冷えた部屋は徐々に暖かくなっていった。


「……」


 フィンは大人しくソファに座ったまま目を泳がせる。
 リヒトはその横に座り、白状しろと言わんばかりにフィンの顔をこちらに向かせ口を開く。


「フィン、どうしたの」

「……」

「黙ってちゃ分からない……教えてくれ。そうでないと、寂しい」


 リヒトはフィンの手をとり自分の心臓にあてて、寂しそうな表情を浮かべ顔を近付ける。
 自分が仕事で目を離している隙に何があったのか、どんな心情の変化があったのか、リヒトは気になって仕方がなかった。

 フィンは、リヒトを喜ばせたかったはずがそれが出来なかったこと、考えても何を与えたら喜んでくれるか分からなかったこと、いつもしてもらってばかりでたまにはリヒトを労いたかったこと、それを説明するべきだと頭で分かっていても、喉が熱くなり思うように言葉が出ずただ瞳を震わせた。
 そんな態度がリヒトを不安にさせているのに、上手く話せない。


「リヒト、あの、」


 フィンは震えた声で目をぎゅっと閉じリヒトの服を掴む。


「ん……?」


 リヒトはようやく口を開いたフィンに耳を傾けた。
 フィンは言葉の整理がつかぬまま、先程の子女達の会話が頭の中をループし一人焦燥感に苛まれる。


「ぼく……捨てられちゃう?」


 ようやく捻り出した言葉。リヒトは訳がわからず困った表情でフィンを見下ろすと、俯く相手の顔を両手で包んで自分の目を見させた。
 不安げに揺れる大きな瞳が、リヒトの庇護欲を駆り立てる。


「どう言う意味だ……フィンを捨てる?俺が?」


 リヒトが確認のためそう問いかけると、フィンはぶわっと大粒の涙を浮かべぽろぽろと涙を流し始めた。


「っ!?」


 リヒトはそれを慌てて指で優しく拭うと、心配そうに顔を近づけ額にキスをしてから見つめる。


「フィン、一体どうしたの。俺の目を見て、少しでいいから教えて?泣いてる理由を」


 フィンは言われた通りリヒトの瞳を見つめる。宝石のように輝くブルーの瞳が美し過ぎて、フィンはぼーっとした表情で相手を見つめ続ける。その間もぽろっと小さな涙の粒がフィンの瞳から溢れて、リヒトはその度に指で拭い堪らなくなって触れるだけのキスをした。
 フィンの唇は少しひんやりとしていて、それでいていつも通り柔らかい。リヒトはその唇を温めるように何度も繰り返し唇を押しつけた。


「ん……」


 フィンはキスをされる度ピクッと肩を震わせるが、嫌がるそぶりは見せず次第に唇に熱を持ち始める。
 リヒトはそれを確認するように舌でフィンの唇を軽く舐めると、そのまま唇を離してフィンを見つめた。


「ごめんね……泣いている顔も可愛いから我慢できなかった」


 突然キスをしたことを謝罪するリヒト。フィンはカーッと顔を赤くしながら小さく首を横に振って「大丈夫」と返答した。その後はごしごしと目を擦ると、靴を脱いでソファーに正座しリヒトを見つめる。


「ん、話してくれる気になった?」


 リヒトはすりすりと赤ちゃんのようなフィンの頬を撫でながら笑みを浮かべると、フィンはコクリと小さく頷いた。


「……あのね、リヒト」


 ようやく語り始めるフィン。
 アレクサンダーがご褒美と称してシルフィーにプレゼントをしていたことをきっかけに、自分もリヒトに感謝の気持ちを伝えるためにプレゼントをしたかった。しかし、いざとなるとリヒトに何を贈ればいいか分からず、何が欲しいかも分からなかったため途方にくれていたことを説明した。
 結局リヒトにチョコレートを買ってもらってしまい、極め付けに子女の会話が聞こえ、このままでは自分はいつか捨てられてしまうと焦ってしまったとフィンは俯きながら語る。

 一通り聞き終えたリヒトは、キョトン顔でフィンを見た。


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