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一年生・冬の章

リヒトの欲しいもの①

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「んー、リヒトは何が欲しいのかなあー?」


 バイトを終えたフィンは一等地のお店が多い通りに訪れふらふらと彷徨う。あれよこれよと店を覗くも、リヒトが欲しいと思うような物が分からないフィンは途方に暮れていた。
 それもそのはず、普段のリヒトは特に何か欲しがっているような発言をしないため、フィンには見当もつかなかったのだ。さらにリヒトはこの国で最も誉れ高き大貴族。欲しいものは何でも手に入る立場のため、フィンがバイトをして溜めたお金で買ったプレゼントはその規模に届くことはない。


「(リヒトのこと大好きなのに、リヒトが何を貰ったら喜ぶのかわからない……)」


 次第にとぼとぼと落ち込んだ様子で歩くフィン。


「(リヒトはいつも僕のこと喜ばせてくれるのに、僕は何もしてあげられてないなあ)」
 

 ショーウィンドウを眺めながら歩くフィンは、それからも色々な店に入っては出ることを繰り返した。
 そうこうしているうちに気付けば日が暮れかけており、困った表情で歩いていたフィンは、初めてリヒトと訪れたチョコレート屋”ドーラ・ショコラティエ“を見つけ思わず立ち止まる。


「あ……」


 懐かしいなあと小さく笑みを浮かべるフィン。あれから季節が過ぎてもう冬になった、と寒空を見上げた。訪れる冬の匂いは、生まれ育った北部を思い出させた。
 チョコレートの匂いでお腹がなったフィンはハッとした表情を浮かべる。


「もうこんな時間!どうしよう」


 時計を見たフィンは困った表情を浮かべた。



 一方、フィンのおかげもあってか思ったよりも早く仕事を終えたリヒトは、王城にある研究室を訪れシャルロットに資料を渡すとそのまま翻訳についての説明をした。


「……という訳です。この解釈が正しければ、この魔道具は王国で問題なく作製出来るかと。いくつかは代用品が必要なのと、勿論魔法技師の手助けは必須ですが、それについては手配しておきました」


 リヒトの完璧な仕事ぶりにシャルロットは感嘆する。


「うう、さすがシュヴァリエ公爵です!短納期でよくぞここまで正確な翻訳と素晴らしき解釈、これであればすぐ作製に取りかかれるのです」


 シャルロットは煤けた白衣を纏いながら目を輝かせ、両手で掴んだ資料を眺める。


「最も難関だった部分を、手助けしてくれた天使がいたもので」

「天使?」


 シャルロットが首を傾げ聞き返すと、リヒトは咳払いをし真顔のまま何事もなかったように話を続けた。


「いえ、なんでも。その翻訳の通り、薬剤についてはフルニエ伯爵の店で手に入る物が多い。そちらの調達は任せます。では」


 リヒトは一礼をして背を向ける。


「了解なのです!シュヴァリエ公爵、本当にありがとうございましたです。ここから先は任せてくださ~い!」


 リヒトがシャルロットの研究室を出ると、シャルロットはタイニーエルフの小さな体で飛び跳ねて満面の笑みを浮かべて手を振ってそれを見送った。

 王城を後にしたリヒトは、馬車から見る景色を見てふと日が暮れかけていることに気付く。フィンへのお土産でも買っていこうと一等地の通りに降りたリヒトは、”ドーラ・ショコラティエ“の前で立ち尽くすフィンの姿を見つけた。


「(フィン?)」


 フィンは少し笑ったかと思えば、空を見上げて切なげな表情を浮かべる。放っておいてしまうとどこかにいってしまうのではないかと思わせるような儚げな雰囲気が、リヒトの胸を強く揺さぶった。
 リヒトは背後から近付いて声をかける。


「フィン、どうしたのこんな所で」


 突然、柔いリヒトの声が耳に飛び込んできたため、フィンは慌てて振り返る。


「リヒト!なんでこんなとこに!?」


 フィンは一歩後退り、嬉しさと驚きが混ざった表情を浮かべた。こんなタイミングで街で出くわすとは思っていなかったため、リヒトへのプレゼントを考えていたフィンは思い出したように激しく動揺を示す。


「フィンこそ、ここで何をしていたの?ミスティルティンの制服のままだし。なにか探し物?欲しいものがあるなら買ってあげるから言ってほしい」


 フィンはバイトから終わって家に寄らずそのまま一等地に来たのであろうと推測したリヒトは、首を傾げながらフィンを問い詰める。いつもなら家に一度寄って着替えてから出かけるはずなのに、それをしなかったということはそれほどまで急いで何かを探している。
 フィンはリヒトの質問にどう答えようか迷い俯く。


「え、えっと、その、欲しいものとかはなくて」


 動揺するフィンを見て様子がおかしいと思ったリヒトは、気になって仕方がない様子で顔を近付けじっと目を見つめた。


「……ん?ならどうしてここに」


 リヒトの問いかけに、フィンはビクッと肩を震わせ目を合わせようとせず首を横に振った。


「え、えと、ちょ、ちょっと散歩してただけっ」


 フィンは一生懸命誤魔化そうと手をばたばた振って必死に言い訳をするが、明らかに何か隠しているような雰囲気だったため、リヒトは眉を顰めた。


「……本当に?」


 リヒトはじとーっとした表情でフィンを見下ろし問いかけるが、フィンは目を泳がせながら小さく震えるように頷く。


「(嘘が下手だな……)」


 リヒトは疑いの眼差しでフィンを見たが、とりあえず一旦詮索をやめてフッと笑うとポンポンと頭を優しく撫でた。


「今日はフィンのお陰で早く仕事が終わった。だからお礼に何か買ってから帰ろうと思ったら、偶然フィンを見つけたんだ」

「!」


 撫でられたフィンは嬉しそうに目を細めると、リヒトが一等地の商店街にいる理由を知って優しさに胸が温かくなりおずおずと見上げる。


「(僕のために、何か買ってくれようとしてたんだ)」

「フィン、上着も着ないで体が冷えてしまう。俺の上着……いや、地面に引き摺ってしまって不恰好になるかな」


 リヒトはフィンの冷えた頬をスリスリと撫でると、自身の王族特務の上着を脱いで着せようと試みた。
 しかし、背丈がどう考えても合わない上着をフィンに着せても可笑しくなるなと苦笑をして、とりあえずフィンの冷えた手を握る。



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