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一年生・冬の章

王子は大魔剣師を労いたい①

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 タバサは驚いていた。
 長年勤めているミスティルティン魔法図書館でこんな光景が見られるとは思ってもいなかったからだ。


「まさか、第一王子のアレクサンダー様、大魔剣師のシルフィー様、そして公爵家嫡子でミネルウァの副学長を務めるエリオット様が同時に来店するなんて……」


 受付に立つタバサはわなわなと震え、ズレたメガネを直しながらその様子を見守った。
 三人は周囲の視線を気にすることなくキョロキョロ辺りを見回しタバサの方へどんどん向かっていく。


「こ、こっちにくる~!?いけないわタバサ、平常心平常心。”D“のトップとして堂々としないと。そういえばあの三人は館長のご友人、粗相のないように特に注意しないと」


 タバサは身なりを整えて背筋を伸ばすと、堂々とした表情で受付に立ち三人を見据える。

 中心を歩くアレクサンダー。王子を示す冠は付けておらず完全にお忍びの様子だが、美しいブロンドと淡く煌めいた緑の瞳、そして何よりも圧倒的ハイエルフの存在感がアレクサンダーを目立たせていた。国政に携わることも多く、各地を視察する王の代わりに国を任されているアレクサンダーは時期国王確定。
 あまりの迫力に、タバサはゴクリと喉を鳴らした。


「(稲妻王子……!なんて迫力なの!)」


 そしてその右を優雅に歩くシルフィーに視線をずらすタバサ。凛とした表情で蝶のような華やかさを放ち、涼しげな目元の奥に宿る芯の強さが美しさをより引き立てた。小貴族から王族特務になれる例は少なく、また女性初の大魔剣師ということもありシルフィーはかなりの大出世。
 大魔剣師になった当時はショートヘアーでまるで美少年のような出立ちだったため、女性ファンも多い。最近は婚活するため髪を伸ばしたという噂がある。


「(大魔剣師様、やっぱりすごく美人っ……!!)」


 そしてその逆側を歩くエリオットは、知的な雰囲気を纏わせてはいるが、学生時代エスペランス祭での驚くほどの血の気の多い戦い方をし、鮮やかな紅い髪色も相まって”鮮血のエリオット“と騒がれるほど有名だった。
 ハイエルフの血は抑えられないと言わんばかりのワイルドさを持ち合わせつつ、リヒトと成績を争ったと言われるほど頭脳明晰。そのギャップに惹かれるファンが多い。


「(あんなに知的で優しそうな雰囲気なのに、戦うと血の気が多いエリオット様!たまらない!)」


 次の小説はこの三人をモデルにしようかと内心興奮状態のタバサ。アレクサンダーは受付に到達するとタバサを見て口を開いた。


「すまない、尋ねたいことがあるのだが」

「は、はひっ!王子様」


 緊張のあまり変な返事をしてしまったタバサは、軽く咳払いをしてから王族に対する作法で礼をすると、緊張した面持ちで続ける。


「何かお探しでしょうか」

「シルフィーが読みたい本があるそうだが、名前が思い出せないようだ」


 アレクサンダーはシルフィーを指差して笑みを浮かべる。


「は、はぁ、どんな本でしょうか?」


 タバサはシルフィーの方を向き、ずれたメガネを直しながら問いかける。


「ここ数ヶ月で発売された本らしいんですけど、なんかこう、美味しそうな名前というか、長い名前です」


 シルフィーはうーんと頭を悩ませながら首を傾げる。


「お、美味しそう?」


 タバサは目を丸くする。


「随分と流行った恋愛小説らしい。私もアレクもあまりそういうのは読まないから疎いんだ」


 エリオットが困ったように笑って説明すると、タバサは心当たりのある本を思い出す。


「……もしかして“アイスクリームとフレンチトースト”でしょうか?」
 

 美味しそうなタイトル、流行った恋愛小説、ここ数ヶ月で発売されたもの。自分の作品以外に有り得ないと思ったタバサは恐る恐るそう訪ねると、シルフィーは目を見開いた。


「そうそうそれそれ!」

「(やっぱり)」


 タバサは内心ガッツポーズをする。


「貸し出しでよろしいでしょうか?購入されるなら販売エリアにも置いてあります。根強い人気で、ちょうどこの間重版したばかりなんです」

「ほう。プレゼントしてやるぞシルフィー」


 アレクサンダーはニコッと笑みを浮かべる。


「んー。そうねー。買う価値あると思いますか、店員さん」

「へ」


 思いもよらない質問が飛んできたため、タバサは返答に困り狼狽える。


「シルフィー、買ってもらえるなら遠慮せず素直に受け取ればいいのに」


 エリオットは眉を下げクスクスと笑う。


「だって、面白くなかったらお金勿体無いじゃなーい」


 いくら稼いでいようと金銭感覚が庶民のままのシルフィーは、眉を顰めながら唇を尖らせた。庶民で本を買うのはかなりの出費。決して安いとはいえないため、シルフィーは難色を示す。


「おいおい、本一冊で国が傾くと思っているのか」


 アレクサンダーはじとっとした顔でシルフィーを見る。


「どうせ買ってくれるなら、アーマープレートとかカッコいい戦闘用ブーツがいいんだけど」


 目を輝かせるシルフィーに、アレクサンダーは顔を引き攣らせる。


「色気の無い注文だな……仕事に必要な物は申請すればいくらでも買えるだろう、騎士団の予算を使え予算を」

「何よケチ!」

「王子に向かってケチとはなんだ」


 アレクサンダーとシルフィーのやり取りを見ていたエリオットとタバサは、互いに目を合わせて困ったように笑った。
 エリオットはそっとシルフィーの近くに行きこそっと耳打ちをする。


「シルフィー、きっとアレクはプライベートで使うような物を買ってあげたいんだよ。今回シルフィーには大変な任務を任せちゃったから、労いたいんじゃないか?」

「……!ふーん」


 シルフィーはアレクサンダーの意図に気付くと、満更でも無いような表情を浮かべた。
 昔から戦いに必要な物以外を欲しがらないシルフィー。欲しい物は自分で買って完結させることが多く、他人にねだることなど一切なかった。
 男に何かをねだるなんて、とプライドがあったシルフィーだったが、今回は甘えようかと軽く息を吐く。


「久しぶりの長期休暇だし、ゆっくり家で本を読むのもいいわね。去年エリオットから貰ったお洒落な本棚がまだ寂しいしね」

「!」


 アレクサンダーは嬉しそうにシルフィーを見る。

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