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一年生・冬の章

友人よ幸せに③

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「レイピアを知らないか?細身で先の尖った……」

「それぐらい知ってるわよ!!!」

「声が大きいな」


 リヒトは眉を顰める。ここまでくると、いちいち怒りを表しても無駄だと気付いたシルフィーは、リヒトがこういう性格だと受け入れてとりあえず相槌を打つことにした。
 それに、あの冷徹で知られるリヒトが自分が起きるまで待ち、あろうことかアドバイスをしてくるという状況も意外だったこともあり、シルフィーはリヒトの言葉を聞き入れる方向に気持ちを傾けた。


「……で、何でそう思うのよ」

「体力も人並み、筋力もそれ以上上げることは体質的に難しいだろう。そんなお前が重たい剣を振るったことで、これ以上飛躍的に強くはなれない」


 正論を言って退けるリヒトに対し、シルフィーは眉を顰める。


「そ、それはそうかもだけど……だったら軽い片手剣にするとかでも良いじゃない。レイピアは少し特殊というか……振り方を変えなきゃいけないわ」

「レイピアはその刀身の細さ故に破損しやすい。 斬撃、刺突の双方において取り扱いの難しい武器だ。だからこの国でレイピアを完璧に使いこなす者は少ない。
 だが今日のお前の戦いを見て思った。このデメリットはお前にとってはメリットになる」


 リヒトはそう言って立ち上がると、シルフィーは慌てて口を開く。


「ちょっと!メリットって何?詳しく説明しないさいよ」

「悪いが時間だ。私はお前と違って出場する種目が多い」

「はあ!?」

「ただ努力するだけで報われると思うな。適性を見極めてこその努力だ。出来ないことは一生出来ない。出来ることを極限までやれ」


 リヒトはそう言って背を向ける。


「ちょっ……なんなのよもう、ここまで来て肝心の部分は説明しないわけ!?」


 リヒトはシルフィーの言葉を背で受けつつ扉の方まで向かうと、一度立ち止まり振り向くことなく口を開いた。


「私は卒業後、王族特務・大魔法師に就任することになった。お前が何年かかるか知らないが、大魔剣師として就任した暁には、国に迷惑をかけないような働きをするんだな」


 リヒトはそう言って軽く笑い颯爽とその場を離れると、残されたシルフィーはポカンとした表情を浮かべる。


「何アイツ……言いたい事だけ言って消えた」


 一人取り残されたシルフィーはボフッと音を立てて質の良いベッドに再度沈んで天井を見上げた。


「でも、私の夢を笑ったりしない人だった」


 シルフィーが目指すものは魔剣師ではなく大魔剣師。狭き門である王族特務になるには並大抵の力では到底及ばない。口に出せば笑われるような夢だったが、リヒトは決して笑わなかった。
 シルフィーはベッド横に置かれた心を許す存在でもある相棒の片手剣を眺め、一人寂しそうな表情を浮かべる。


「レイピアか。アンタとお別れしなきゃなのかな……。
 それにしてもあの男、卒業したら王族特務になるってもう決まってるんだ。すごい。私もいつかなれるかな?」


 弱気になって呟くシルフィーの耳に、扉をノックする音が飛び込むピクっと肩を震わせる。


「レディ・シルフィーはいるかい?」


 聞き覚えがあるようで無い声に、シルフィーはとりあえず「どうぞ」と声を出した。


「失礼」

「!?!!」


 扉を開けたのがまさかの人物だったため、シルフィーは目を見開き激しく動揺した。


「お、王子!?」


 第一王子アレクサンダーの登場に、シルフィーは顔を赤らめ目を回す。アレクサンダーは美しい金髪を耳にかけながらシルフィーの元へ近付くと、シルフィーは失礼がないようにと慌ててベッドから出ようとした。


「待て、そのままでいい。君は怪我人なんだから安静に」

「っ、あ、お、お、恐れ入ります」


 シルフィーは緊張した様子で返事をする。


「ん。座っても?」

「あ、はい、もちろんです!!」

「すまないね、怪我をして大変な時に。疲れているだろう」


 威厳がありつつも威圧しないよう物腰柔らかく話すアレクサンダーは、椅子に腰掛けながらシルフィーを気遣う。


「い、いえ!!こんな傷大した事ないので!!本当に!」


 シルフィーは首を大きく左右に振った。


「そんな事ないだろう。剣の先をその手で受け止めているんだ。傷が残ってもおかしくないぐらいの深傷に決まっているのに」


 アレクサンダーはシルフィーの包帯巻きの手を見てそのまま続ける。


「でも驚いたよ、君の勝利への執念は。見事だ」


 アレクサンダーは凛とした表情でシルフィーを褒めた。


「……でも勝てませんでした」


 そう言って俯くシルフィー。


「いやいや、それでも君はリヒトの顔面に蹴りを入れたじゃないか」


 アレクサンダーはそう言ってにっこりと笑みを浮かべ指を立てる。シルフィーは「そういえば!」とわなわな震えた。
 先程訪れていたリヒトの頬は微かに赤かったことを思い出すシルフィー。もしやその件で怒られるのかと思ったシルフィーは顔を青ざめさせた。


「王子のご友人に、申し訳ありません……!」


 アレクサンダーはリヒトと同じくミネルウァに通っており、かなり仲が良いということも噂で聞いていた。
 シルフィーが慌てて謝罪すると、アレクサンダーは「ふはっ」と屈託なく笑う。


「何故謝る?蹴ってはいけないというルールは無かったではないか。というかスカッとしたよあれ、もう一回見たいぐらいだ。あははっ」


 アレクサンダーが思い出し笑いをしながら朗らかな雰囲気を放つため、シルフィーは驚きつつもほっと胸を撫で下ろした。


「(良かった、怒られるかと)」

「あのいつもすましてるリヒトが、まさか女の子に蹴られるなんて傑作だよ。血を出すところもレアだしね。あの冷徹男にも赤い血が流れていてほっとしたな」

「(なんかボロクソに言ってない?本当に友達なの?)」


 シルフィーが困った表情を浮かべていると、アレクサンダーはそれに気付き咳払いをした。


「すまない、一人で盛り上がっていた」

「いえ……その、用事があってこちらへ?」

「ああ。友人であるリヒトの非礼を詫びようと。口が悪くて申し訳ない。さぞ不快に思っただろう」


 不快に思ったことは図星だったので苦笑するシルフィー。

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