上 下
256 / 318
一年生・冬の章

友人よ幸せに②

しおりを挟む
「俺も全力でサポートする!」
と、レイに誠心誠意言われても、リルはあまり頼もしく思えなかった。
でも、目の前の闇に呑み込まれそうな久居は、なんとかしなきゃと思う。
(どうしよう……。久居を焼かないように、闇だけ焼くなんて、ボクに出来るかな……)
久居の呼吸は苦しそうな音だけど、整えようとしてるのか、少しずつ少しずつ、ゆっくり落ち着いてきてる。
これなら、待ってれば、久居が自分でなんとかできるんじゃないのかな……?

ほんの少し首を傾げたリルに、レイが提案してくる。
「まずは、あのはみ出てる、久居から遠い部分から火球で焼いてみるか?」

「久居! ボクの声聞こえる?」
レイを無視したリルの言葉に、闇の塊がゆらりと揺れる。
「……リル……っ」
小さな小さな声が、リルの耳にだけ届いた。
「ボクが闇を焼いた方がいい? このまま待っとくほうがいい?」

「……焼いて、くださ……っ」
途切れ途切れに、それでも久居から手助けを求められたのが、リルには分かった。

久居に助けてって言われた。
その事実が、リルに力を与える。
「分かった。ボク頑張るね!!」
にっこり笑って元気に答えて、リルは指をまっすぐ久居に向けると、いつものように、ふわりと柔らかく炎で包んだ。

「リル! 久居まで焼く気か!!」
レイが焦って叫ぶので、リルは煩そうにレイ側の耳をパタパタさせながら答える。
「これは、久居を守る炎だから大丈夫だよ。あと、レイ声が大きすぎるよぅ……」
「そ、そうか、すまない……」
レイがしゅんとする。
非常識な程の音量では無かったつもりのレイだが、リルの耳には煩すぎたのだろうと素直に反省している様だ。

炎は、闇をも優しく包み込んでいる。
(この炎では、闇も一緒に包んでしまうけど。
 闇だけ。闇だけ溶かしたい……。
 久居は溶かさないように、闇だけ、そうっと溶かす……)
リルが炎に集中する。
白っぽかった炎が、徐々に水色に近付いてくる。

久居は、全身を暗い闇に重く絡み付かれていたが、その外から、何かふわりと温かいものに包まれたような感覚を受ける。
(これは、リルの炎ですね)
炎のおかげか闇の締め付けがじわりと緩む。
その隙に久居は呼吸を整える。
菰野の姿を、ひたすらに眼裏へ映しながら。

一瞬でも気を抜くと、自分への怒りで我を忘れてしまいそうだった。

冷静である事すら出来ない。
己の不甲斐なさ、情けなさに、またじわりと怒りが湧く。
それをまた、必死で封じ込める。
こんな事をもう何度繰り返しただろうか。
久居は、どうしようもない徒労感に苛まれる。
こんな無様な自分を許す事など、到底出来そうにもない。
だとすれば、この状況はどうすれば良いと言うのか。

じりじりと、しかし確実に、気力も体力も削られてゆく。
足元から這い寄る絶望は、既に久居の足首を掴んでいた。


リルの耳に、呼吸を落ち着かせかけては、また激しく乱される、久居の絶え間ない苦しみの音が届く。

「ねぇレイ、久居はもしかして、怒ってるの?」
リルに尋ねられて、レイが努めて静かに答える。
「あ、ああ。久居は、自分が母親と弟を殺したと言っていた。
 おそらく、守れなかった自分が許せないんじゃないか?」
「そうなんだ……」
(久居にも、どうにもならなかった事があるんだ……)
リルは、つられて悲しくならないよう、慎重に心を調え、炎に込めてゆく。

炎は、うっすらとした水色から、秋の空よりも深く美しい澄みきった青へと、輝きながら少しずつ色を変える。

「何してるんだ?」
尋ねるレイに「ちょっと黙っててね」とリルが答える。
いつの間にかリルの額には汗が浮かんでいた。
レイが、リルの集中を邪魔してしまった事に気付いてまたしゅんとなる。

(久居、ボクは……)
リルが目を閉じる。
(久居が居てくれたから、ボクはここにいるよ)
ついに、久居を包む炎の全てが、空よりもずっと鮮やかな青に染まる。
(いつだって、久居が助けてくれた)
限りなく力を注ぎ続けるリルの指先が、冷え切って震えだす。
指先から全てが炎に溶けてゆきそうな感覚に、怯えてしまいそうな自分の心をリルは必死で支える。
きっと、自分よりもずっと、久居の方が今は苦しい。
ボクも返したい。久居にもらった温かい物を。
(……ボクの心も命も、ずっと、全部、久居が守ってくれてたよ)

リルはそっと目を開く。
涙が一粒、零れて落ちた。

(久居、届いてる……?)
しおりを挟む
感想 153

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

マジで婚約破棄される5秒前〜婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ悪役令息は一体どうしろと?〜

明太子
BL
公爵令息ジェーン・アンテノールは初恋の人である婚約者のウィリアム王太子から冷遇されている。 その理由は彼が侯爵令息のリア・グラマシーと恋仲であるため。 ジェーンは婚約者の心が離れていることを寂しく思いながらも卒業パーティーに出席する。 しかし、その場で彼はひょんなことから自身がリアを主人公とした物語(BLゲーム)の悪役だと気付く。 そしてこの後すぐにウィリアムから婚約破棄されることも。 婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ一体どうしろと? シナリオから外れたジェーンの行動は登場人物たちに思わぬ影響を与えていくことに。 ※小説家になろうにも掲載しております。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について

はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。

王命で第二王子と婚姻だそうです(王子目線追加)

かのこkanoko
BL
第二王子と婚姻せよ。 はい? 自分、末端貴族の冴えない魔法使いですが? しかも、男なんですが? BL初挑戦! ヌルイです。 王子目線追加しました。 沢山の方に読んでいただき、感謝します!! 6月3日、BL部門日間1位になりました。 ありがとうございます!!!

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

処理中です...