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一年生・秋の章<それぞれの一週間>

アイスクリームとフレンチトースト④

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「どっちも得意ではない」


 紅茶を啜っていたリヒトは、問いかけに対してむすっとした顔で答えると、タバサはまるで予想していたかのように首を左右に振る。


「言うと思ってましたー。では、強いて言うならどっちが好きですか?」

「……」


 リヒトは眉を顰め考えるが、どちらも好きと言い難いため口を閉ざす。


「ちなみにフィン君は、全くの逆を答えました。“どっちも好き”って。可愛いですよねもう」


 タバサがフィンを引き合いに出すと、リヒトは少し笑みを見せる。


「(お、笑った。やっぱりフィン君が大好きなのね)」


 タバサは内心ニヤニヤが止まらない。


「フィンは甘い物が好きだからな。どっちかを選べと言われても難しいんだろう」


 リヒトが柔らかい表情でそう答えると、タバサはふふっと声を出して笑う。


「でもその選択肢に“チョコレート”があったら、フィン君はなんて答えます?」

「チョコレートを選ぶに決まってる」


 タバサの問いかけに、リヒトは即答した。


「そうです。フィン君はチョコレートが絶対的な一番って決まってるんですよー」


 タバサの言葉に、リヒトは“当たり前だ”と言いたげな目でタバサを見る。


「それも本当に絶対的なんですよ。目の前に超高級で二度と食べることができない美味しいアイスクリームと、一粒の普通のチョコレートがあればどっちがいい?って聞いたんです。そしたら迷わずチョコレートって」


 リヒトは少し目を見開く。


「普通ならば、そんなに美味しいアイスクリームがあるのであれば、そっちを食べてみようって思いません?でもフィン君はチョコレートが良いんですって。何の変哲もない普通のチョコレートでも、そっちが良いって」

「……確かに少し変わっている。よっぽど好きなんだな」


 甘いお菓子は全て好んで食べるフィンだが、その中でもチョコレートは別格。言い換えれば、チョコレートがあれば他のお菓子は無くなっても構わないということになる。


「フィン君の中では、絶対的な一番は譲れない。恋愛に言い換えると、案外フィン君は頑固なのかもしれないです。一番好きだと確信したら、もうそれが絶対になる。何があってもどんな誘惑があっても、即答できるぐらいにね」


 タバサは小さく微笑みながらそう言うと、リヒトは伏し目がちになった。


「それで館長。質問を変えますけど好きな食べ物はありますか?」

「……好きだと胸を張って言えるようなものは今は思いつかない。そうだな、美味しいと思ったらしばらくそれを食べる癖があるが」


 どうせ時間を消費するのであれば、美味しいと思えるものを食べ続けたいという本音を語ったリヒトは、さらに続ける。


「最近は……食べ物より、食事の時間自体が好きになった」


 タバサは目を見開き瞳を輝かせた。目の前にいるのはかの有名な大魔法師であり公爵でありミスティルティン魔法図書館の館長なはずだが、冷たく思えたその瞳は、愛情のこもった温かい瞳に変わっていたのだ。
 フィンと摂る食事の時間が楽しみになっているリヒトは、何を食べるかというよりも、フィンと一緒に食事をする時間が愛おしくて堪らない。相手が美味しそうに食べる表情を見ながら食事を摂ると、不思議と何でも美味しく感じる。



「(館長……貴方がそんな瞳をするなんて……フィン君ってすごいわ!すごすぎる!!ああ!!新作書きたい!!!!制作意欲がとまらない!!!!!)」


 タバサは鼻血抑えながら悶えていると、リヒトはさらに続ける。


「ああでもそうだな……フィンの作る手料理は美味しかった。今まで食べた食事で、一番美味しいと思った。毎日食べたいぐらいに」


 リヒトはフィンの手料理の温かさを思い出すと、自然と優しい笑みを浮かべた。
 タバサはその笑顔を見て安心した笑みを浮かべ目を閉じる。


「そうですか。よく分かりました……館長にとっては食事は内容ではないということが。確かに一人で食べる料理は少し味気なく感じますよね」

「……それで、何が分かったんだ?」


 リヒトは普段の真顔に戻り問いかける。


「そうですね……食事というのは恋愛観に通ずるものがあると思ってるんですが、館長は食事に対する考えが少し他とは違うので……難しいですね」


 タバサはそう言って悩み、ようやく口を開く。


「あくまで予想ですけど、館長は恋愛の面では非常に寂しがり屋で、愛情に貪欲ですかね。
 何かに執着しにくい分、執着すると二度と離さないと言わんばかりにどっぷりハマってしまいます。
 それも強烈ですね、束縛や過保護、許されるならずっとくっついて離れたくないって感じですか?
 あぁ、あと嫉妬深いですかね。相手が誰かと仲良くしているだけでそわそわしちゃいます」


 淡々と述べるタバサに、リヒトは眉を顰め顔を引き攣らせる。


「おい。今までの会話でなぜそこまで考えが及ぶんだ」

「恋愛マスターのタバサにかかればこんなものです。伊達に六十年生きているわけではありませんからねぇ~。間違ってましたか?」


 タバサはケラケラと笑いながら冗談混じりでそう言うと、リヒトは否定することなく溜息を吐いた。


「(腹立たしいが図星だ……)」


 黙りこくり紅茶を啜るリヒト。


「(図星なんだわ……)」


 タバサは手を合わせてにんまり笑う。


「相性はピッタリだと思いますけど。一番を譲れないフィン君と、執着すると離れない館長。お互いが一番だったらそれはもう永遠です」


 タバサがそう説くと、リヒトは目を少し見開きフィンの姿を思い浮かべる。愛する者が自分に愛を囁く瞬間を思い出し、リヒトは思わず立ち上がった。


「帰る」


 そろそろフィンが帰ってくる時間だ、とリヒトは時計を確認した。


「へ!?あ、そうだ感想を!」

「……」


 立ち上がったリヒトは扉の前でピタッと止まり、少し悩んだ後に振り向くことなく口を開く。



「最後が良かった。国同士が和解して、それによって結婚出来た二人の最初の朝食が、フレンチトーストにアイスクリームを乗せたものだったな。なんとなく、そこに全ての幸せが表現されていたようにも思う」


 主人公とその恋人が結婚し、お互いの好きな物を合わせたものを初めての朝食として食べる描写があった。
 途中の様々なエピソードよりも、その描写を選ぶリヒトにタバサは目を見開く。
 リヒトはそれを言い残すと、そのまま扉を開いて別邸へと帰っていった。


「……そうなんです。あの些細なシーンが、アイフレの幸せを象徴する私が一番気に入ってる部分だった」


 タバサは嬉しそうに笑みを浮かべると、メラメラと燃えながら眼鏡をかけ直す。


「よーし!!!新作、一ヶ月で書き上げるわよ!!!!」


 その一ヶ月後、エルムの最新作“蜂蜜の束縛”は今までで最もヒットすることとなり話題を集めることになったのであった。



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