上 下
205 / 318
一年生・秋の章<それぞれの一週間>

アイスクリームとフレンチトースト②

しおりを挟む


「リヒトに会いたくて急いじゃった」

「急がなくても俺は逃げないのに」


 フィンは当たり前のようにリヒトの膝に乗って擦り寄ると、優しい笑みを浮かべリヒトの顔を撫で、自らリヒトに口付けをする。


「ん……フィン、どうしたの急に」


 唇が離れると、リヒトは少し驚きつつも嬉しそうにそう問いかける。するとフィンは、リヒトから目を逸らしやがて小さく口を開いて話をし始めた。


「僕ね、時々、リヒトがいなくなっちゃう気がして怖くなる時があるの」

「……」

「おかしいかもしれないけど、幸せな時間が増えるたびにふと怖くなっちゃって」


 その感情に常に覚えのあるリヒトは、思わず目を見開く。愛が強くなるほどに、“もし相手が急に居なくなってしまったら”と想像して不安になる感情。いつまでも自分を好きでいてくれるのかという未来への焦燥。


「こんなこと言ったらリヒトは絶対に怒っちゃうかもだけど……僕ってやっぱり、鈍臭くて、昨日だって気付かないうちにお酒たくさん飲んじゃってリヒトに迷惑かけちゃったし……一人じゃ何も出来ないしそのくせごはんはたくさん食べちゃうし……。
 外に行くとね、王都に住むひとがみんな輝いて見えるの。昨日行った一等地は貴族のひとだらけで、僕なんて本当に場違いなのかもって思っちゃって」


 フィンは切なげに微笑みながらリヒトを見て話を続けた。


「だからね、時々やっぱり思っちゃうんだ。リヒトは僕といることで恥ずかしい思いをしちゃってないかな、とか……僕なんかどうして好きなんだろう?って」

「……」

「リヒトの周りにはいつも綺麗なひとばかり集まってて、いいなあお似合いだなあ……って」

「……っ」


 切なげなフィンの言葉を否定しようとリヒトは口を開く。しかしそれよりも前にフィンが「でもね」と声を発したことで、リヒトは何も言うことはなくその後に続く言葉を待った。


「でも、最近はね、そう思った後に僕の方がリヒトのこと好きだもんっ!って思うの。僕といるリヒトが本当のリヒトなんだもんって。これが優越感……なのかな?
 嫉妬しちゃっても、そうやって思うと楽になったの」


 リヒトはフィンの言葉に目を見開く。


「(フィンが嫉妬……?)」


 一緒に訪れた王城のパーティーでも、フィンはどこか少しリヒトから距離を置いていたことを思い出すリヒト。他の貴族から声をかけられる度、フィンは一歩離れたところでそれを見ていた。


「祝勝会の時のリヒト、ちょっと見たの……楽しそうにお酒飲んでてて……僕もあんな風に飲めたら、リヒトは楽しいかなって」


 エスペランス祭の後の祝勝会でも、フィンはひっそりとアレクサンダーやエリオットと酒を交わすリヒトの方を眺めていたのだろうか。リヒトが、仲睦まじく酒を飲む姿に、自分もあんな風にお酒を飲めたらと願ったフィン。


「だからあんなにお酒を……?」


 思わぬ理由が飛び出したことで、リヒトは目を丸くし自身の頬を掻く。フィンはもじもじしながらコクリと頷いた。


「ご、ごめんなさい。はやく大人になりたくて気付いたらたくさん」

「……」


 リヒトは無言でフィンを抱き締めると、フィンの肩に顔を埋めた。自分と同じ石鹸を使っているはずなのに、フィンの匂いはどこか落ち着く。
 フィンはリヒトの頭を撫でてふわりと笑みを浮かべると、さらに続けた。


「僕、ちょっと大人になったのかも……こうやって悩むことが、愛情なのかなって思ってて。
 少し前の僕だったら、まだちょっと分かってなかったと思うんだ。ただただリヒトが好きで嬉しいって思うことばかりで。
 でも、今は不安になったり、嫉妬しちゃったり、焦ったり。最近読んだ恋愛小説といっしょだなーって」

「……!」


 相手を信じていても、拭いきれない不安な気持ち。自分ばかりが相手を愛して、束縛して、心配ばかりして。一方的に感情をぶつけてしまっては自己嫌悪に陥る。それでもやめることができない。
 そんな気持ちは、フィンは持ち合わせていないと思っていた。だが、形は違えど似たような感情をフィンが吐露したことに、リヒトは安堵した表情を浮かべる。


「俺だけじゃなかったのか……」

「うん!……きっとね、案外ふつうなんだよ、僕もリヒトも」


 フィンはそう言ってにっこりと笑いリヒトの肩を掴んで見つめた。


「俺は少し度が過ぎると思うが……?」


 リヒトは困ったように視線を逸らした。とてもじゃないが、自分が恋愛小説の枠に嵌るとは思わないと我ながらに呆れて眉を顰める。


「でも僕は好きだよ。それじゃダメ?」


 フィンの愛くるしい微笑みに、リヒトは少し顔を赤らめる。


「いや、ダメじゃないよ。それで良い」


 リヒトはそう言ってフィンに口付けをし、長い間何度も何度も唇を重ねた。そうしていると、自然と心で絡まる複雑な糸が解けていって、相手と強く結ばれるような気持ちになる。
 ひとしきり口付けを交わして抱き合った二人は、お互いに目を見合わせて笑い合った。



「ちなみに、その恋愛小説はなんて言うタイトルだ?」

「んーとね、“アイスクリームとフレンチトースト”だよ!とっても素敵だった」

「変わったタイトルだな」


 どちらもフィンが好んで食べるものだ、とリヒトは内心思った。


「主人公はアイスクリームが好きで、相手の人はフレンチトーストが好きなの。最後の方でねー、お互いの」


 フィンが話をしようとすると、リヒトはフィンの口を手で覆う。


「ネタバレはダメだ」


 リヒトはそう言って手を離すと、フィンは目を丸くした。


「リヒト、恋愛小説読むの?」

「読んだことはないけど、その一冊ぐらいは読もうかな」

「そっかぁー!最近出たばかりの人気なやつだからたくさんあるけど、借りられてないといいねぇ」

「……」





---------------------------------------------------


 翌日、リヒトはミスティルティン魔法図書館を訪れると、“アイスクリームとフレンチトースト”が置いてあるエリアに一人佇む。


「(空だな……そんなに人気なのか?)」


 よほど人気なのか、何冊も置いてあるはずの本は全て貸出中の様子で、リヒトはその場を離れようとする。


しおりを挟む
感想 153

あなたにおすすめの小説

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

R指定はないけれど、なんでかゲームの攻略対象者になってしまったのだが(しかもBL)

黒崎由希
BL
   目覚めたら、姉にゴリ推しされたBLゲームの世界に転生してた。  しかも人気キャラの王子様って…どういうことっ? ✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻  …ええっと…  もう、アレです。 タイトル通りの内容ですので、ぬるっとご覧いただけましたら幸いです。m(_ _)m .

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

【BL】婚約破棄で『不能男』認定された公爵に憑依したから、やり返すことにした。~計画で元婚約者の相手を狙ったら溺愛された~

楠ノ木雫
BL
 俺が憑依したのは、容姿端麗で由緒正しい公爵家の当主だった。憑依する前日、婚約者に婚約破棄をされ『不能男認定』をされた、クズ公爵に。  これから俺がこの公爵として生きていくことになっしまったが、流石の俺も『不能男』にはキレたため、元婚約者に仕返しをする事を決意する。  計画のために、元婚約者の今の婚約者、第二皇子を狙うが……  ※以前作ったものを改稿しBL版にリメイクしました。  ※他のサイトにも投稿しています。

魔力なしの嫌われ者の俺が、なぜか冷徹王子に溺愛される

ぶんぐ
BL
社畜リーマンは、階段から落ちたと思ったら…なんと異世界に転移していた!みんな魔法が使える世界で、俺だけ全く魔法が使えず、おまけにみんなには避けられてしまう。それでも頑張るぞ!って思ってたら、なぜか冷徹王子から口説かれてるんだけど?── 嫌われ→愛され 不憫受け 美形×平凡 要素があります。 ※総愛され気味の描写が出てきますが、CPは1つだけです。

処理中です...