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一年生・秋の章<それぞれの一週間>
アイスクリームとフレンチトースト②
しおりを挟む「リヒトに会いたくて急いじゃった」
「急がなくても俺は逃げないのに」
フィンは当たり前のようにリヒトの膝に乗って擦り寄ると、優しい笑みを浮かべリヒトの顔を撫で、自らリヒトに口付けをする。
「ん……フィン、どうしたの急に」
唇が離れると、リヒトは少し驚きつつも嬉しそうにそう問いかける。するとフィンは、リヒトから目を逸らしやがて小さく口を開いて話をし始めた。
「僕ね、時々、リヒトがいなくなっちゃう気がして怖くなる時があるの」
「……」
「おかしいかもしれないけど、幸せな時間が増えるたびにふと怖くなっちゃって」
その感情に常に覚えのあるリヒトは、思わず目を見開く。愛が強くなるほどに、“もし相手が急に居なくなってしまったら”と想像して不安になる感情。いつまでも自分を好きでいてくれるのかという未来への焦燥。
「こんなこと言ったらリヒトは絶対に怒っちゃうかもだけど……僕ってやっぱり、鈍臭くて、昨日だって気付かないうちにお酒たくさん飲んじゃってリヒトに迷惑かけちゃったし……一人じゃ何も出来ないしそのくせごはんはたくさん食べちゃうし……。
外に行くとね、王都に住むひとがみんな輝いて見えるの。昨日行った一等地は貴族のひとだらけで、僕なんて本当に場違いなのかもって思っちゃって」
フィンは切なげに微笑みながらリヒトを見て話を続けた。
「だからね、時々やっぱり思っちゃうんだ。リヒトは僕といることで恥ずかしい思いをしちゃってないかな、とか……僕なんかどうして好きなんだろう?って」
「……」
「リヒトの周りにはいつも綺麗なひとばかり集まってて、いいなあお似合いだなあ……って」
「……っ」
切なげなフィンの言葉を否定しようとリヒトは口を開く。しかしそれよりも前にフィンが「でもね」と声を発したことで、リヒトは何も言うことはなくその後に続く言葉を待った。
「でも、最近はね、そう思った後に僕の方がリヒトのこと好きだもんっ!って思うの。僕といるリヒトが本当のリヒトなんだもんって。これが優越感……なのかな?
嫉妬しちゃっても、そうやって思うと楽になったの」
リヒトはフィンの言葉に目を見開く。
「(フィンが嫉妬……?)」
一緒に訪れた王城のパーティーでも、フィンはどこか少しリヒトから距離を置いていたことを思い出すリヒト。他の貴族から声をかけられる度、フィンは一歩離れたところでそれを見ていた。
「祝勝会の時のリヒト、ちょっと見たの……楽しそうにお酒飲んでてて……僕もあんな風に飲めたら、リヒトは楽しいかなって」
エスペランス祭の後の祝勝会でも、フィンはひっそりとアレクサンダーやエリオットと酒を交わすリヒトの方を眺めていたのだろうか。リヒトが、仲睦まじく酒を飲む姿に、自分もあんな風にお酒を飲めたらと願ったフィン。
「だからあんなにお酒を……?」
思わぬ理由が飛び出したことで、リヒトは目を丸くし自身の頬を掻く。フィンはもじもじしながらコクリと頷いた。
「ご、ごめんなさい。はやく大人になりたくて気付いたらたくさん」
「……」
リヒトは無言でフィンを抱き締めると、フィンの肩に顔を埋めた。自分と同じ石鹸を使っているはずなのに、フィンの匂いはどこか落ち着く。
フィンはリヒトの頭を撫でてふわりと笑みを浮かべると、さらに続けた。
「僕、ちょっと大人になったのかも……こうやって悩むことが、愛情なのかなって思ってて。
少し前の僕だったら、まだちょっと分かってなかったと思うんだ。ただただリヒトが好きで嬉しいって思うことばかりで。
でも、今は不安になったり、嫉妬しちゃったり、焦ったり。最近読んだ恋愛小説といっしょだなーって」
「……!」
相手を信じていても、拭いきれない不安な気持ち。自分ばかりが相手を愛して、束縛して、心配ばかりして。一方的に感情をぶつけてしまっては自己嫌悪に陥る。それでもやめることができない。
そんな気持ちは、フィンは持ち合わせていないと思っていた。だが、形は違えど似たような感情をフィンが吐露したことに、リヒトは安堵した表情を浮かべる。
「俺だけじゃなかったのか……」
「うん!……きっとね、案外ふつうなんだよ、僕もリヒトも」
フィンはそう言ってにっこりと笑いリヒトの肩を掴んで見つめた。
「俺は少し度が過ぎると思うが……?」
リヒトは困ったように視線を逸らした。とてもじゃないが、自分が恋愛小説の枠に嵌るとは思わないと我ながらに呆れて眉を顰める。
「でも僕は好きだよ。それじゃダメ?」
フィンの愛くるしい微笑みに、リヒトは少し顔を赤らめる。
「いや、ダメじゃないよ。それで良い」
リヒトはそう言ってフィンに口付けをし、長い間何度も何度も唇を重ねた。そうしていると、自然と心で絡まる複雑な糸が解けていって、相手と強く結ばれるような気持ちになる。
ひとしきり口付けを交わして抱き合った二人は、お互いに目を見合わせて笑い合った。
「ちなみに、その恋愛小説はなんて言うタイトルだ?」
「んーとね、“アイスクリームとフレンチトースト”だよ!とっても素敵だった」
「変わったタイトルだな」
どちらもフィンが好んで食べるものだ、とリヒトは内心思った。
「主人公はアイスクリームが好きで、相手の人はフレンチトーストが好きなの。最後の方でねー、お互いの」
フィンが話をしようとすると、リヒトはフィンの口を手で覆う。
「ネタバレはダメだ」
リヒトはそう言って手を離すと、フィンは目を丸くした。
「リヒト、恋愛小説読むの?」
「読んだことはないけど、その一冊ぐらいは読もうかな」
「そっかぁー!最近出たばかりの人気なやつだからたくさんあるけど、借りられてないといいねぇ」
「……」
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翌日、リヒトはミスティルティン魔法図書館を訪れると、“アイスクリームとフレンチトースト”が置いてあるエリアに一人佇む。
「(空だな……そんなに人気なのか?)」
よほど人気なのか、何冊も置いてあるはずの本は全て貸出中の様子で、リヒトはその場を離れようとする。
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