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一年生・秋の章<それぞれの一週間>

アイスクリームとフレンチトースト①

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「んー……」


 早朝に目を覚ましたフィンは、ゆっくりと起き上がって寝ぼけた表情で欠伸をする。


「あれ……?いつの間に寝たんだろう?もう朝になってる……!!」


 フィンはお酒を1、2杯飲んだ後の記憶が全く無いことに気付き動揺を示した。


「でも、ちゃんと着替えてる。リヒトかなー?」


 綺麗に寝間着を着ていることに気付くと、おそらくソファーで眠ってしまった自分を、帰宅したリヒトが着替えさせてベッドに寝かせてくれたのかと思ったフィンは申し訳なさそうな表情を浮かべてベッドを出た。


「お酒って怖いなぁ……記憶なくなっちゃうなんて。でもちょっとしか飲んでないのに」


 べッドから出たフィンは、リヒトの姿を探す。
 リビングルームに行くと、リヒトの姿は無いが代わりに昨晩飲んでいたチョコレート酒の瓶だけが置いてあった。


「あれれ!?半分も減ってる!?僕こんなに飲んじゃったんだ」


 残量を確認したフィンは目を丸くし記憶を辿るが、いつの間にそんなに飲んだのだろうと眉を顰めながらリビングルームを出る。すると同時に、シャワーを浴びたリヒトが廊下に現れた。


「リヒト!」


 フィンは石鹸の香りを放つリヒトに駆け寄る。
 リヒトは予想外にフィンの登場に驚きつつ、頭を撫でながら口を開いた。


「フィン、もう起きたの?まだ寝てていいのに。具合は悪くない?」


 リヒトはシャワーを浴びて再びベッドルームに戻ろうとしていたのか、早すぎるフィンの起床に動揺を示しつつ体の心配をする。


「目が覚めちゃったの。ちょっと頭痛いかも……」

「あれだけ強いお酒をたくさん飲んだんだ、頭も痛くなるよ」

「あのねリヒト、僕記憶なくて……あんなに飲んじゃったなんて信じられないの。ベッドに運んでくれてありがとう」


 フィンがそう言って笑みを浮かべリヒトを見上げると、リヒトは複雑そうな表情をする。


「……もしかして、覚えてない?昨日のこと」


 リヒトはフィン両頬をすりすりと撫でながら首を傾げた。


「うん……?お酒を二杯ぐらい飲んでる時の記憶はあるんだけど、そこから先はあんまり覚えてないの」


 フィンは考えるそぶりを見せながら目を閉じ「うーん」と唸ってもう一度思い出そうとするが、全くと言って良いほど記憶が抜けていたため諦めたように笑う。
 リヒトは少し複雑そうに、されど少し安心した表情でフィンを見下ろすと、ぎゅっとフィンを抱き締めた。


「フィン。もう一人であんなに飲んではダメだよ……?強いお酒を半分も飲んでたし、ソファーでぐっすり眠っててびっくりした。しばらくは俺がいないところで飲むのは禁止」

「う、うん……ごめんなさいっ」


 フィンは申し訳なさそうな表情でリヒトの言葉に頷く。


「分かってくれたならいいよ。酒は失敗して覚えていくとは言うけど、フィンには失敗させたくないな」


 リヒトはそう言ってフィンを抱き締め続ける。
 強く抱き締められたことで、フィンは何かを思い出したように目を見開く。

 脳裏によぎる微かな記憶。

 リヒトが涙を流す光景だ。


「あ……そうだ。あのね、リヒトの夢を見たの」

「俺の夢?」

「うん。リヒトが泣いてる夢……僕のことぎゅーってしながら」


 フィンが切なげにそう言うと、リヒトは目を見開き明らかな動揺を見せる。


「……そっか。随分と変な夢をみたんだね」


 リヒトはクスッと軽く笑みを浮かべてフィンを見下ろすと、フィンは途端にじっとリヒトを見上げる。


「リヒト、目がちょっと腫れてるよ……?」


 フィンは心配そうにリヒトの顔を引き寄せると、愛らしい眼差しでじっと見つめ続け、瞼に優しくキスをした。


「大丈夫……?」

「あ、あぁ」


 リヒトは目を細め、少し戸惑いながら返事をした。


「それに、ちょっと元気ない……よね?」


 いつも通りのリヒトではあるが、なんとなく雰囲気が違う。
 フィンはリヒトの顔をじっと見つめ続けると、相手が動揺したように目を逸らし、不自然に顔を背けた。


「気のせいだよ……。ほらフィン。起きたならシャワーを浴びておいで。昨日はそのまま寝てしまったからね。
タオルとか着替えは置いてあるから」


 リヒトは話を逸らすようにフィンにシャワーを促すと、フィンは「うん……」と不思議そうに返事をしてシャワールームを目指す。
 

「(なんだか今日のリヒト、ちょっと変かも)」


 リヒトの背を見つめたフィンだったが、そのままシャワーを浴びに行った。
 フィンが背を向けたところで、リヒトは少し振り返りフィンの背を見送る。


「(泣いて目が腫れるなんて子供か俺は……)」


 リヒトは顔を顰めながら執務室に逃げ込み、指を鳴らして氷を出す。


「フィンがシャワーから出る前に、この情けない目はなんとかしないとな」


 悲しいとか、嬉しいとか、そういった単純な感情で流した涙ではない。
 どうしようもなく溢れるフィンへの愛情と、呆れるほど止まらない黒い独占欲が入り混じり、そんなぐちゃぐちゃな愛情を受け入れて欲しいと願う身勝手な自分を優しく包みこんだフィンへの懺悔の涙だった。


「(昨日のことは、内緒にしておこう……)」


 フィンを気が済むまで愛し尽くした夜。フィンが眠ると、その穏やかで多幸感を感じさせる寝顔がリヒトの感情を甘く揺さぶっていた。そしてその寝顔を愛おしく思いながら、無意識に泣きそのまま眠ってしまったことは覚えている。
 だからなのか、目の腫れはしつこくて、なかなか去ってはくれなかった。


「はぁ……」


 優しいフィンだから、きっとまだ自分を心配している。鈍感な恋人だが、変に鋭い時があって、それが今発揮されているのだ。
 数十分経った後、フィンはタオルで髪を拭きながら執務室をノックする。リヒトは慌てて氷を消すと、ふぅっと一息吐いて口を開いた。


「……おいで。随分と早いね」


 リヒトがそう声をかけると、フィンは扉を開き、同じ石鹸の匂いを放ちながら勢いよくリヒトに抱き付く。
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