上 下
200 / 318
一年生・秋の章<それぞれの一週間>

酔いどれ天使が堕ちる夜⑤

しおりを挟む



 それに気付いたリヒトは、フィンのほんのり赤く温かな頬を撫でる。ふわっとした赤ん坊のような頬に癒されたリヒトは目を細め安心したような表情を浮かべた。


「フィン。ごめん、起こしちゃったね」


 フィンはリヒトの言葉が聴こえているかどうか分からない表情で、ただただうっすらと目を開け潤んだ瞳でじっと相手を見上げる。そのまま上半身をゆっくりと起こし、ぼーっとした表情でリヒトを見つめ続けた。


「(あれ、僕いつからねてたんだろ……?記憶がないや……すごくぼーっとする)」


 思い出そうとしても、アルコールのせいなのか思考が低下し記憶も曖昧だったため、フィンはぼーっとしたまま首を傾げる。その仕草が愛らしいと感じたリヒトは、少し悶えながらも口を開いた。


「……フィン、大丈夫?飲み過ぎかな」


 心配するリヒトに対し、フィンは可愛らしいしゃっくりで返事をする。


「ふふ、お水飲もうか(しゃっくりまで可愛いな)」

「んん……おみず、のむ」


 口渇感を感じたフィンは、しゃっくりをしつつリヒトの提案に頷くと、リヒトは指を鳴らした。テーブルにはあっという間に水差しとコップが出現すると、リヒトは水をコップに注いでフィンにそっと手渡す。


「持てる?」

「もてる」


 フィンはそれを持とうとするも、手元がおぼつかない様子で落としそうになる。


「持てないね」

「うう」

「俺が飲ませてあげる」


 リヒトはクスッと笑いコップを持ってフィンの唇に飲み口を優しく押し付けると、ゆっくりと傾ける。
 

「ちょっとずつ飲んで。零してもいいからね」


 フィンはリヒトの心地の良い低い声色を聞き、ごくごくと上手に水を飲む。しかし、途中から気を抜いてしまいだらだらと口端から水を零していった。


「あ……こぼしちゃった」


 フィンはそう言って瞳を震わせ怯えたようにリヒトを見る。
 奴隷だった時、失敗をするとよく叔母のリラに怒られていたことを思い出したフィンは、酔っていることもあり自分の粗相に敏感に反応してしまった。


「ごめんなさい」


 リヒトは謝るフィンを見ると目を細め、安心させるように優しく抱き締める。


「怯えないでフィン。こんなことで怒ったりしない」


 リヒトがフィンの背中を撫でながらそう言い聞かせると、フィンは安心したように表情を緩ませリヒトを小さく抱きしめ返す。


「世界で一番愛しているよ」


 抱きしめながらも、無敵の愛の言葉をフィンに惜しみなく捧げるリヒト。
 温かくて大きな背中。落ち着く香り。耳触りの良い優しい声色と、滑らかで輝く銀髪。フィンはリヒトのひとつひとつを感じ、今この瞬間それらは全て自分のためだけにあると感じたフィンは、こんなにも愛されているのかと思いを赤くしながら胸を熱くさせた。


「僕もだよ」


 フィンの儚げで少年ぽさの残る声色が、リヒトの耳を支配する。全てを魅了する澄んだ碧眼は、愛の言葉に同意した小さくて可愛い天使のような恋人から目を離さずにいた。


「お酒のせいかな、いつもより目がとろんとしてて、潤んでて……」



 “犯したくなるぐらいに可愛い”



 リヒトはその言葉を飲み込んで、背もたれに深く腰掛けると向かい合わせになるようにフィンを膝の上に座らせた。フィンは嬉しそうに笑みを浮かべ、リヒトの胸板あたりに手を置きながら口を開く。


「あのね、ずっと体がぽかぽかして、頭がふあふあしてるの。お酒ってすごいね……?それにね、甘くて、すごくおいしくていっぱい飲んじゃった……チョコレートのお酒があるなんてしらなかった僕」


 無邪気に微笑みながら喋るフィンに対し、リヒトの脳内はフィンを犯したくて堪らない衝動を抑えることに必死だった。
 お酒を覚えたフィンに対し、危険を伴うこともきちんと教えてあげなければならないと考えたリヒトは、理性を保ちながら口を開く。


「こういうのは、味に騙されてたくさん飲むと後からすごく酔っ払うんだよ。甘いけど案外度数が高い」

「そうなの……?」


 驚くフィンをよそに、リヒトはチラッとチョコレート酒の瓶に視線を向ける。


「フィンは瓶の半分も一人で飲んでる……いつの間にか寝てしまっても不思議じゃないな」


 リヒトはお酒の入ったコップを魔法で引き寄せると、そこに入っていた飲みかけのお酒を一気に飲み、その甘さに眩暈がしたのか眉を顰めた。
 フィンの好みなのか、牛乳はあまり多く入れず甘さを優先させていたため、リキュールの甘さが脳天を突き抜ける。


「こんな酔いやすい割り方して……もう少し牛乳を多めにして飲まないとダメだ」


 リヒトはフィンの耳元でそう告げると、コップをサイドテーブルにそっと置く。


「ごめんなさい……もったいないことしちゃった、今度は少しずつ飲むね……?」

「そういうことじゃなくて」


 リヒトはフィンをソファーに押し倒すと、真剣な眼差しで見つめる。


「外でもしそんな飲み方して、もっと可愛い顔になって、それでいつの間にか寝ちゃって。
 ……知らない奴にこうやって押し倒されたらどうするの?」


 リヒトはそう言ってフィンの首筋に舌を這わせると、フィンは目をさらに潤ませぴくんっと小さく反応を示した。
 熱を帯びた体は思ったよりも言うことを聞かず、脳内は蕩けていくような感覚に陥るフィン。初めて“酔っ払う”という感覚を身をもって知ることとなり、それは時間の経過とともにさらに色を強くした。






しおりを挟む
感想 153

あなたにおすすめの小説

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

R指定はないけれど、なんでかゲームの攻略対象者になってしまったのだが(しかもBL)

黒崎由希
BL
   目覚めたら、姉にゴリ推しされたBLゲームの世界に転生してた。  しかも人気キャラの王子様って…どういうことっ? ✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻  …ええっと…  もう、アレです。 タイトル通りの内容ですので、ぬるっとご覧いただけましたら幸いです。m(_ _)m .

普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて。

かーにゅ
BL
「君は死にました」 「…はい?」 「死にました。テンプレのトラックばーんで死にました」 「…てんぷれ」 「てことで転生させます」 「どこも『てことで』じゃないと思います。…誰ですか」 BLは軽い…と思います。というかあんまりわかんないので年齢制限のどこまで攻めるか…。

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

貧乏貴族の末っ子は、取り巻きのひとりをやめようと思う

まと
BL
色々と煩わしい為、そろそろ公爵家跡取りエルの取り巻きをこっそりやめようかなと一人立ちを決心するファヌ。 新たな出逢いやモテ道に期待を胸に膨らませ、ファヌは輝く学園生活をおくれるのか??!! ⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

処理中です...