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一年生・秋の章<それぞれの一週間>

酔いどれ天使が堕ちる夜④

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「あのね、ハルピュイアは三大神鳥の一つで、とっても強くてカッコいい鳥さんだよ」


 フィンが優しく説明すると、シエルとノエルはパアッと顔を明るくした後、ハルピュイアの杖を見てすぐさま表情を暗くする。


「じゃあ、にいさまは、はるぴゅいあをころしちゃったの……?」


 シエルの問いかけに、フィンは少し考えてから笑みを浮かべる。


「ハルピュイアは一年に一度、換骨期って言って、新しい骨に生まれ変わる時期があるんだよ。ほら、蛇も脱皮するよね?それと同じ感じかな。
 だから、リヒトがくれたの杖は多分換骨期で脱骨した骨を使っているんだと思う」


 フィンがそう説明すると、双子は安心したように笑みを浮かべた。


「そうなんだー!ハルピュイア生きてるんだー!」


 ノエルは手を大きく広げながら嬉しそうに一回転して喜ぶと、フィンは満面の笑みを浮かべる。


「うん、大丈夫。リヒトは神鳥を殺したりしないよ」


 神聖なる神鳥を殺すことは御法度。いくらフィンのためとはいえ、リヒトがハルピュイアを殺してまで杖を作ることはしないだろうとフィンは確信する。
 店主のゴードンはハルピュイアの杖をフィンに返すと、驚きから醒めぬ様子で口を開いた。


「それにしたって、脱骨した骨を見つけるには至難の業だと聞いたことがありますよ。だってハルピュイアが脱骨する場所は決まってエルワース山脈の深部だと噂されてますから」


 エルワース山脈は通称“魔物の国”と呼ばれるほど凶暴な魔獣や毒を持つ植物が自生する危険地帯で、その危険さから好んで近づくことはないとされる土地。深部ともなると到達する者はほんの一握りだと言われており、謎に包まれていた。


「まあ、でもリヒトなら深部に行けるだろうし、納得がいくわね。一級魔工技師に杖の加工を依頼してたのってこれだったのねー」


 エヴァンジェリンはくすくすと笑みを浮かべフィンを見て笑うと、「そんな上等の杖ならここにある杖は必要ないわね」と言って出口を目指す。


「他のお店に行きましょう!」

「はいっ」


 フィンはコクリと頷いて、それからはエヴァンジェリンに連れられ仕立て屋に到着したが、フィンは何をどう選んだらいいかが分からず、とりあえずエヴァンジェリンの好みで一着の服を仕立てた。
 物欲があまり無いフィンは、それからもとりあえずエヴァンジェリンとあらゆるお店を回るが、フィンが興味を示したのが食べ物だけだと気付くエヴァンジェリン。どのお菓子がいいかを迷う姿を見たエヴァンジェリンは、大量のスイーツをとりあえず購入し後ほど別邸に届くように指示をすると、フィンは申し訳なさそうにしつつも、やがて嬉しそうに笑みを浮かべた。


「食べるのが楽しみですっ!」

「どういたしまして!フィンちゃんは甘党だったものね~。しばらく定期便のように届くから、賞味期限の心配はないわよ(フィンちゃんが喜んでくれた~!)」


 もっとフィンが喜ぶのにが無いかと頭を悩ませるエヴァンジェリンは、何かを思い出したのか満面の笑みを浮かべる。


「そうだわフィンちゃん!チョコレートが好きなら、フィンちゃんが気に入りそうながあったのよ~」

「お酒、ですか?僕飲んだことないです」


 フィンは首を傾げ困り顔でエヴァンジェリンを見上げた。


「あらそうなの!?リヒトも私も12歳でデビューしてるわよ、フィンちゃんも嗜んでおきましょうか」


 そう言ってエヴァンジェリンは他国の酒も扱う酒販店に行くと、真っ先に“チョコレート酒”を手に取りフィンに見せる。

 
「これ!チョコレート酒って言って、チョコ味のリキュールなのよ。これを牛乳で割って飲むとすごーく美味しいの!これも買ってあげるわっ」




----------------------------------------



 帰宅後のフィンは、リビングでチョコレート酒と睨めっこをしていた。


「リヒトが帰ってきてから飲んだほうがいいかなあ?」


 フィンは匂いを確かめようと蓋を開けると、アルコールの仄かな香りと共に漂う、魅惑的な甘いチョコレートの香りに目を輝かせる。


「ちょっとだけ味見してみようかな……?」


 フィンはそう言って牛乳を持ってくると、チョコレート酒を少しコップに注いでから牛乳で割る。まるでココアのような見た目に、フィンはゴクリと唾を飲んだ。


「いただきますっ」


 一口飲むと甘いチョコレートの味と、牛乳によってなめらかになったアルコールの香りがする。まるでリキュール入りのチョコレートを食べた気分になったフィンは、目を輝かせ蕩けた表情を浮かべた。


「おっおいしい……!本当にお酒なのかなー!?」


 フィンは慌ててチョコレート酒の瓶を見つめる。確かに“チョコレート酒”と書いているのでお酒には間違いないなかったため、フィンは惚けながらもまた一口飲んで目を潤ませた。
 気付けば二杯、三杯と止まることなくお酒を飲み続けてしまったフィンは、いつのまにかソファーで眠ってしまう。
 そこにリヒトが帰宅し、ソファーで眠るフィンを発見するとそっと近づいた。


「フィン、こんな所で寝てたら風邪を……ん?」


 テーブルを見ると、半分ほど減ったチョコレート酒と飲みかけのお酒が放置されており、リヒトは一瞬で状況を理解する。しかし、一体なぜここにチョコレート酒があるのか、フィンはいつから飲んでいたのかが分からなかったリヒトは、少し困った表情を浮かべてから眠るフィンの近くに座って頭を撫でた。


「……ごめんねフィン、少し見せて」


 リヒトは眠るフィンの額に触りアカシックレコードここ数時間の記憶を探ると、貴族二人組に侮辱されるシーンや、エヴァンジェリン達と買い物をするシーン、リヒトが帰るまでチョコレート酒を飲まない方がいいのかどうか葛藤する様子が流れた。


「なるほど(あの二人組はどうしてやろうか)」


 リヒトはアカシックレコードを解除すると、とりあえず開けっぱなしだったチョコレート酒の蓋を閉め、飲みかけのお酒を一口飲んでみる。


「甘いな。でもフィンが好きな味だ。まったく、一人でお酒を飲むなんて……俺が待てなかったんだね」


 リヒトはフィンの寝顔を見ながら小さく笑みを浮かべてそう言うと、フィンはうっすらと目を開ける。

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