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一年生・秋の章<それぞれの一週間>

裏切り者は嗤う③

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「お優しいのですね」


 リュドウィックの言葉に、ライトニングは少しはにかむ。


「だが、きっと兄様であれば道は示しても簡単に施しをしないだろうな。
 王族は手の届かない存在だと思われなければならない。そうすることで羨望を受け、憧れの対象として誇り高き光となるのだからな。貴族至上主義の基本だ。
 だが今の私はお忍びだ。このぐらいやってもバチは当たらないだろう」


 貴族至上主義は、元々は庶民の血を嫌うという意味合いで出来た言葉ではない。
 庶民との線引きをハッキリさせ、人々から強く気高い存在だと意識させることで貴族は誇りを持ち、国民を守る意識が芽生える。
 その頂点に立つ王族は、常に強く・気高く・揺るぎない信念を持ち国を統治することが求められていた。

 しかし、今のライトニングは王族というカードを隠した存在。ただの十六歳のエルフとして振る舞うことを、ライトニングは少し楽しんでいた。
 

「それに、最近庶民の友が出来たのだ。貴族至上主義のリーヴェスも認めた男だ。それの所為もあるかもな、なんとなくあの純粋な笑顔を見ると放っておけないのだ」


 ライトニングは一度振り返り、梟を大事そうに抱えながら笑みを浮かべる少女を見てフィンを思い出す。


「……ライトニング王子は、きっと国民に好かれる王子になっていくでしょう」


 リュドウィックはそう言って笑みを浮かべると、ライトニングはフードを深く被って切なげに俯いた。


「そうなりたいが、私はまだ知らないことが多い。その癖、好き勝手やって威張り散らしていたのだからな。兄様はそんな未熟な私を見透かしているのだ」

「……アレクサンダー王子は生まれながらにお強いお方。ご存知の通り、生まれて泣いた瞬間に雷が落ちたという逸話を持つほどの方です。優秀で当然、ライトニング様は自分のペースで大人になれば良いのですよ」


 リュドウィックの言葉に、ライトニングは少し感動したのか眉を下げ小さく笑う。


「しかし、庶民の町や暮らしを学ぼうと来たのにすっかり自分が楽しんでしまった。これでは何しに行ったのか分からぬな」

「こうして自らの意思で足を運んだことが大事なのですよ。王子が思い切り楽しめるということは、庶民も楽しく暮らしているという証明にもなります」

「うむ……小腹もすいたしランチでも頂こうか」

「毒味はお任せを」

 
 その後は食べたことのない庶民の食事を楽しんだり、庶民が住む家を観察したり、売り物を購入したりと、気付けば陽が沈みかけていた。


「暗くなってきたし、そろそろ帰るかリュドウィック」


 最初の広場に着いた二人。ライトニングは暗くなりかけた空を見て、帰城することを提案した。


「はい、そうですね……」


 リュドウィックは眼鏡をクイっと上げ、返事をする。
 すると同時に、昼間に会った梟の少女によく似た女性が慌てた表情浮かべてライトニングの元へ訪れた。


「あの、旅のお方!うちの妹を見ませんでしたか!?歳の離れた妹なのですが、昼間に“梟のエサを取ってくる”と言って雷神の森の方へ行ったんです!
 一時間もすれば戻ってくると思っていたのですが、私もお店で忙しくて気付いたらこんな時間で……!町のどこにもいなくて」


 ライトニングは、失踪した少女は昼間自分が梟を与えた少女だと確信し、慌てた表情を浮かべる。


「その少女に梟を与えたのはこの私だ。探すのを手伝おう」

「そうだったのですね……!妹がお世話になりました……梟をいただいてしまって、恐縮です。
 私は宿屋を営むサラと申します。妹はシャロンといって、まだ10歳で、活発な子なのであちこち行ってしまうんです」


 少女の姉は礼儀正しく一礼をしたあと、不安げにそう語る。


「もしかしたら、妹さんはまだ森にいるかも知れませんね」


 リュドウィックがそう言うと、サラは青ざめた表情を浮かべる。


「最近森では怪しい魔獣らしきものが出ると噂されているんです……シャロンがもし襲われてたらどうしましょう」


 サラはそう言って涙ぐむと、ライトニングはもう一度空を見上げながら口を開く。


「暗くなると見つけにくい、急いで探さねば。サラと言ったな?入れ違いになったらまずい。お前はそこで待ってろ」


 ライトニングがそう指示すると、サラは申し訳なさそうな表情で頷く。


「わ、分かりました。ここでお待ちしております!」


 サラは深く頭を下げ、シャロンが戻ってきた時用に持ってきたマフラーをギュッと握り締めてライトニングの背を見送った。


「とは言っても、この森は案外広いですよ王子。陽が落ちれば探すのが困難です」

「二手に分かれればいい。この正規の道なら通りすがりの商人がシャロンを見つけるはず。私は左の森へと外れて探すから、リュドウィック、お前は右だ」

「……御意」


 リュドウィックは言われた通り右の脇道へ外れて歩みを進めるが、ピタリと立ち止まって左の脇道へ外れたライトニングの背を見つめ、怪しげに嗤う。


「またとないチャンスだ。第三王子なら、には丁度良い」


 リュドウィックは眼鏡をクイっと掛け直し、そのまま森の奥へと消えた。
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