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一年生・秋の章<それぞれの一週間>
森の異変
しおりを挟む「異変というのはこの辺りのことか?」
王族特務の仕事をこなすリヒトは、王都からほど近い北東の森、通称”雷神の森“に足を踏み入れた。
交通の便も良く商人も頻繁に利用する森だが、少し横にそれれば鬱蒼とした森である。
道なき道を歩いて少し広い空間に出たリヒトは、横にいた王族騎士団の団長であるシルヴァンに問いかけた。
「はい。この辺は薬草に使えそうなものがあまり自生しないので、ここに訪れる者はほとんどいません。
しかし、少量の希少鉱物が地面を掘ると出ることもあるため、それ目当てで時々訪れる採掘師から通報があったのです」
シルヴァンは地面を指差し、さらに続けた。
「地面を掘ると、固い感触があったそうで。気になった採掘師はそのまま掘り続け、何やら無機質な黒い塊が飛び出ると、そのまま地下に戻って消えたと報告がありました」
「それはいつの話だ」
「ちょうどひと月前です。私は調査を何度かしましたが、使い魔で地面を掘っても一向に採掘師が言っていた黒い塊は現れませんでした」
「……」
リヒトは地図を取り出し、現場とその周辺をじっくりと見つめる。
「水脈図はあるか」
「こちらです」
シルヴァンはすぐさま水脈図を差し出す。
「目撃情報はその採掘師だけか?」
「いえ。王都に住み、この辺りの森でよく遊ぶ子供数名も目撃しているそうです」
「場所は同じか」
「いえ、バラバラです」
「ならば全て案内しろ。持っている情報は全て開示願う」
「御意」
リヒトは地図上で今いる位置に印をつけ、それからシルヴァンの案内する場所全てを照合するととあることに気付く。
「このルート、王城にどんどん近付いているな」
リヒトの指摘に、シルヴァンは目を細め眉を顰める。
「やはり、そう思いますか。私は国王に進言したのですが、まだ被害が出ていないので、とりあえず目先の任務をこなすように言われました。この国はたくさんの問題が山積みですからね……。
しかし、やはり目撃情報が多いことと王城に近付いている事は見過ごせません。アレクサンダー王子にも相談したところ、大魔法師様を頼るように、と」
リヒトの脳内に、「よろしくなっ!テヘッ」とアレクサンダーのおどけた声が再生され不快な表情を浮かべる。
その姿を見たシルヴァンは、申し訳なさそうに頭を下げた。
「お、お忙しい中、お手間をおかけして申し訳ないです……」
「お前はお前の仕事をやっているまで。私も王族特務の任務を受けた以上は完遂する、問題無い」
リヒトはもう一度地図と水脈図を見比べ考え始めた。
「ただ、王城に近づいているとはいえ、直線で結べるほど綺麗な点ではないな」
「はい。水脈に気付くと、それを避けている傾向が見られます」
「まるで意志があるようだな。生き物なのかどうかも分からないのか」
「とある子供は、犬のような見た目だと言っていましたが……動きが早すぎて曖昧だそうです」
シルヴァンは淡々と答え、リヒトは真顔のまま一瞬考え込む。
「この際今出てきてもらった方が、調査は容易いだろうが……。狙いが分からないが、王城に対する侵攻だと考えるならこれは帝国の兵器の可能性がある」
「帝国……?」
「今分かっているルートは、あくまでもこの森の中腹から水脈を避けた王城までのルートだ。しかし、森の中腹から帝国側へのルートは不明。もしそこで目撃が出来れば、帝国側の何らかのアクションだという可能性は高まる」
リヒトは顔を顰め、聳え立つ王城を眺めながら続けた。
「杞憂で終わるには、目撃情報があまりにも多すぎる。王城の防御魔法は地上と上空のみ、地下はあまりにも様々な元素が複雑に存在しているため、防御が脆い構造になっている」
「しかしその情報は非公開、何故帝国側がそれを……」
シルヴァンはそこまで言いかけると、ハッとした表情を浮かべリヒトを見た。
「裏切り者が、王城にいる可能性がある。お前はそれを調査しろ。私はしばらくこの森を調査し、精霊を常時見張らせることにする」
「精霊を常時配置ですか……?」
精霊は召喚時に魔力を消費するが、常時留めて置くにも少しずつ魔力は消費される。また、召喚される精霊側の魔力も必要なため、基本的に数日も連続で精霊を留めておくのは難しいとされていた。
「召喚魔法は専門外だが、私にも数体、忠実な精霊がいるからな。問題は無い」
リヒトはシルヴァンにそう告げると、鼻で笑って杖を取り出す。
「召喚・特級精霊、氷狼」
リヒトは巨大な魔法陣を展開すると、シルヴァンはその眩い光に一瞬目を瞑る。
魔法陣は氷漬けになり、その中心から巨大な白銀の狼が現れた。リヒトに似た碧眼に、鋭い牙。美しい狼は、上品に座ってリヒトを見下ろした。
リヒトはフェンリルを見上げ、真顔で口を開く。
「久しいなフェンリル」
『お久しぶりでございます。何か問題がありましたか』
リヒトに忠実なフェンリルは、上品な口調でリヒトに問いかけ、顔を近付ける。
リヒトはフェンリルの顔をふわふわと撫でながら状況を説明し、調査の協力を求めた。
『承知致しました。それでは分裂し潜むようにしましょう。異変があればお知らせします』
「頼んだぞ」
フェンリルは巨体を光らせて大型犬ほどのサイズに分裂し、様々な方向へと散っていった。
「大魔法師様。それでは私は早速調査を開始致します」
「ああ。お前の勘は昔から鋭い。怪しいと思ったらそれが犯人だと思え」
リヒトはそう言って森の奥へと消えていった。
「御意(……大魔法師様、やはり頼りになる。自分も精進せねば)」
シルヴァンは鎧の音を立てながらその場を離れ足に力を入れると、そのまま高く飛んで王城の方へと向かった。
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