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一年生・秋の章<それぞれの一週間>

鈍感な独占欲①

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「お前、何で呼ばれたか分かるな」


 エスペランス祭が終わった次の日。
 第一王子・アレクサンダーは、まだ酒が抜けぬ朝に第三王子・ライトニングを呼び出して冷徹な表情を浮かべる。


「は、はい……兄様」


 ライトニングはガタガタと歯を鳴らしながら項垂れており、アレクサンダーの目を見ることができない様子。


「(やれやれ……久しぶりに制裁の雷が降るのか)」


 ライトニングの側近を務めるリーヴェスは、溜息を吐きながら扉のそばで待機した。


「貴様は王族という立場を利用し、何の罪もない庶民に辱めを受けさせようとしたな?服を脱ぐように要求したとか」


 アレクサンダーはリヒトからの手紙を指に挟んでチラつかせると、ライトニングの顔は青ざめていく。
 アレクサンダーは用意された水を飲んだ後、怒りのこもった声でさらに続けた。


「お前が愚弄した相手は、誰か答えろ」

「……フィン・ステラという庶民です」


 ライトニングは震える声で答える。


「私は名前を聞いたのだ。身分まで答えろとは言ってない!」


 アレクサンダーが語気を強めると、ライトニングはビクッと肩を振るわせアレクサンダーを見た。


「も、申し訳ありませ……まさか後見人があの大魔法師とは知らず」


 ライトニングは言い訳がましくそう発言すると、アレクサンダーは眉間に皺を寄せこめかみに血管が浮き上がるほど怒りの感情を表す。しかし、感情に任せて怒鳴りつけることはせず、ひと呼吸置いてから口を開いた。


「……私はな、フィン・ステラの後見人が友人のリヒト・シュヴァリエだったから怒っている訳ではないんだ」

「え……?違うんですか?」


 ライトニングはポカンとした表情でアレクサンダーを見る。
 リーヴェスはライトニングの鈍感さに呆れた表情をし、アレクサンダーは弟の阿呆さ加減に顔を引きつらせた。


「だいたい、性別を偽っていると思って服を脱がせようとするのは、短絡的で愚かで下品だろ。なぜわからない?」

「下品だと大魔法師にも言われました……反省しております兄様。ただ、あの者は庶民の身でありながら、リーヴェスを負かせました」


 リーヴェスはピクッと反応を示し、ライトニングは悔しそうな表情に変わっていくと、そのまま話を続ける。


「リーヴェスは貴族至上主義です。庶民に負けて悔しいはずなのに、リーヴェスはフィン・ステラと握手しました」


 ライトニングは目を泳がせながらも、畏怖の対象であるアレクサンダーにしっかりとした声色でそう言った。
 アレクサンダーは首を傾げ眉を顰める。


「それがなんだというのだ」

「リーヴェスは庶民と握手なんてしません」


 ライトニングは振り返りリーヴェスを睨む。


「……」


 アレクサンダーとリーヴェスは互いに目を見合わせて、ライトニングが何を言いたいのかが分からず首を傾げた。

 ライトニングは幼少期から小心者で臆病。それを隠すように威勢を張り、空回りをすることが多かった。おまけに天然なところがあり、浮世離れした性格も合わさって、王子の中では一風変わった存在だった。
 そんなライトニングに、リーヴェスは幼少期から側近として側にいたため、お互いがお互いを理解している。
 しかし、今リーヴェスはライトニングが何を言いたいのかさっぱり分からずお手上げ状態だったため、首を横に振ってアレクサンダーに合図した。


「リーヴェスが握手したことに問題でも?」


 アレクサンダーが問いかけると、ライトニングは大きく頷きアレクサンダーに近付いて口を開く。


「大問題です!」


 リーヴェスは眉を顰め見守る。


「何がだ」

「リーヴェスが庶民と握手するなんて今まで無かったのです」

「それで?」

「あのフィン・ステラに負けて悔しいはずなのに、握手をしたんです!」

「認めたということだろう?違うのかリーヴェス」


 アレクサンダーはリーヴェスに質問を投げかけたが、ライトニングはそれを遮るように前に出た。


「リーヴェスは、フィン・ステラに惚れたのです!!!」


 ライトニングは大声でそう叫ぶと、アレクサンダーとリーヴェスは目を見開いて顔を引き攣らせた。


「……何?どういうことだ?」


 狼狽えるアレクサンダーと、眉間に皺を寄せ驚くリーヴェス。


「リーヴェスが庶民の手を握ってあんな優しい顔をするとは思えません」

「どうなんだリーヴェス」


 大きな溜息をつき水を飲むアレクサンダーは、リーヴェスに視線を向けて問いかけた。


「全くの誤解ですが……」


 リーヴェスは頭を抱えながら首を横に振った。


「ライトニング、百歩譲ってお前の考えが当たっているとして、それがフィン・ステラの服を脱がすこととどう関係がある」

「私は気付いたのです」


 ライトニングはグッと手を握り俯く。


「フィン・ステラは、今までにであったどんな者よりも愛らしい顔をしてます。声も、仕草も、表情もその全てが可愛い!そして素直です!」

「あ、あぁ……(本当に意味が分からない。愚弄をしておいて、随分と褒めてるぞ)」

「精霊からの寵愛を受けるほどの才能もあり、あの大魔法師を後見人にするほどです。庶民ではあっても只者ではないことは私でも分かります」

「……(まあ、確かにあの冷徹なリヒトに愛されるなんて相当だと思うが)」


 なんとか弟の言葉を飲み込もうとするアレクサンダーだが、肝心なライトニングの心境が全く読めずとりあえず話を聞く。


「だが私にとっては、フィン・ステラは素性も分からぬただの庶民なのです!
 そんな奴に、私の大事な側近を取られたく無かった!」


 ライトニングはそう発言すると、アレクサンダーは目をキョトンとさせ、リーヴェスは一瞬の間の後に目を見開き顔を赤くする。
 ライトニングは至って真面目な表情でアレクサンダーを見つめ鼻息を荒くしていたが、アレクサンダーはこの空気の処理が出来ず思わずリーヴェスを見た。
 しかしリーヴェスは顔を赤らめたまま呆然としており、アレクサンダーは溜息を吐く。


「ライトニング……お前自分が何を言っているのか分かっているのか?」

「?何かおかしいこと言いましたか」

「……取られたくないというのはどういう意味で言ってるんだ」


 アレクサンダーは、ライトニングの中で散らばるパズルのピースを合わせるように質問をしていく。


「どう言う意味……?私はともかく、リーヴェスがフィン・ステラに心を奪われたと思って、フィン・ステラに意地悪をしたくなりました」


 リーヴェスはさらに顔を赤らめ俯く。答えれば答えるほど、ライトニングのリーヴェスに対する無意識な独占欲が露わになっていった。


「フィン・ステラはどう見ても女です!女だから、リーヴェスもフィン・ステラにより優しくしたと思っています」


 まるで幼い子供のように唇を尖らせながら抗議するライトニングの姿に、アレクサンダーは二日酔いのことなど忘れ表情を歪ませた。



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