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一年生・秋の章 <エスペランス祭>

思い出したんだけど

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「セオドア」


 せんせーが俺を呼んでる。
 でもまだ眠い。


「起きろ、セオドア」


 もうちょっと寝ちゃだめ?
 せんせーがあったかくて気持ちいいから、もっとギュッてして寝てたいなー。


「……起きなければ口を聞かんぞ」


 それはやだ!


「……はっ!」


 セオドアはガバッと体を起こして起き上がると、隣で寝ていたジャスパーもゆっくりと体を起こしてベッドから出る。


「体はマシになったか?そろそろ戻ったほうがいい。勝者の凱旋ファンファーレは閉会式の前だから、少し準備もいるだろう」


 ジャスパーは通常運転で機械的にそう言うが、セオドアは少し寝ぼけ眼でジャスパーの背中を見つめた。


「せんせー、俺いつ寝たっけ?」

「……横になってすぐだ」


 ジャスパーは小さくそう答えると、セオドアはまだ寝惚けた脳内を必死に働かせながら立ち上がりジャスパーの後ろへ行く。
 そして、ジャスパーを後ろから抱き締めた。


「横になって、、すぐ寝た?」


 セオドアの指摘に、ジャスパーは少し表情を崩す。


「なんかすごいちゅーしてから寝たのは覚えてるよ。いつの間にか寝ちゃってごめん」

「覚えているならいちいち聞くな」


 恥じらいからか、ジャスパーは軽くため息を吐きながらそう言って振り向く。
 セオドアはそっとジャスパーの髪を避けて首を確認すると、そこに数個のキスマークがあることに気づき目を見開いた。


「あー、でもこれは覚えてない」


 自分が付けたキスマークを手でなぞるセオドア。


「……襲われるかと思ったぞ。急に寝息を立てたから助かったが」


 ジャスパーははだけた胸元のボタンを止め直しながら、少し顔を赤らめ俯き加減に文句を言うと、メガネを一旦外して丁寧に拭き始める。
 セオドアは再びベッドに座り、後ろにボフっと音を立てながら寝転がると唇を尖らせた。


「あー、もったいな……こんなチャンス滅多にないのになー。次はちゃんと襲うからね」


 セオドアは人懐っこい笑みを浮かべると、ジャスパーは顔を赤らめたまま眉間に皺を寄せてセオドアに制服のローブを投げ渡す。
 ローブはセオドアの顔にヒットした。


「へぶっ」

「冗談言ってないで身なりを整えろ。私は先に出るからな」


 ジャスパーはそう言って部屋を出ようとすると、セオドアは慌てて飛び起きてジャスパーの手を掴み強く引き寄せて唇を奪う。
 ジャスパーは突然の事に対応できず目を丸くし、やがて唇が離れると明らかに動揺した表情を浮かべた。


「せんせー、ありがとう。大好きだよ」


 セオドアは満面の笑みを浮かべ、自分を気遣ってくれたジャスパーにお礼を言った。


「…………ああ」


 ジャスパーはメガネのブリッジ部分を指で押さえ、少し赤くなった顔を隠すようにうつ伏せ気味に部屋を出た。
 

「はあ……疲れてなかったら無理矢理にでもヤっちゃってたかも……疲れててよかった」


 セオドアはそう言いながら身なりを整えると、扉を開けて廊下に出る。すると扉は消え失せ、魔法で繕っていた空間は完全に消え去った。


「ん。だいぶ回復した。ミネルウァが用意してる回復薬はさすがだな。まあウチの店のだけど」


 セオドアは生徒の観客席に戻る道中、曲がり角でイデアルの制服が目に入ると同時にぶつかりそうになる。


「うわっ」

「あっ、わりっ……!って、なんだフォリラか」


 その相手はフォリラで、珍しく取り巻きを連れいなかったためセオドアは物珍しそうにフォリラを見下ろす。


「なんだとはなんだ」


 フォリラは苛ついた表情を見せたが、それ以上は特に嫌味を言うこともない。セオドアはフォリラ一行がフィンにお灸を据えられたことは知らないため、少し不思議そうな表情をした。


「なんか大人しいなお前」

「うるさい。用がないなら行くからなセオブタ」

「あ、まって」


 セオドアは無意識にフォリラの手を掴んで引き止めると、フォリラは顔を赤くしながら咄嗟にそれを振り解く。


「ききき気安く触るな伯爵家だからといって!!」


 狼狽えるフォリラだったが、セオドアは特に気にも止めずそのまま続ける。


「あーごめん。あのさ、俺さっきまで寝てていろんな夢みたんだけど。お前出てきたんだよ」

「は?夢だと?」

「うん。過去の出来事っていうか。それで思い出したんだけど」


 セオドアがニカっと笑みを向けると、フォリラは一気に過去を思い出す。
 初めて出会った時も、セオドアはそんな風に笑っていた。



---------------------------------



 それはまだ幼い時。王都での貴族の子供を集めた交流会で会った時。
 セオドアはまだ太ってもなく、その目は輝いていた。


「フォリラ。あの子は伯爵家の四男よ。仲良くしておいで」


 母親の言われた通り、フォリラはセオドアに近付く。


「あ、あの……」


 フォリラが声をかけると、セオドアはニカッと笑みを浮かべた。


「こんにちはっ」

「……こ、こんにちは、ぼくフォリラです」

「ぼくはセオドアー!よろしくねー?」


 それから何度か、交流会に行ってはセオドアとフォリラはよく話すようになる。セオドアは魔法薬の勉強をすでに始めていたため、よくその話をフォリラにしていた。


「にいさまがね、教えてくれるんだぁ」

「セオドアくん、すごいねー!」

「だから、フォリラくんがケガをしたら、ぼくがなおしてあげるからね!」

「うん!」


 心優しく、聡明で、誰にでも笑顔を向けるセオドアに憧れていたフォリラ。恋と呼ぶには早すぎたが、それに近いような感情はすでにこの時持ち合わせていた。
 しかし、それから程なくして、セオドアはめっきり交流会に顔を出さなくなった。どうやら体が弱く、病にかかりやすいセオドアを心配した両親が、あまり外に出さなくなってしまったそうだった。
 フォリラはそれから何年も、セオドアは元気にしているのだろうかとふと考える日々。噂でセオドアが同じ中等部に入るとしったフォリラは、心を躍らせていた。

 そして、中等部に入学したある日、セオドアと再会する。


「……(あれが、セオドアくん?)」


 数年ぶりに再会したセオドアは、もはや自分が憧れていたものとは程遠い存在になっていた。
 丸々と太った体と、覇気のない瞳。そして近寄りがたい暗い雰囲気がセオドアを纏っていた。


「(いや、きっと病気で仕方なかったんだろうな!よし、声をかけよう)」


 フォリラはおそるおそるセオドアに声をかける。


「せ、セオドア、くん?ひさしぶり、フォリラだよ。体は大丈夫?」


 フォリラがそう声をかけると、セオドアは真顔のままフォリラを見て首を傾げる。


「え?だれ?ふぉ、ふぉり…ら?」


 この一言で、フォリラはセオドアの対する憧れの感情が全て消え去ってしまった。頻繁に会わずとも、顔を合わせる度一緒に遊んでいたあの日々は、セオドアにとっては大した記憶では無かったのだ。

 せめてこの時、また変わらない笑顔を向けてくれれば少しは違った関係を築けていたかもしれない。
 何年も顔を合わさなかった分、思い出が美化されていたフォリラはひどく傷ついた表情を浮かべた。


「あの、ごめん。俺あんまり昔のこと……」

「いや、人違いだったみたいだ。そういえばお前みたいなブタとは仲良くなった覚えがない」


 フォリラはそう吐き捨てその場から離れる。
 それからのフォリラは、セオドアをひどく嫌い、時折暴言を吐いてはわざとぶつかったりと嫌がらせをしていた。
 しかし、別の者が同じようにセオドアをいじめるのは腹が立ったため、手を回してセオドアに手を出させないようにしていた。


「……(嫌いなのに、他の攻撃から庇うなんて、僕はどれだけ滑稽なんだよ)」


 フォリラは矛盾を抱えながら中等部時代を過ごし、セオドアは中等部に通う頻度が少なくなっていった。噂で聞いたが、優秀な教師を家庭教師として招いて勉学する事にしたらしい。
 せーせーしたと同時に、もうセオドアとあまり顔を合わせることもないのかと考えると、少し胸が痛んだ。
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