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一年生・秋の章 <エスペランス祭>

セオドアの行方

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「影縫い針」


 シャオランは光が差し込むフロアの特性を利用し、お姫様の影に毒針を打ち込んで動きを封じ、体術では賄えない猛襲に対してそれを駆使することで戦闘不能状態にさせて戦いを続けていた。


「もう針も少ない……それに魔力が少ないから影を止めておける時間も限られていますね……。それにしても、一体セオドアさんはどこへ……?」


 シャオランは息を切らせながら辺りを見回すが、セオドアらしき人物はいない。
 フォンゼルがお姫様を解毒するか、シャオランがワルキューレを戦闘不能にすることで数を稼ぐかどちらかの勝負となっている状況のため、シャオランは複雑な心境で戦いを続けていた。


「いや……ライバルの心配はいい。こちらに集中しなければ」


 シャオランは勝つことだけを考え、気持ちを切り替えて息を吐き鋭い眼光で気を集中させた。
 一方フォンゼルは、解毒薬が出来上がったのか嬉しそうに笑みを浮かべて口を開いた。


「おさげくんごめんなー!解毒薬できたわー!」


 フォンゼルの申し出に、シャオランは焦った表情を浮かべて振り返り影縫い針を取り出す。


「くっ……思ったより早かったですね!勿体無いですが、影縫い針でフォンゼルさんの動きを抑えるしか……」

「おえっ」

「!?!!」


 フォンゼルは解毒薬を吐き出すと、シャオランは驚き思わず狼狽える。


「投入~」


 フォンゼルはその隙に、解毒薬を素早くお姫様の口の中へ放り込んだ。


「ちょっと!どういうことですか!」

「なにが?」

「私への解毒は接吻だったでしょう?解毒薬を吐き出せるなんて聞いてませんよ!」


 一体あの時のキスはなんだったんだと顔を歪めるシャオラン。


「あの時は急ぎやったし、まだ解毒剤が液体やったんよ。ボクが吐いた液体すするのは無理やろ?そもそも固体にするのもしんどいんやから」


 フォンゼルは唇を尖らせて言い訳のように述べるが、シャオランは納得いっていない様子で顔を赤らめる。


「……はぁ」


 しかしながら、フォンゼルがお姫様に解毒薬を放り込んだ時点でフォンゼルの勝ちは確定し、試合が終わったと思い落ち着きを取り戻したシャオランはその場に座り込んだ。


「僕の負けですね……」

「どんまい。なぁ、イケメン君は途中でリタイアしたんかな?」

「ここにいないということはそうでしょうね。かなり無理をしていた様子ですし……」


 二人の様子を上から眺めるジュリエッタは、意味深な笑みを浮かべている。
 会場はセオドアの不在にどよめき立っていた。


「ミネルウァの選手が見当たらないぞ?」
「イデアルの勝ちか?」
「いい勝負してたよなー」
「セオドア様どこー!?」


 そんな中、フォンゼルが与えた解毒薬が効いたのか、お姫様はゆっくりと瞬きをしてすぐさま起き上がる。


「(見える……聞こえる、感覚もある)」


 お姫様は勢いよく立ち上がると、手のひらを見つめてキョロキョロと辺りを見回し、床に座るフォンゼルとシャオランを見下ろす。


「おお、解毒成功、ボクの勝ちー」


 フォンゼルは得意げにシャオランに向かって笑うが、シャオランは異変に気付き慌てて立ち上がる。


「……ちょっと待ってください、お姫様の後ろ!」


 解毒が終わり試合が終わったと思いきや、戦乙女ワルキューレ達は攻撃をやめるどころか、荊道をくぐり抜けて猛攻を開始する。
 シャオランが放った針も壊れ、動けなくなっていた戦乙女ワルキューレが一気に動き出した。


「危ない!」


 シャオランはお姫様を庇うようにして前に立ち顔を顰める。


「なぜ試合が終わらないんですか?」

「ボクの解毒あかんかった!?」


 フォンゼルも立ち上がり、臨戦体制を取るが、納得いかない様子で解毒をしたばかりのお姫様を見る。
 お姫様は二人の満身創痍、魔力を削りに削った姿を見て、状況をいち早く飲み込んだ。


「……(一度解毒したお姫様達が狂戦士状態になってる、のか……)」


 お姫様は上を見上げると、高みの見物を決めるジュリエッタの姿が目に入る。


「ふーむ……怪しい」


 お姫様がボソッと呟くと、フォンゼルは首を傾げる。


「なになに、今なんて?ねえ、どういうこと?解毒出来てへんの?」

「ごめんフォンゼル、こういうこと」


 そう言ったお姫様の体は急激に煙を放ち、やがて見覚えのある姿に変化した。
 ミネルウァの制服を纏う、淡い水色の髪をした男の姿に、フォンゼルは目を見開く。


「……い、イケメンくん!?」


 お姫様の正体がセオドアだと言うことに気づいたフォンゼルは、「やられた」と小さく呟いて目を見開いた。
 その声を聞いたシャオランは振り返り、お姫様だったはずの人物がセオドアになっていることに驚愕の表情を浮かべる。


「セオドアさん!?……何が起きてるのかさっぱり」

「ごめん、騙した」

「は、はい??」


 シャオランは目を点にする。


「いやぁ、この塔入った時に五感消失毒エンポーター食らってさ。最上階までは間に合わないと思って、完全に目が見えなくなる前にお姫様のフリしてどっちかに解毒してもらうことに賭けたんだよ」


 指を立てて楽しそうに笑いながら語るセオドアに、フォンゼルは口をあんぐりと開けた。


「う、嘘やん……フツーそんなんするぅ!?変化薬の効きもバツグンやったからお姫様にしか見えへんかったし、色々とうますぎるやろ!」

「あの、貴方のぶっ飛んだ計画はともかく、僕らがスルーしてたらどうしてたんですか」


 驚く二人に対し、セオドアは自信たっぷりな笑みを浮かべた。


「そん時は運がなかったってことで。でもさ、なんかお前らだったらこうするんじゃないかなって咄嗟に思ったからさ、ちょっと自信があったわけよ。
 で、何でお前らお姫様に襲われてんの?どゆこと?」


 セオドアはとりあえず杖を出して魔法薬を取り出す。


解毒済みのお姫様達ワルキューレを戦闘不能状態にするか、“最後のお姫様”を解毒するかの勝負だったんです。解毒すれば+30体分のポイントになるんですが、てっきり貴方が最後のお姫様かと思っていましたので……」

「なるほど」


 懇切丁寧な説明を受けたセオドアは、納得したように頷いた。


「あーあ、ボクってば、イケメンくんをわざわざ解毒しちゃったんやー。無駄な魔力使ったせいで、もうボク使い物にならへんよー?」

「大丈夫、オレがすぐ終わらせるよ」
 
「すぐにって……セオドアさんが最後のお姫様じゃないと言うことは、この中に紛れているかもしれないんですよ!?」

「んーん。それは単なる目眩しだ」


 セオドアはニカッと笑いながら杖を振って箒に変換し、上に立つジュリエッタの元へと飛ぶ。


「!?」


 セオドアが自身の元へと真っ先に飛んできたことに一瞬驚いたジュリエッタだが、諦めたように笑みを浮かべた。


「滅茶苦茶な計画だけど、こうもすんなり上手くいくなんて、貴方は本当に面白い戦い方をするわね。お手上げよ」

「幸い、勝つために必要な薬草や魔法植物もあったもんで」


 セオドアはそう言って、真っ白に輝く魔法薬を取り出す。ジュリエッタはそれを見て目を見開いた。


「気付いたのね」

「はい」


 これだけのお姫様達を狂戦士に仕立て上げる魔法を操作するには、術師が一種の毒を使用する必要がある。
 

女王蜂の毒クイーン・アベイユ・プワゾンを服用してますね、ジュリエッタ様」


 セオドアの言葉に、ジュリエッタはクスッと優しく笑う。


「よく分かったわね」

「目の色が違うんで。貴方は緋色の目をしていたのに、今は茶色っぽい黒色になってる。それを見て確信しました」


 セオドアは、木酢液とハッカ油を主成分とした魔法薬をジュリエッタに見せた。
 その様子を、下にいるシャオランとセオドアが見上げて見守る。


「まさか最後のお姫様って」

「あの人やったんや……」


 セオドアがジュリエッタと対峙したことにより、いつの間にか戦乙女ワルキューレ達は動きが鈍くなり、脅威ではなくなっていたため、二人はじっとセオドアの方を見続けた。


「俺、一回蜂に刺されてるんで。アナフィラキシーショックが怖くて常にコレを持ち歩いてるんです。ラッキーすね、本当」


 セオドアはその魔法薬を開け、ジュリエッタに向かって勢いよくかけると、ジュリエッタの中にいた女王蜂がすぐに逃げていき、戦乙女ワルキューレ達は一斉に倒れた。
 ジュリエッタの瞳の色は緋色に戻り、ニッコリと優しい笑みを浮かべる。


『お見事。貴方の勝ちよ』


 最後のお姫様であるジュリエッタを解毒したセオドア。
 ワルキューレの塔いたお姫様達は、一斉に立ち上がってクラッカーを鳴らした。


毒迷宮ラビリンス、一年生対決、勝者はミネルウァ・エクラ高等魔法学院のセオドア・フルニエだー!!!!』


 会場に響き渡るセオドアの勝利のアナウンス。フィンは目を潤ませた後、ルイの手を握って上下に振った。

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