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一年生・秋の章 <エスペランス祭>
神農の如雨露、眠鈴の苗
しおりを挟む「なんだその金ぴかの如雨露は」
セオドアは頬を掻きながら首を傾げる。
「うちの家に伝わる宝具の一つです。ここに入れた魔法薬はかなり純度があがって、量も効果も何十倍も膨れ上がるんですよ」
シャオランはそう言って、粉末の魔法薬と少量の液体を如雨露の中に入れると、木の根元に向かって傾けた。
「さぁ、枯れなさい」
シャオランがそう命ずると、如雨露は白く光り、その見た目からは想像できないほどの液体が溢れ出して大木はどんどんとやせ細っていく。
「(……あの大きさからあんな量が出るって、どんな仕組みだよ)」
セオドアは目を丸くしながらその様子を見守る。
大木はどんどんと枯れていき、枝に絡まっていたお姫様達は、ゆっくりと地面へ下ろされていくと、シャオランはとあることに気付く。
「みなさん、よく見ると目をうっすらと開けてますね……?」
シャオランはお姫様に近付き顔を確認すると、目の下にクマがあることに気づく。
「眠れない……眠れない……」
他のお姫様も同じようにクマがあり、このフロアにいるお姫様は全員不眠の毒に侵されていることに気付いたシャオランは、少し考えた後に柔らかい笑みを浮かべお姫様を見下ろす。
「安心してください。すぐに眠らせてあげますから」
この場合の解毒は、眠らせてあげることだと察したシャオランは、すぐさま眠りを促す薬草を如雨露にいれ、とある苗を取り出した。
「(眠鈴の苗……ひとを眠らせる効果がある鈴花を咲かせるが、この人数を一気に眠らせるなら如雨露が必要だ。だけどこれを使えば……)」
シャオランはちらっと後ろを振り向きセオドアを見る。
「ん?」
「いえ……」
眠鈴の苗が咲かせる鈴のついた花は、それが鳴るたびに音を聞いたひとが眠りにつくという代物。このエリアで発動させれば、術者以外が眠りについてしまうことになる。
「なんか遠慮してる?俺今ちょっと動けなくてさ。そこのお姫様達はお前がやってくれよ」
「動けない……?具合でも悪いんですか?」
「ちょっと色々あって」
詳細は言わずとも、セオドアが動けないのは確かなようで、シャオランはグッと手に力を込める。
「そう、ですか……では恨みっこ無しですよ」
「ん?うん。いいよ、俺に気を使わなくて(何をしようとしてんだ……?)」
「……すみません(勝つためだと思って、やり遂げましょうか)」
シャオランは眠鈴の苗に神農の如雨露を傾けて魔法薬を注ぐと、苗は瞬く間に成長してたくさんの花を咲かせる。
花弁が鈴のような形をしたそれに、セオドアは物珍しそうに視線を移す。
「こりゃまた厄介な物を輸入してきたねぇ」
エリオットは映像水晶を見ながら苦笑する。元々、シャオランが毒迷宮に参加することは聞いていたため、異国の薬草や毒草を時折エリアに忍ばせていたエリオットだが、シャオランが持ち込んでいる魔法薬はどれも物珍しいため、自分が用意した試合にどれだけ馴染むのかが不安だった。
しかし、今この瞬間はシャオランがかなり有利な立場。
「このままでは、セオドア君はここでおしまいだ」
鈴の音を聞けば最後、眠りについてしまうのは避けられない。セオドアはそれに気付いておらず、もはや絶体絶命だった。
そして無情にも、眠鈴の花は満開になり、その本領を発揮することとなる。
「セオドアさん……ごめんなさい」
「ん?」
「この花は……」
せめて説明をしてからセオドアを眠らせようと考えたシャオランが口を開くが、途中からセオドアは全く何も聞こえなくなり目を見開く。
五感消失毒の影響で聴力が失われた事にすぐ気付き、セオドアは一瞬焦った表情を浮かべた。
「……(やっべ!このタイミングで聴力無くなったァ!うわー……)」
「実は、眠鈴花といって、この花が鳴らす音を聴くと眠ってしまうんです。だから申し訳ありません。逃げるなら今のうちですよ」
シャオランが意を決してそう言い放つも、聞こえていないセオドアはとりあえず愛想笑いをする。
「あはは……(でもまぁ目が最初にやられなくてよかった。耳が聞こえないだけならまだやれるはずだし。つーかシャオランは何しようとしてんだ?あの花をどうするのか見たいなー)」
ちょうどその瞬間、セオドアが服用した増血剤の効果が現れ、ふらつきが消えたセオドアは元気そうに立ち上がる。
「(おぉっ!増血剤効いてきた!)」
セオドアは準備運動のように体を動かすと、花を咲かせて以降何もしないシャオランに対して首を傾げた。
「あの、動けるようになったんですね……?に、逃げないんですか?(なんで不思議そうにしてるんでしょうか。何も言わないし……)」
「……うん?(聞こえないけど適当に返事しとこ)」
「……そうですか。もしかしてセオドアさん、僕が嘘をついていると思っているんですね!?」
シャオランの斜め上の解釈。セオドアは何も聞こえないためとりあえず頷くと、シャオランは悔しそうに俯いた。
「そうですか。ならば見せましょう。おやすみなさい、お姫様。セオドアさん」
シャオランはそう呟き、眠鈴花に顔を向ける。
「けたたましく鳴れ」
シャオランの命令に反応した眠鈴花は、一斉に花弁を揺らして音を出す。
その音を聞いたお姫様達は、次々に深い眠りへと誘われて穏やかな表情で眠りについた。
そしてシャオランは、セオドアの様子を見るために振り返る。
「!?」
そこには、不思議そうな表情で立っているセオドア。一切眠らず元気そうにその場にいたため、シャオランは目を見開き驚愕の表情を浮かべた。
「なぜ眠らないんですか!?」
セオドアが聴力を失っていないことに気付かないシャオランは、セオドアが鈴の音を聞いてもなお眠りにつかず立っていると思い詰め寄る。
「(なんだなんだ!?俺なんかした!?)」
驚いたセオドアは、とりあえずスライムを抱え、逃げるようにそのフロアを出た。
「ちょっとセオドアさん!なぜ何も言わないんですか!?」
シャオランは追いかけようとするが、苗を元の状態に戻さなければと思い留まり追いかけるのをやめる。
その様子をチラッと見ていたセオドア。
「(発動中は別のことに使えないんだな。一回一回解除してるんだ。なるほどな)」
如雨露の条件を見抜いたセオドアは、そのまま急いで上へと駆け上がっていく。
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