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一年生・秋の章 <エスペランス祭>
猛毒のワルキューレ②
しおりを挟む「すごっ……」
「早っ……」
その後のセオドアは、観客が引くぐらいに恐ろしい速さで一階から五階のフロアにいるお姫様三十人に対し解毒を施す。お姫様達はすっかり解毒され元気そうに立ち上がると、笑顔でその場を離れていった。
病状は的確に判断し、その後の調合魔法は秒の速さで行なっていたため、観客達は口をあんぐりと開ける。
「はー。もう解毒できるような薬草のストックも少なくなってきたぞ……何階まで続くかもわからないし、一階登るのにやたら階段続くし、体力勝負かよ」
セオドアは六階に上がると、薬草と魔法植物だらけのフロアだということに気づき笑みを浮かべる。
「うおー!補充ポイントォォォ!」
セオドアはとりあえず自身の魔力を回復させるための魔法薬を調合して飲むが、毒に蝕まれている事には変わらない。霞み始めた目を擦った。
「(魔法を使いながらだと、毒の進行も速くなるな。こりゃもって三十分ぐらいか……大した解毒に使えそうなモンもないし)」
フロアにお姫様はいないと判断したセオドアは、必要な物を採取してその場を離れようとするが、ガサガサッと何か物音が聞こえ振り返る。
「うわっ」
そこには黒いスライムが何体か出現しており、セオドアにジリジリと迫っていた。
下手に攻撃をすれば分裂しさらに増えてしまうことを恐れたセオドアは、何か思い付いたように一度ピタッと止まる。
「あれ、このスライムって確か、毒に引き寄せられて弱っているところを捕食するタイプの“スライム・ポイズナー”だよな……俺に近寄ってきてるってことは……」
セオドアはうーんと考え込む。
スライムの殺傷能力はかなり低く、扉を閉めてしまえば追ってくることもない。さらに、こっちが動けるうちはスライムを捕獲することも容易かった。
「(あー……もしかして、猛毒にかかったほうがラッキーってやつか!アレを試せる!)」
セオドアが何かに気付いた様子だったが、会場はどよめいている。
「ねぇ、セオドア君、結構絶望的な状況じゃない?」
「大丈夫だよね……?」
「最終的に一番解毒してれば勝ちだし、急いで対応すれば勝てるよ!」
ミネルウァの生徒たちがそう言う中、ルイは顔を顰める。
「あの毒って……遅らせはできても徐々に感覚は鈍る。特に視覚が失われたらかなり絶望的だ、策はあるのかセオドア」
ルイの言葉に、フィンは落ち着いた表情を見せた。
「そうだねぇ……あの部屋にもショートカットで辿り着いてるけど、もし正規のルートで他の二人が来たら……。でも、セオ君笑ってるね」
ニヤけ顔のセオドアに、ルイは首を傾げる。
「変態か?アイツ」
「あははっ、きっと何か策があるよ!なんか思いつきましたーって顔してるもん」
セオドアと仲が良い二人が楽観的なため、ミネルウァの生徒は落ち着きを取り戻していたことは二人は知らなかった。
セオドアはスライムを両脇に抱えてまるでペットのように連れて行くと、次のフロアに向かって歩き出す。
「ほう」
リヒトはセオドアがしようとしてることがすぐに分かったのか、楽しそうに笑みを浮かべる。
「ここは……とりあえずはお姫様のフロアだよな」
セオドアは次のフロアに着くと、一番近くで横たわり寝ていたお姫様に触れた。
熱が高く、ぼーっとした表情を浮かべながら薄く目を開く。
「うぅ……」
「失礼、レディ」
セオドアはお姫様の服を少し開き、診察のために直接お腹を触る。
この状況を、画面越しに見ていた生徒や観客は顔を赤くした。
「うっ羨ましい!」
「あの下心のない感じがまたいい!」
「私も触診されたーい!」
セオドアは手を離し、最後に足の方を捲って肌の状態を確認する。
「赤い湿疹……体は熱いけど、内臓は冷えてる。目は微かに赤く、舌は真っ赤。毒キノコの類の複合毒だね。発熱する系の毒は俺の万能薬じゃ効かない、ごめんね少し時間くれるかな」
階数が上がるごとに毒が複雑化していく。セオドアは優しくそういうと、空の大きめな瓶と透明の液が入った小瓶を取り出した。
「試してみるか。“戦争中の荒療治”って奴を。なんか人体実験みたいで申し訳ないけど」
セオドアは自身の指をナイフで切り空の大瓶にそれを入れ、今度は透明の液体を取り出しそれを数滴垂らしたあとすぐに振る。
「いててっ……深く切りすぎたけどまぁ止血すりゃいいか」
「安定化のために、魔力回復薬を調合して」
「酸素が触れることによる劣化を防ぐ、自然の防腐剤であるリグニンを」
「これだと粘度が高いな……精製水足すか?」
「よしっ」
セオドアはかなりの集中力で薬を調合し出すと、その手際の良さに会場がどよめく。
こっそりと見にきていた兄の三つ子は、それぞれが目を見開いて顔を見合わせた。
「あれってもしかして」
「戦時中の荒療治じゃないか?」
「絶対にそうだ。教えてない古い治療法だ、ハルが教えたのか?」
フルニエ家の長男のハルライトは首を横に振る。
「俺ではないよ、アスではないのか?」
次男のアスネイは首を大きく横に振った。
「ちがうよー、セオちゃんにあんな痛々しいこと教えてないよー。レグじゃないのー?一番詳しいじゃんー」
三男のレグローレンは目を見開く。
「ば、バカを言うな!私な訳がないだろう!」
しばらく言い争いを続ける三つ子だが、最終的には不安げながらも弟がかなりの成長をしていることに気付く三人。
「セオがどんどん大人になっていく」
「子供はほっといても育つって本当だね」
「だが、あんな運任せの治療法をセオドアが試そうだなんて、驚きだ。確かに治療薬が無く、自身が猛毒に侵されている状況で初めて発揮される解毒法ではあるが……一体誰に教わったんだか」
まさかリヒトが絡んでいることとは知らず、三つ子は祈るポーズでセオドアの行く末を見守っていたのであった。
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