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一年生・秋の章 <エスペランス祭>
大魔法師の弟子
しおりを挟む祝勝会が終わり、帰路に着くために会場にいた生徒達が続々と出口へ向かっていく。フィンはルイとセオドアと一緒に正門へ向かうと、シュヴァリエ家の家紋が入った馬車がちょうど到着した。
「フィンのお迎えか?」
ルイは、翼の生えた白馬が大きな白い客車を率いて地面に到着する場面を指差すと、周囲もその派手さに盛り上がり始める。
「いや、馬車でかっ」
セオドアはさすが大貴族の馬車、と言わんばかりの表情で驚きの表情を浮かべると、フィンはとりあえずリヒトの姿を探してきょろきょろと辺りを見回した。
おそらく馬車は時間通りに来ただけであって、リヒトは会場にいると言っていたためその馬車の中に乗ってはいない。
「多分リヒトが予め呼んでいた馬車だと思うんだけど……リヒトどこかなあ」
フィンは首を傾げながらもシュヴァリエ家の馬車に近付く。
「フィン様!お疲れ様です!」
その馬車を操縦していた、シュヴァリエ家の護衛騎士団“ソレイユ”の副団長キースは、フィンを見るや否や操縦席から降りてフィンに敬礼をする。
「キース様!お久しぶりです」
フィンは笑みを浮かべながらキースに庶民が貴族へするへりくだりのお辞儀をすると、キースは慌てて首を横に振って小声でフィンに声をかける。
「いけませんフィン様、貴方はシュヴァリエ公爵が大事にされているお方なんですから、私のような者にそんなへりくだったお辞儀はー!」
「で、でも僕庶民なのでっ……!」
フィンも譲らない様子で、首を横に振り困った表情を浮かべる。
「いやいや、エヴァンジェリン様からも丁重に扱う様に言われております!!私のことはどーぞキースとお気軽にお呼びください」
「そんな恐れ多いですよっ……」
周囲は、シュヴァリエ公爵の馬車があることで足を止めてフィンへ目を向ける。
「あの疾風走の子、強いのは分かるけど庶民でしょ?なんでシュヴァリエ家の護衛騎士なんかと喋ってんのかしら?」
「大魔法師様と何か関係があるのかな」
「まさか」
「あの馬車ー!もしかして生でシュヴァリエ公爵が見れるのー!?」
周囲は勝手に盛り上がりを見せ、ルイとセオドアは困った表情を浮かべとりあえずフィンの後ろに立ち野次馬をガードする。
「おいフィン、どうする?すごい目立ってるぞ」
「どうしよう、でもリヒトがいないよー」
「そもそも師匠がここに来たら余計目立っちゃわねぇ?」
三人はヒソヒソと会話をしていると、凄まじいオーラを放つ三人組が後ろから歩いてきたため、慌てて振り向く。
そして、三人だけでなく、周囲にいたほぼ全員が振り返った。
「俺が一番飲んだね。雷に誓って言う」
「何を言ってる。どう考えても俺だ。お前ら昔から酒が弱い」
「いやいや、俺のは度数が一番高いからな」
そこには、誰が一番飲んだかで争うリヒト、エリオット、アレクサンダーが歩いていた。酒を飲みすぎたのか、全員魔力を漏らしながら歩いていることに気付かない。
「副学長と、後二人は誰だ?」と周囲はヒソヒソ話し始めたことで、ようやく三人は自分達が目立っていることに気付き空気を読んで魔力を抑えた。
幸い、リヒトとアレクサンダーはフードを被っていたため、まだ正体はバレていない。
「何やってるお前らー!祝勝会は終わったぞー、早く帰りなさい」
エリオットの号令で、生徒達は渋々正門を目指して歩く。
リヒトはフィンの姿を見つけると、瞬間移動にも似た速さでフィンの目の前に現れ、頬を撫でて笑みを浮かべた。
「遅くなったね、ごめん」
リヒトの柔らかく優しい声色。フィンは大きなトロフィーを両手で抱えながらにぱっと笑みを浮かべる。
「ううん、ルイくんとセオくんがいてくれたんだー」
リヒトはルイとセオドアに目を向けると、真顔で口を開く。
「……お前らまだ帰ってなかったのか」
フィンとの時間を邪魔されたような表情をするリヒトに、ルイとセオドアは呆れ顔を浮かべる。
「ルイ君、裏に王族の馬車を待たせてるから一緒に帰ろうか」
赤いフードを被ったアレクサンダーは、こそっとルイに耳打ちをする。
「なっ、第一王子っ……!?」
赤いフードの男がアレクサンダーと気付いたルイは顔を引き攣らせる。
「セオちゃーん」
「セオ~」
「セオ」
今度は三つ子が姿を現し、セオドアを取り囲む。
「兄ちゃん、見にきてたのか!?」
セオドアは驚きの表情を浮かべる。
ルイとセオドアが帰宅する雰囲気を出していたため、フィンは笑顔で二人に声をかけた。
「二人ともー、今日はおつかれさまーっ!!また一週間後ねー!」
フィンは大きく手を振ると、ルイとセオドアは笑みを浮かべ手を振る。
「ゆっくり休めよー」
「フィンちゃんもおつかれー」
そして、この場面で意外にもリヒトが口を開いた。
「お前ら、待て」
「「!?」」
リヒトは二人を呼び止めると、片手でローブを外し、月に照らされ煌めく銀髪を靡かせた。そして、美しすぎる顔を晒し魅了の碧眼で二人を見る。
呼び止められたルイとセオドアは、突然の事に時間が止まったかの様に動きを止めた。
白いローブの男がリヒトだということに気付いた周囲の者達は、再び動きを止めて息を飲む。
「今日の試合……よくやった。まあ、反省点はあるが、弟子としては及第点だ」
リヒトがそう言うと、ルイとセオドアは目を見開く。
「あ、ありがたきお言葉(嘘だろ……初めて褒められた)」
ルイはお辞儀をして汗を垂らす。
「光栄であります!(えー!なになにめちゃくちゃ嬉しい!)」
セオドアの三つ子の兄は、セオドアがリヒトの弟子だという事実に目を見開き、失神寸前になっていた。
自分がリヒト・シュヴァリエということを晒し、なおかつ二人が自身の弟子ということをアピールすることで、二人は大魔法師をも認める学生だということが広まるであろう。
そんなリヒトの行動に、エリオットとアレクサンダーもかなり驚いた表情を浮かべた。
「(こんな目立つ場面で言うってことは、わざとかリヒト)」
エリオットは口角を上げ鼻で笑う。
おそらくこれは、リヒトが出来る最大限のご褒美なのだろうと悟ったアレクサンダーも笑みを浮かべた。
そもそも、弟子を取らないことで有名だったリヒトが一度に二人の弟子を取った時点で驚きだ、と周囲はざわつき始める。
王族特務の中でも最強であるリヒトの弟子になることはかなり誉れ高いこと。翌日以降、おそらくルイとセオドアはさらに注目されることとなるだろう。
「え、すご……生の大魔法師様がここにいるのも驚きなのに、ルイ様とセオドア様ってその弟子だったの……?」
「一体どうやって弟子に?」
「凄すぎるよ!」
周囲の人間はルイとセオドアに尊敬の眼差しを送った。
「これからも気を抜かず励め」
リヒトはそう言って鼻で笑い背を向けると、自身への目線を払うようにして周囲を睨みつける。
「貴様ら、私は見せものではないぞ。早く散れ」
リヒトは周囲に冷たい声色で言うが、それすらもご褒美なのか周りは顔を赤らめた。
「きゃー!大魔法師様に睨まれたー!」
口が悪くても、それを打ち消すほどの肩書きと容姿。リヒトは呆れた表情を浮かべた。
「もーリヒト、そんな言い方したらみんな怖がっちゃうよ……?みんなリヒトが好きなんだよ?ね?」
周囲が喜んでいることに気づかないフィンは、潤んだ目でリヒトを見上げながら必死に訴えると、リヒトは困った表情を浮かべる。
「ごめんね……?次は気をつけるから」
リヒトは驚くほど優しい声色でフィンに謝っていたため、今度は大魔法師を呼び捨てかつ嗜めたフィンが注目された。
「え、気のせい?あの庶民の子が大魔法師様を呼び捨てにしていたような」
「まさか、そんなわけ!」
「ていうか大魔法師様すごい優しそうな声出してたよ!?」
周囲の騒めきに乗じて、フィンとリヒトは逃げるように馬車に乗ると別邸へと帰った。
「フィン君が大魔法師の恋人だって広まるのも時間の問題だな、ははっ」
エリオットはシュヴァリエ家の馬車を見上げながら、楽しそうに小さく呟いた。
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