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一年生・秋の章 <エスペランス祭>

郷愁花④

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「いけません坊っちゃま、奥様からはここから出さないように言われております故、どうか奥様の帰還をお待ちください!」


 護衛騎士がそう言うと、フォンゼルは困ったように眉を下げる。


「フォン……ぼくはだいじょうぶやから、ひとりにせんといてよぉ」


 ティオボルドはフォンゼルもいなくなってしまうのは耐えられないと言わんばかりに首を横に振る。


「でも、ティオずっとないてるやん。ボクもかなしいし、母さまもしんぱいや。すこし見てくるだけやし、ここでまっときぃー?」


 フォンゼルがそう言ってティオボルドに笑みを浮かべると、ティオボルドは止まらない涙を拭いながらフォンゼルを見上げた。


「フォン……」

「坊っちゃま、何を言っているのですか。ここから出てはいけません!」


 外に出ようとするフォンゼルを止めに入る護衛騎士。フォンゼルはお腹の中心を光らせて、目を細めた。


「ほんなら、とめてみてやー?」


 フォンゼルは笑みを浮かべながら口をパカッと開く。


変化草カメレオン・ハーブ爆薬草エクスプログレ

「な!?」


 フォンゼルの口から火球が飛び出るかのように火が集まると、護衛騎士は後退り目を閉じる。


「なんちゃってー」


 フォンゼルは護衛騎士が狼狽えている隙に外へ飛び出して笑みを浮かべた。
 

「フォンゼル坊っちゃま!(いつのまにリコリス家の特殊能力を使いこなしてる……!?変化草カメレオンハーブはシエラ様でも発現しなかったというのに!)」


 怖いもの知らずな性格のフォンゼルは、そのまま街を走り抜けその惨状を目にし目を見開く。
 倒れて動かなくなった市民、民兵。フォンゼルは顔を歪めながら走り、やがて噴水のある広場に出る。
 そこには全身ボロボロの姿をシエラが、帝国軍の上級衣を纏う男と対峙している場面だった。
 男はパーマのかかった前髪を前に垂らしながら、猫背気味の姿勢でシエラを見据え小さな矢を数本背後に出現させる。


「ほー。ここまで骨のある女がいるとはな。今日は王国感謝祭の日だろ?貴族がなぜ王都に行かずここにいるんだぁ?」

「そんなこと、どーでもええやろこのキモ前髪。ぶっ飛ばすで」


 シエラは口の血を拭いながら笑みを浮かべると、前髪を垂らした男は苛ついた表情を浮かべる。


「あぁん?帝国じゃウケがいいんだよ。この田舎者が」


 田舎者、と言われたシエラも苛ついた表情を浮かべて杖を振るう。


「田舎者上等!毒棘ポイズン・エピン

「おおっと」


 無数の矢と無数の毒棘が相殺し合う状態の中、シエラはニヤッと笑みを浮かべる。


「そろそろ効いてくるころやな、キモ前髪」

「あぁ?何言ってんだ?つーかキモ前髪じゃねぇよ、帝国軍第二師団・鉄矢アイアンアローのゴーシュ様だぜ?お前ごときが遊べる相手じゃねぇんだ、失せろ」


 男はゴーシュと名乗り、大きな鉄矢を出現させると不気味な笑みを浮かべる。
 今まで国境あたりの警備兵を何人も惨殺し、以前は西北の村を遅い女子供構わず殺害したとされる帝国の狂犬。


「そんなん知っとるよ。王国では要注意人物として名前があがっとるからねぇ。けどお前みたいな下衆野郎は、キモ前髪で充分や」


 シエラがそう言った途端、ゴーシュの目が霞み魔力が消えていく感覚に陥る。


「なんだ……?」


 ゴーシュは目を擦り自身の異変に顔を歪め、後ろを振り返る。


「なっ……」


 自身が出現させた鉄矢アイアンアローが気化するように消失していく様を見たゴーシュは舌打ちをする。


「ようやく効いてきたなぁ。終わりやで、キモ前髪。アンタは私の毒で死ぬ」

「なんだと……?喰らった覚えはないぞ、このクソ女ァ!!!」

「喰らってるんや、さっきからずっと。アンタの矢で私の毒をさっきからずっと喰らってるでしょう?」

「!」


 シエルが放つ毒棘を、ゴーシュは自身の魔力で練り上げた矢で全て打ち消していた。しかしながら、それ自体が問題だったことに気付いたゴーシュは目を見開く。


「やっと気付いたんやねぇ。アンタの能力が回帰タイプでよかったわぁ。わざと完全相殺ではなく少し余力を残し、残された魔力がアンタに帰るようにしとるねん。毒に侵された魔力をね」

「魔力への毒の干渉……貴様、リコリス家か!?」


 “西を堕とすならリコリス家には気を付けろ。お前とは相性が悪い”

 上官の言葉が脳裏をよぎるゴーシュ。
 まさか目の前で戦うドレス姿の女がリコリス家の血を引くものとは思わず、ゴーシュは悔しそうにその場に倒れた。


「クソッ……たかが女一匹に……!」

「即死はしない毒や。アンタを拘束して王都に連行するから覚悟しときや」


 シエラがそう言うと、母親の勝利を確信したフォンゼルが後ろから顔を出す。


「母さま」

「!?」


 シエラは目を見開き振り返った。


「フォン、待ってて言うたやんか!」


 シエラは慌ててフォンゼルに駆け寄ると、倒れたゴーシュはニヤッと笑みを浮かべる。


「ガキがいたのか」


 ゴーシュは毒に侵されながらも、背中を見せるシエラに、今練り上げることが出来る矢を出現させる。
 それに気付いたフォンゼルは、シエラを庇うようにして口を開いた。


変化草カメレオン・ハーブ爆薬草エクスプログレ

「!?」


 シエラは、フォンゼルがリコリス家の最も強い特殊体質を受け継いでいることを初めて知ったのか目を見開き驚きを示す。
 フォンゼルの口からは大きな火球が飛び出し、ゴーシュの鉄矢を飲み込んだ。


「グアァァ!!!!」




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ご愛読のみなさま。
あけましておめでとうございます♪
本年も執筆頑張りますので、よろしくお願いします♪
セオドアの戦いが終わればエスペランスは終了です。お付き合いくださいっ!
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